万引きをして直後に店員等に見つかり、逃げるため暴行をはたらく事件が相次いでいる。6月に報じられたものだけでも、4日に長野県長野市のコンビニ、15日に長野県諏訪市のドラッグストア、17日に静岡県御殿場市の量販店、18日に北海道札幌市内のコンビニ、25日に愛知県名古屋市内のスーパーなどで、同様の事件が起きている。

容疑はいずれも「事後強盗罪」。起訴されて有罪となれば、「5年以上の有期拘禁刑」が科され、原則として執行猶予がつかず「即・刑務所送り」になる重罪である(刑法238条・236条1項、240条)。しかも、暴行の結果けがを負わせれば「事後強盗致傷罪」となり、「無期または6年以上の拘禁刑」に問われる(同240条)。
「つい出来心」で万引きをして、逃亡のため振り払い、けがをさせようものなら、人生を棒に振ることになりかねない。事後強盗罪とはどのような犯罪なのか。実務上、どのように処理されているのか。岡本裕明弁護士(弁護士法人ダーウィン法律事務所代表)に聞いた。

万引き後の暴行に「事後強盗罪」が成立するとは限らない

冒頭で挙げた事件では、いずれも警察は「事後強盗罪」の容疑で捜査、あるいは被疑者を逮捕している。岡本弁護士は、実際に事後強盗罪が成立するかどうかについては、検討すべき問題があるという。
事後強盗罪について、刑法238条は以下の通り規定している。
「窃盗が、財物を得てこれを取り返されることを防ぎ、逮捕を免れ、または罪跡を隠滅するために、暴行または脅迫をしたときは、強盗として論ずる」
岡本弁護士:「万引き犯人は『窃盗』にあたります。既遂だけでなく未遂の場合も含みます。また、店員等に犯行が見つかり、逃亡するために店員等を振り払う行為は『逮捕を免れるため』の行為といえます。

しかし、問題は『暴行または脅迫をしたとき』という要件です。ここでいう『暴行または脅迫』は、強盗罪(236条1項)と同程度のもの、つまり、相手方の反抗を抑圧するに足りる程度の暴行・脅迫であることが要求されます。
単に逃げようとして、店員等の手を振り払っただけでは、犯行抑圧に足りる程度の暴行とはいえません。したがって、その結果として、相手にけがを負わせてしまった場合、事後強盗罪ではなく、窃盗罪と傷害罪として処理されます」
では、事後強盗罪が成立するのはどのような場合か。
岡本弁護士:「逃げようとして振り払うだけでなく、それに加えて殴る蹴るの暴行を加えるなどすれば、『暴行または脅迫をした』として、事後強盗罪に該当する可能性が高まることになるでしょう。
たとえば、自転車やバイクで肩掛けバッグ等などをひったくろうとして、被害者が被害品を離さなさなかった場合に 、取り返されることを防ぐため、そのまま相手を引きずって反抗を抑圧する場合、強盗罪が成立することになります。
万引き後に逃走を図るために行う暴行についても、これと同程度の強度を有する場合には、事後強盗罪が成立することになります。」

実際には「酌量減軽⇒執行猶予」で処理されるケースも

事後強盗罪の量刑は、前述の通り「5年以上の有期拘禁刑」であり、原則として執行猶予がつかず実刑となる。なぜなら、執行猶予を付けられるのは「3年以下の拘禁刑または50万円以下の罰金」の場合に限られるからである。
したがって、「刑の減軽」を受けない限り、執行猶予が付く余地はない。減軽事由は刑法で「中止未遂」「心神耗弱(こうじゃく)」「過剰防衛」など厳格に定められている。
このような事由が認められない場合、執行猶予を付すことの可否の判断に際して、実質的に問題となるのは、「酌量(しゃくりょう)減軽」(刑法66条)ということになる。酌量減軽とは、犯罪の情状に特に酌量すべき事情がある場合に、裁判官の裁量で刑を減軽できる制度である。
岡本弁護士は、実務上、事後強盗罪の場合には、酌量減軽はかなり柔軟に適用されていると指摘する。

岡本弁護士:「実のところ、事後強盗罪の場合、『こんな事例でも酌量減軽が認められるのか』という事例でも酌量減軽が認められ、執行猶予が付されているケースが散見されます。
一つ、裁判例を紹介します。
万引きの後、クルマで逃走しようとして、警備員がそれを阻止するため前に立ちふさがったのに対し、クルマを発進させてボンネットに乗り上げさせ、そのまま走行させた挙げ句、警備員を転落させ、2週間の安静と加療を要する両膝関節挫創等の傷害を負わせたという事件です(岐阜地裁令和3年(2021年)8月31日判決)。
裁判所は事後強盗致傷罪(法定刑は「無期または6年以上の拘禁刑」)の成立自体は認めたうえで、酌量減軽を行い、懲役(※)3年、執行猶予5年(保護観察付き)の判決を下しています」
※今年6月から「懲役刑」と「禁錮刑」が一本化され「拘禁刑」に改められた

「情状酌量」が「温情」によるものとはいえないワケ

この事件は、まさに岡本弁護士が上記で挙げた「事後強盗罪の典型例」(被害者の引きずり)に近い事件であり、特に酌量すべき事情があるようには見えない。
にもかかわらず、酌量減軽を適用し、刑の減軽を認めた理由は何か。
岡本弁護士:「被告人には盗癖(窃盗症)があったとされています。そして、裁判所は『家族間の話し合いや危機意識の共有が必ずしも十分なものとはいえず、被告人自身の反省や更生に向けた決意の言葉がやや弱く、窃盗症の影響からも再犯の懸念はある』と指摘しています。
しかし、そのうえで、以下の事情を考慮して、酌量減軽の上、保護観察付きの執行猶予を付しています。
  • 被害者である店と警備員にそれぞれ被害を弁償し、その両方から『寛大な処分を望む』という内容の示談を成立させた
  • 前科がない
  • 被告人とその家族が窃盗症の治療に意欲を示し、現に続けている点は多少評価できる
つまり、被害者の処罰感情が相当やわらいでいること、初犯であること、被告人の再犯防止と更正の可能性をある程度確保するめどがついていることが重視されたと考えられます」
このような事情は、他の事例でも認められることが多いように思われ、事後強盗罪ないし同致傷罪が重すぎるため、これらの罪との関係では、常に裁判所が酌量減軽を用いて軽くして執行猶予を付している「温情」的な処理がなされているかのようにも見える。
しかし、岡本弁護士はそれをきっぱりと否定し、「あくまでもこの事例限りの判断にすぎないし、その内容も決して甘いものではない」とする。なぜか。
岡本弁護士:「『万引き』にとどまらず、犯罪に至る動機や背景はさまざまです。
愉快犯や『遊ぶ金ほしさ』の場合もあれば、貧困が原因である場合や、紹介した事例のような精神疾患が原因の場合もあります。
刑法の目的は、罪を犯した者に対する制裁だけではありません。その者を更生させることも含め、あくまでも、社会が安寧に保たれるようにすることにあります。
上記事例でも、裁判所は、『社会内において窃盗症の治療を継続させるのが相当といえるが、再犯防止のためには家族以外の第三者による監督も必要と考え、その猶予の期間中保護観察に付する』としています。先のことを考えると、本人にとっても家族にとっても、決して甘いものではありません。
確かに、強盗罪と比較して、万引きという行為は、強固な犯意がなくとも安易に及んでしまいがちな犯罪といえます。
安易に行った犯罪が露見してしまった結果、強盗に及ぶことなど考えていなかったとしても、『逃げなくては捕まる!』との焦りから、被害者の方等に暴行を振るってしまうということはあり得ます。ですから、強盗罪よりも事後強盗罪の方が、酌量減軽が認められ易い傾向にあることは間違いありません。
しかし、裁判所は、あらゆる事情を総合的に考慮した上で、被告人にとって適切な刑罰を判断しなければなりません。単なる『温情』で酌量減軽が行われているとは考えるべきではないでしょう」


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