6月26日、日本の保育士配置基準を世界水準まで引き上げることを目指す「『子どもたちにもう1人保育士を!』を求める学識者の会」が発足。
同日、都内で「子どもたちにもう1人保育士を!」実行委員会とともに、会見を開いた。

同実行委員会は2021年から保育士の配置基準の改善などを求めて活動している。
今回は、同実行委員会が保育学者や政策社会学者、弁護士らに賛同を呼びかけたことで「学識者の会」の結成が実現。日本の保育士配置基準を世界水準にまで引き上げることを目標に、多角的な立場から議論を進めていくという。

「横のつながりを持ち、方向性示す」

「学識者の会」には、東京大学名誉教授の汐見稔幸(しおみ・としゆき)氏(保育学)、名城大学准教授の蓑輪明子氏(経済学)、「保育を考える全国弁護士ネットワーク」共同代表で弁護士の川口創(かわぐち・はじめ)氏ら12名が名を連ねる。
この日の会見には、日本総合研究所・上級主任研究員の池本美香氏、山梨大学名誉教授の加藤繁美(かとう・しげみ)氏(幼児教育学)、東京大学大学院教授の本田由紀氏(教育社会学)、福島大学名誉教授の大宮勇雄氏(保育学)の学識者4名が参加。
池本氏は会の意義について次のように述べた。
「学者は学者、現場は現場と、今までバラバラに動いていて、横のつながりはありませんでした。
そこがつながりを持ち、研究を現場に伝えていったり、現場の声を研究者が聞いたりすることで、『どのように保育の現場を変えていくのか』という方向性を示せるのではないかと思います」

1歳児の配置基準「加算」で改善も…

日本の保育士配置基準は1948年の制度発足以来、約76年間、ほぼ据え置かれてきた。
2024年には3~5歳児の配置基準が一部改善されたが、1歳児については2025年4月から「6人に保育士1人」の現行基準を「5人に1人」にできる加算措置が導入された。
しかし、加算の条件が厳しく、実際に適用できる施設は限定的であるという。
会見で発表された保育者1479人を対象としたアンケート調査によると、約7割が「条件をつけるべきでない」と回答。
「5人に1人」への加算措置についても、約9割が食事や排せつなど1歳児特有のケアの場面では「不十分・変化なし」と回答した。
また、3、4、5歳児の配置基準についても、経過措置期間が設けられており、すべての子どもに、改正された基準が行きわたっているわけではないという。
こうしたことから、会見では日本の保育士の配置基準を世界水準に引き上げるための改善提案が行われた。

子どもの権利条約に光当たらず…現在もその状況続く

池本氏は「待機児童が大幅に減少したことで、保育問題は解決したような雰囲気になっているが、子どもにとっての保育問題はむしろ深刻化している」として、以下のように続けた。
「1994年に日本政府は国連の子どもの権利条約に批准しました。
このころ、日本国内では86年に男女雇用機会均等法が施行され、女性が男性と対等に働けるよう時間延長保育を増やすなど、保育所整備をすすめる動きが始まりました。
当時の社会は少子化に対する危機感や教育機会均等というテーマに関心が集中したため、権利条約にはほとんど光が当たらず、現在もその状況が続いているのではないかと思います」(池本氏)
子どもの権利条約では①差別の禁止②子どもの最善の利益③生命、生存及び発達に対する権利④子どもの意見の尊重という4原則が定められている。
「待機児童をゼロにするため、園庭なしの保育所の設置が認められたことや、長時間保育は、この子どもの最善の利益に沿っているとは言えないのではないかと思います。
保育施設における死亡件数も年々増加しており、これはまさに生命・発達の権利を侵害しています。
また、子どもの意見を尊重した保育というのも、現在の配置基準ではなかなか実現がむずかしいのではないでしょうか。
実際、ヨーロッパではこの4原則実現のため、3歳以上の場合は10人に1人という保育士配置基準の目標が掲げられています。
加えて、保育者自身が十分な休みを取れなければ、子どもに対してゆっくり向き合える余裕を持てません。ですので、たとえばフランスでは、保育園も年に4週間休園して、それに合わせて親と保育者双方がしっかり休みを取るという施策も取られています」(同前)

「保育者がのびのびと働くことができる環境づくりを」

本田氏は教育社会学の立場から「少子化とジェンダーギャップという日本の重大課題解決のために、保育の量と質の確保が極めて重要だ」と主張した。
「保育施設では、家族の中ではなかなか確保できない経験を得ることができ、子どもが人生のもっとも初期において、良いスタートを切るために重要な役割を担っています。
ジェンダーギャップにより、日本では女性が家庭に厳しく縛られ、多くの収入を得られる仕事に就くのが難しいケースも少なくありません。
ですが、保育園に子どもを安心して預けられる、という状況になれば、現在の親や、将来親になる人々、それぞれにとって良い環境になるのではないでしょうか。
そして、それらを実現するには、保育者の労働条件を改善し、保育者がのびのびと働くことができる環境づくりも必須だと考えています」(本田氏)

参院選に向け各政党に訴え

「全国実行委員会」のメンバーで東京都内民間保育園の園長でもある大西洋子氏は、7月の参院選に向けて、保育士配置基準の改善を公約として掲げるよう、保育現場を代表して各政党に訴えた。

「保育士たちはもっと丁寧に子どもに関わりたいと声を上げています。
現在子どもの数が減っています。その命を守るためにも、子育ての最前線である、保育園の課題を改善してください。
保育に光を当てれば、子どもたちだけでなく、子育て世帯、保育士に光を当てることができます。私たちが楽しく育児保育をすれば、少子化や保育士不足で悩む、世の中の空気を変えることにもつながります。
ですので、私たちは今後も世界水準の配置基準を目指し、活動を続けていきたいと思います」(大西氏)


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