しかし、知的障害に理解のない裁判官が警察や検察の言い分をうのみにして、通常よりも重い刑罰を被告人に課すケースも多い。
そして、私選弁護士はそもそも報酬を支払えない被告人を弁護せず、国選弁護士にはモチベーションが低い傾向があるという。本記事では、元代議士の山本譲司氏が中高生に向けて執筆した書籍『刑務所しか居場所がない人たち 学校では教えてくれない、障害と犯罪の話』(2018年、大月書店)から、内容を抜粋して紹介する。
弁護士は知的障害者の味方をしない?
検察官や裁判官が知的障害に理解がなくても、弁護士がちゃんと味方をしてくれたら、状況は変わるかもしれない。「刑法第39条」(※)を盾に、被告人に責任能力があるのかどうかをあらそったら、いまのように重い知的障害の人が、おおぜい刑務所に入らずにすむかもしれないよね。
(※)刑法39条は「心神喪失者の行為は罰しない」「心神耗弱者の行為は刑を減軽する」と規定している。
しかしながら、そうした弁護士はきわめてまれだ。なぜって? 知的障害者の軽い罪を一生けんめいに弁護しても、弁護士が得られる報酬はあまりにも安く、手間ばかりがかかるから。
「私選」と「国選」弁護士の違い
まず、弁護士には「私選弁護士」と「国選弁護士」があることを覚えておこう。私選弁護士は、被告人本人や家族などが、お金を払って雇った弁護士だ。報酬額はそれぞれの弁護士が独自に決めているけれど、だいたい依頼時にかかる着手金が30万円前後、執行猶予つきの判決を勝ち取ったときの成功報酬が30万~50万円くらいというのが相場だ。
結果がよければ報酬が上がるわけだから、私選弁護士は、できうるかぎりの手をつくすよ。
その犯行には同情の余地があることを証言してくれる「情状証人」を探してきたり、被告人が拘置所を出たあとの生活設計まで考えてくれたりもする。そうやって、裁判官が執行猶予をつけたくなるような材料をそろえるんだ。
一方の国選弁護士は、お金がなくて弁護士を雇えない被告人のために、国が費用を負担して派遣する弁護士。刑務所の寮内工場(養護工場)に来るような被告人は、ほとんどが国選弁護士に弁護をしてもらっている。
国選弁護士はモチベーションが低い?
困ったことに、国選弁護士は必要最低限の弁護しかしないとよく言われる。国が国選弁護士に支払う報酬は、1時間前後の裁判で8万円くらい。執行猶予がついたって、報酬が上がるわけでもない(法テラス「国選弁護報酬基準の概要」)。私選弁護士に比べると、どうしてもやる気が起きにくいしくみになっている。そもそも、知的障害のある被告人は身元引受人がいないことが多くて、執行猶予つきの判決はほぼ無理だ。仮に、責任能力の有無を裁判であらそおうとすれば、弁護士が自腹を切って精神鑑定を依頼することになるだろう。裁判官は、軽い罪に、税金で精神鑑定をかけることを認めないからね。
弁護士としても「この被告人なら、刑務所に行くことになっても怒りはしないだろう」と、なかば見放した気持ちで、なおざりな弁護をすることが多いように思う。
国選弁護士が力を尽くしたケースも
国選弁護士が費用を負担して精神鑑定を受けさせることで、被告人に重度の知的障害があることが判明した(イラスト:わたなべひろこ/『刑務所しか居場所がない人たち』より転載)
ただ、まれに熱心な国選弁護士もいる。たとえば、こんな話があるよ。
被告人は30代の男性。スーパーで何時間も女子トイレにこもっているから、チカンだと思われて逮捕された。
たまたま、国選弁護士として派遣された弁護士が「このまま裁判を進めてはいけない」と思って、自分で費用を負担して精神鑑定を受けさせた。その結果、被告人には重度の知的障害があることがわかった。
なんでも、母子家庭で育って、中学生くらいのときにお母さんを亡くし、以来、トイレのサニタリーボックス(汚物入れ)がお母さんだと感じるようになったらしい。そばにいると安心するみたいだね。
さらにその弁護士は、身元引受人になってくれる福祉施設を見つけて、重度知的障害であることを証言してくれる人も連れてきた。判決は、3回目の犯行だから執行猶予こそつかなかったけれど、短期間の懲役刑ですんだ。
じつは、その弁護士には、知的障害のある弟さんがいる。損得勘定を度外視して弁護をしたのは、このケースを通じて「知的障害のある被告人には配慮が必要だ」ということを世の中に伝えたかったんだ。
障害のある被告人のために基金を作った埼玉県弁護士会
地域によっては、弁護士会(すべての弁護士が所属する団体)として被告人の知的障害に配慮しているところもある。埼玉県弁護士会では、弁護士どうしでお金を出しあって基金を作った。被告人に障害があることを法廷で証言してくれたり、社会の中での更生の方法を助言してくれたりした人には、その基金から報酬を払うんだ。
検察は国の組織だから、やろうと思えばいつでも税金で捜査や精神鑑定ができるけれど、弁護士はそうじゃない。自分で弁護士事務所を経営するか、そういう事務所に雇われている弁護士がふつうだ。つまり、中小企業の社長か従業員みたいなものだから、経営のことを考えると、報酬の安い仕事はできないのかもしれない。
でも、社会全体として「刑務所の中に障害のある人がおおぜいいる」って認識するようになれば、弁護士の活動も変わるかもしれない。僕はそこに期待をよせている。

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