田久保市長は「卒業したという認識だった」とも述べている。また、「卒業」の経歴を選挙中自ら公表していないことを理由として「公職選挙法上問題ない」と釈明している。
しかし、もし選挙における「学歴詐称」が認定された場合、ペナルティーは非常に重い。公職選挙法の「虚偽事項公表罪」に該当し、2年以下の拘禁刑または30万円以下の罰金に処せられ(同法235条)、当選が無効となるだけでなく(251条)、公民権停止となる(252条)。
翻って、一般のサラリーマンが学歴詐称をした場合、どのようなペナルティーを受けることになるのか。
「後でバレてもなんともなかった」
都内に複数の店舗を構える不動産会社で営業職として長年働き、最近になって独立起業したアヤネさん(仮名・30代女性)は、過去の採用選考でたびたび「学歴詐称」を行ってきたという。アヤネさん:「私は高校中退ですが、履歴書にはいつも『高校卒業』と書いてきました。
採用された後で、ある程度業績を上げて信頼を得てから、『実は…』と打ち明けたら、『なんだ、そうだったの?』で済みました。ずっとそれで通してきました。
この業界では実力と愛嬌(あいきょう)が重要なんです。勤務先の採用条件はどこも『高卒以上』か『学歴不問』なので、学歴なんてほとんど気にされません。しかも、私は営業成績がいつもトップクラスだったので、特に問題視されたことがなかったし、罪悪感などは特になかったですね」
アヤネさんのケースは「結果オーライ」かもしれない。すべての人がアヤネさんのように「実力と愛嬌」で乗り切れるとは限らないだろう。
採用取り消し、懲戒解雇のリスクも
一般に、学歴詐称を行った結果として採用選考をパスして就職した場合、「クビ」になったり、給料の返還を求められたり…などのリスクはどの程度あるのか。労働事件に数多く対応する荒川香遥(こうよう)弁護士(弁護士法人ダーウィン法律事務所代表)は、「学歴に限らず経歴詐称一般に通じる話」として、以下のように説明する。
荒川弁護士:「まず、学歴等の経歴詐称が重大な場合、民法上の『詐欺』(民法96条)または『錯誤』(同95条)を理由として、労働契約が取り消されることがあり得ます。
また、多くの企業では、就業規則等で経歴詐称を懲戒事由として定めています。重大な経歴詐称の場合は『懲戒解雇』の可能性もあります。
学歴等の経歴は、採用する企業側が『この経歴があればこの程度のスキルはあるだろう』と判断するにあたって、極めて重要な要素の一つです。しかも、そもそも雇用契約関係は、使用者と労働者との間の信頼によって成り立っているので、うそをついてはいけないということです」
では、労働契約の取り消し、ないしは懲戒解雇になる可能性があるのは、どのような場合か。
荒川弁護士:「たとえば、採用条件として『高卒以上』『大卒以上』と明記されている場合には、重大な学歴詐称と認定されやすいでしょう。
また、学歴以外でも、専門性のある職務に関する経歴や、職業訓練を受けた経歴の有無など、職務を行う前提としての、労働力の評価に直接かかわる事項などを詐称した場合も、懲戒解雇の対象となる可能性があります(東京地裁平成22年11月10日判決参照)。
なぜなら、それらの事項は、採用するか否かや、給与の額をいくらに設定するかを考える際に、決定的な要素となることが多いからです。
これに対し、採用条件を『学歴不問』『職務経歴不問』としていた場合や、長期間勤務して問題なく仕事をこなせていた場合には、懲戒解雇は認められないと考えられます。懲戒を受けることはないか、あっても『戒告』『けん責』といった軽度のもので済むでしょう。
他方で、支払った給与を全部返せということは認められにくいという。
荒川弁護士:「給与はあくまでも業務の対価だからです。ただし、経歴によって給与を上乗せするよう要求した場合には、その上乗せ分について『不法行為』として損害賠償請求が認められる可能性があります」
刑事責任を問われるリスクは?
伊東市の田久保市長の場合、公職選挙法の虚偽事項公表罪に該当すれば、刑罰が科される可能性がある。また、市議会の議長に卒業証明書を示したとの報道もあり、それが真実であれば、有印私文書偽造罪(刑法159条1項)・同行使罪(同161条)に問われる可能性も考えられる。では、一般人が採用選考等で学歴等を詐称した場合はどうか。
荒川弁護士:「一般的に、刑事責任を問われることは少ないでしょう。ただし、詐称によって特別な利益を得たことが明らかな場合には、詐欺罪(刑法246条1項)が成立する可能性は否定できません。
たとえば、特定の学歴や職務経歴等があることを理由として積極的に賃金の上乗せを求め、企業側がそれを信じて賃金を設定したなどの事情があった場合には、詐欺罪に問われるリスクがあると考えられます。
なお、詐欺罪に問われなかったとしても、上乗せ分について、前述したように、不法行為に基づく損害賠償責任を問われるリスクはあります(東京地裁平成27年(2015年)6月2日判決参照)。
また、最近では卒業証明書の提出を求める企業もあり、もし、偽造して提出したら私文書偽造罪・行使罪に問われることになります」
就職活動等の場で学歴等の経歴を詐称した場合、刑事責任まで問われる可能性は高くないとはいえ、皆無なわけではない。また、場合によっては採用取り消し、懲戒解雇、損害賠償請求などのリスクを負うことになる。そうなれば社会的信用も大きく損なわれる。
何より、職場で詐称がバレないかビクビクして過ごさなければならないことは、仕事のパフォーマンスを低下させるのみならず、ストレスになり、寿命を縮めることになりかねないだろう。
前述のアヤネさんも、反省の言葉を口にする。
アヤネさん:「今は学歴詐称したことを後悔しています。この業界で仕事をしていくうえで、一番重要なのは信頼関係です。
小さなうそでも信用を失うことがあります。また、子どもを持つ身になって、息子に胸を張って言えないことはよくないと気付いたんです」