障害を持つ受刑者の“汚物”を片付け、入浴を手伝い… 服役した元代議士が刑務所で体験した「世話係」の役割とは
秘書給与詐取で逮捕された元代議士の山本譲司氏は、服役中、世話係(刑務官の指導補助)として、刑務所内で懲役刑を受刑している障害者・高齢者のケアを担当した。
出所後、山本氏は自身の獄中体験をつづった『獄窓記』(2003年、ポプラ社)を刊行。
続いて、知的障害・精神障害などがありながら社会の支援を受けられない人が多数おり、刑務所が最後のセーフティーネットになっている問題を取り上げた『累犯障害者』(2006年、新潮社)を刊行した。
本記事では、現在も高齢受刑者や障害のある受刑者の社会復帰支援に取り組んでいる山本氏が中高生に向けて執筆した書籍『刑務所しか居場所がない人たち 学校では教えてくれない、障害と犯罪の話』(2018年、大月書店)から、世話係の経験について書かれた内容を、抜粋して紹介する。

障害者や高齢者が隔離される「寮内工場」

刑務所に入った受刑者は、ほんとうだったら刑務作業といって、仕事をしなければならない。家具や日用品を作ったり、受刑者の食事を調理したり、刑務所内をそうじしたりするんだ。作業ごとに工場が分かれていて、朝から夕方までは、それぞれの持ち場にいる。ものすごく少ないけれど、給料も出る。
けれども、いくつもある工場の中で、異質なところがある。僕が受刑生活を送った工場がそれだ。
—「寮内工場」。
刑務所によって「養護工場」とか「観察工場」と呼び名は変わるけれど、中身は同じ。知的障害者や精神障害者、認知症の高齢者や耳や目、手足に障害がある人、ほかにもなんらかの事情で作業ができない人たちが集められている。健康な受刑者とは別に、1か所に隔離されているんだ。
ここは刑務所というより、福祉施設みたいな場所。
ほかの受刑者たちから“塀の中の掃き溜め”なんて、ひどいことを言われている。
何か臭うぞ……と思って振り返ると、そこにはおしっこやうんちをおもらしする人。ほかにも、ずっとブツブツひとりごとを言っている人や、精神病薬の飲みすぎで、よだれを垂らしてぼーっとしている人、何かにとりつかれたようにとつぜん踊り出す人……。寮内工場ではあたりまえの光景だ。
「おい、おまえ、ちゃんと言うことを聞かないと、刑務所にぶちこまれるぞ!」
「俺、刑務所なんて絶対にいやだ。この施設に置いといてくれ」
受刑者どうしで、こんな会話が日常的にかわされている。悲しいかな、からかわれたほうの受刑者は、自分が刑務所にいることすら理解できていないんだ。

単純作業を繰り返す日々

彼らは、刑務所でときどき開かれる音楽会や落語などの慰問行事にも参加できない。毎日、閉ざされた空間で、子どもでもできそうな作業をくりかえすのみだ。
たとえば、赤と白のロウソクのかけらを色別に仕分けしたり、両端を結んであるビニール紐をほどいたりする。生産作業というよりは、時間つぶしのような作業だよね。
これでも、なかなかはかどらない。周囲を気にせずぐっすり眠っている人、急に立ち上がってウロウロする人、机の下にもぐって出てこない人。
みんな障害や病気があるから、作業に集中できないんだ。
やっと作業が終わっても、残念ながらそれが何かの役に立つことはない。「世話係」が裏に持っていって、ロウソクや紐を元に戻し、また翌日の作業に使うんだ。

受刑者の入浴や排せつを「世話」する

その世話係も受刑者で、僕はそのひとりだった。正確には、刑務官の補佐をする「指導補助」という役割だけど、介護ヘルパーのような仕事だと思ってくれればいい。重い病気や障害のある受刑者の食事や入浴の手伝い、下の世話、部屋のそうじなどをする。話し相手になるのも大事な仕事だった。
最初のうちは、彼らの突飛(とっぴ)な行動に「大変な役目を与えられてしまった……」とたじろいだよ。だけど、そのうちに慣れて、「同じ囚人」という仲間意識がめばえた。
作業中、おしっこをもらした人がいれば、すぐにかけつけて着替えを手伝いながら、その人の下半身や床をふく。入浴中にお風呂の中でうんちをしてしまった人がいれば、うんちを手ですくって流す。ほかの受刑者は「きたねー!」「くせー!」ってさわぐから、こっちも大急ぎで片づけなくちゃならない。
お風呂から上がってからは、着替えを手伝ったり、薬を塗ったりする。
ひどい痔(じ)をわずらっていた受刑者がいて、少しでも肛門にタオルが当たると飛び上がって痛がるから、素手で直接薬を塗っていたな。
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山本氏が服役していた黒羽刑務所(Shanti / PIXTA)

汚物にまみれた部屋を片付けたことも…

僕が服役してすぐのころ、ひとりの受刑者の部屋を片づけるように刑務官に言われ、行ってみたら驚いた。部屋中がゴミで埋もれ、床はおしっこやうんち、吐いたものにまみれ、畳が腐りかけていた。強烈な悪臭もする。あまりの光景に、立ち尽くしてしまったよ。
その中で本人は、ぽつんとたたずんでいた。部屋にトイレやゴミ箱はあるけれど、うまく使うことができないんだね。
気合いを入れて、ぞうきんとバケツを持ってきてそうじをした。マスクや手袋なんかは支給されないから、もちろん素手だ。爪のあいだにうんちが入りこむ。最初は「自分の子どものうんちみたいなもの……」と思うようにしていたけれど、気がついたら慣れていたな。

刑務所の「福祉施設化」が進んでいる

ここ数年、あちこちの刑務所に、こうした工場が作られている。障害のある受刑者の割合が増えて、「刑務所の福祉施設化」がどんどん進んでいるんだ。

受刑者数が7万人を超えていた2006年当時、刑務所が1年間に使う医療費は100億円くらいだった。それから20年たって、受刑者数は5万人を切るようになった。ふつうに考えれば、医療費も減るはずだよね。でも違うんだ。
逆に医療費は約200億円と、2倍近くに膨らんでしまった。その一方で、刑務作業による収入は減り続けている。つまり、受刑者の総数は少なくなっているけど、お金になる作業ができない、障害者や病気の受刑者が増えたっていうことなんだ。
だけど、重い障害や病気のある人たちは、本来なら福祉に守られているはずだよね。なのに、刑務所に入っているなんて何かがおかしいよね。
僕は国会議員だったころ、偉そうに「セーフティーネットのさらなる構築によって、安心して暮らせる社会を」なんて論じていた。セーフティーネットっていうのは、サーカスの綱わたりの下に吊る転落防止の網にたとえて、社会的に困窮した人を救済する制度のこと。
ところが、日本のセーフティーネットはボロボロの網で、毎日たくさんの人がすきまからこぼれ落ちていた。

困っているのにだれも助けてくれない。罪を犯すことで、ようやく刑務所という網に引っかかり、命びろいした人がたくさんいるんだ。


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