「在宅勤務を続けたから解雇だ」
解雇通知に納得できない社員Aさんは会社を提訴。結果は、Aさんの勝訴となった。
以下、事件の詳細だ。(弁護士・林 孝匡)
事件の経緯
会社は、電動バイクの部品輸入、組み立て、販売などを行っている。Aさんは企画部で勤務を開始し、その後、新設された海外事業部に配属。電動バイク製品の輸出入や部品の調達のため、取引先企業と交渉等をする業務に従事していた。入社して約6か月後(令和2年4月)、新型コロナウイルスの感染が拡大し、日本で最初の緊急事態宣言が発令され、リモートワークや学校の休校などが急速に広がった。
同年11月、会社は、コロナの感染が拡大していた状況を踏まえ、全従業員について在宅勤務を可能としたため、Aさんは在宅勤務を開始した。
その後、Aさんは令和3年3月ころ昇給し、月額60万円の給与となった(基本給51万8000円+固定残業代8万2000円)。
在宅勤務を続けていた同年11月ころ、Aさんは妊娠し、その後も在宅勤務を続けた(Aさんの主張では持病のため会社の承認を受けていたとのこと。会社は「承認していない」旨反論したが、裁判所は特に論点として取り上げずAさんの主張を認めている)。
令和4年5月9日、会社は在宅勤務の原則禁止を全従業員に通達した。
5月27日、会社はAさんに解雇理由証明書を送付。そこには以下の記載があった。
「勤務態度又は勤務成績が不良であること(具体的には、あなたが再三の出社要請にもかかわらず出社をせず、許諾されていないリモートワークを継続したこと)による解雇」
さらに会社は、Aさんの健康保険組合の被保険者資格喪失手続きを行った。
Aさんは、「この解雇は無効である。そもそも解雇通知を受けていない。損害賠償請求する」旨主張して提訴した。
裁判所の判断
Aさんの勝訴である。裁判所は「会社は解雇通知を行っていない。約135万円の出産手当金に加え30万円の慰謝料、さらにバックペイ約1400万円を支払え」と会社に命じた(バックペイについては後述)。■ もし「解雇通知があった」と認められていたら?
本件で裁判所は、解雇が無効かどうかの審理に進む前に、そもそも解雇通知がなかったと認定してAさんを勝訴させている(解雇理由証明書は送付しているが、解雇通知はなかったとの認定)。
しかし、仮に解雇通知がなされていたとしても、解雇が無効となってAさんが勝訴していた可能性がある。
会社が解雇理由として挙げたのは「出社命令に従わず、無断で在宅勤務を継続したこと」だった。
しかし、Aさんは妊娠中であり、持病もあったと主張している。コロナが落ち着いてきて、会社が在宅勤務の原則禁止を決定したとはいえ、上記のような事情を抱えたAさんに出社を命じることは相当ではなく、在宅勤務の原則禁止を決定したわずか18日後に行った解雇は「解雇権の濫用」(労働契約法16条)として無効となる可能性もあっただろう。
仮に妊娠中ではなく、持病もなかった場合は、▼物理的な出社は必要か、在宅勤務でも仕事は回るか▼出社を命じる必要性の高さ▼感染症の落ち着きの程度などが総合考慮されて解雇権の濫用といえるかどうかが審理されたものと考えられる。
■ 約135万円の出産手当金
裁判所は「会社が解雇を前提とする本件資格喪失手続きをとったことは違法。本件資格喪失手続きをしていなければAさんは約135万円の出産手当金を受給できた」として、会社に対し同額の支払いを命じた。
■ 慰謝料30万円
裁判所は「出産直前のAさんは、突如として会社から解雇理由証明書を受け取っている」として、会社に対して慰謝料30万円の支払いを命じた。
■ バックペイ(約1400万円)
解雇通知がなかったと認定されたので、Aさんは社員としての地位を有することとなった。
こうなると、裁判所はバックペイの支払いを会社に命じる。すなわち、解雇の通告があったとされる日から判決までの間の給料がAさんに支払われるのである。裁判が約2年続いたため、今回はその額が約1400万円に上った。
最後に
この事件は「解雇通知がなかった」という形式的なミスで会社が敗訴しているが、仮に解雇通知をしていたとしても、会社が敗訴していた可能性が高いと考える。出社が業務上必要であり、それをAさんに繰り返し説明・指導し、なおも合理性なく拒否されたという事情があれば話は別だが、突然ともいえる状況で解雇しているからだ。
今後、コロナに似た状況が発生したときの参考になれば幸いだ。