一部自治体の海水浴場では飲酒やたき火、BBQなどが禁止されているところ。なかには、海水浴場でのタトゥー・入れ墨露出を禁止するルールや条例を定めているところもあるが…。
逗子市など、条例やルールでタトゥーの露出を制限
たとえば、神奈川県逗子市では「安全で快適な逗子海水浴場の確保に関する条例」第5条2項3号で「入れ墨その他これに類する外観を有するものを公然と公衆の目に触れさせることによって、他の者に不安を覚えさせ、他の者を畏怖(いふ)させ、他の者を困惑させ、又は他の者に嫌悪を覚えさせることにより、当該他の者の逗子海岸の利用を妨げること」を禁止。同市の「逗子海水浴場事業者・利用者ルール」でも「逗子海岸での他者を畏怖させる入れ墨・タトゥーの露出を禁止とする」と明記している。
また、神奈川県鎌倉市や藤沢市などでも同様の「入れ墨・タトゥー」の規制が条例やルールによって設けられている。
銭湯や温泉などの場合は…
こうした海水浴場と同様に入れ墨・タトゥーが禁止されている場所としては、銭湯や温泉などが想起されるだろう。しかし、銭湯におけるタトゥー規制について、政府は2017年の答弁書で、入れ墨やタトゥーを理由とした入浴拒否について「困難」との見解を明記。公衆浴場法では直接的に「入れ墨・タトゥー」のある人の入浴を禁止していない。
また、温泉やスーパー銭湯、宿泊施設の浴場等は公衆浴場法の範囲外だが、観光庁は2018年、外国人観光客を念頭に「入れ墨をしていることのみをもって、入浴を拒否することは適切ではございません」と各業界団体に対して通知している。
「表現の自由や自己決定権を制約していることにはなるが…」
こうした現状を踏まえ、行政が入れ墨やタトゥーを「他者を畏怖させる」もの等と評価し、「露出の禁止」を条例に組み込むことは正当といえるのだろうか。行政による規制や自由権の問題に詳しい杉山大介弁護士は、逗子市の条例をもとに、次のように述べた。
「まず、条例5条2項3号は、『入れ墨』について『公衆の目に触れさせて不安を覚えさせたり畏怖させたりすること』と、不安や畏怖といった効果までも満たされて、初めて違反になる条項になっています。
この定め方は、『たき火』(同条項1号)や『飲酒』(同2号)について行為そのものを禁止しているのと異なり、限定を加えるものです。
つまり、『入れ墨』は『どれも他者を畏怖させるからダメ』とするのではなく、『他者を畏怖させるような入れ墨はダメ』という作りです。同市の『利用者ルール』でも、同様の理解から、『他者を畏怖させる入れ墨タトゥー』という限定文言が入っているのではないでしょうか」
では、そもそも条例や自治体のルールとして、海水浴場での入れ墨やタトゥーの露出を制限することは、何らかの人権の侵害にならないのだろうか。
「こうした条例やルールは、表現の自由や自己決定権といった自由を制約していることになります。
ただし、自由権の侵害はそこら中に存在します。
その制約が、過剰である、目的との関係でバランスを欠く、などといった不当性の理屈まで伴って初めて、人権侵害の問題として議論するに足ることになります」(杉山弁護士)
「違憲ではないか」と議論が生まれる余地とは?
では、逗子市の条例による人権制約の程度は過剰なものになってはいないか。日本の入れ墨規制を巡っては、入れ墨が暴力団とのつながりを示すものとして「周囲を畏怖させる効果がある」と伝統的に考えられていることは確かだろう。
「現状でも、公衆浴場でのタトゥーや入れ墨の禁止が、一定の限度で是とされていることからすると、海水浴場で、しかも『畏怖させるような』という一定の文言による制約の縮減も加えた規制が、日本の憲法規範に照らして、逸脱しているという評価を得る余地はないでしょう。
ただし、個別でのルール運用の問題はあります。
たとえば、花柄のかわいいタトゥーをした人が海水浴場に来た時には、畏怖させるものではなく、ルール違反にはならないようにも読めます。
そういう人を排除した時、初めて、条例としては必要な程度におさまっていても、実際の運用で過剰な権利制約があり『違憲』ではないかといった議論が生まれる余地があるのではないでしょうか」(同前)
「現場の人も柔軟に対応する気持ちを」
また、逗子市の「逗子海水浴場事業者・利用者ルール」では、入れ墨・タトゥーの制限について、以下のように記載している。「(入れ墨・タトゥーの露出制限の)外国人への周知については、文化の違いなどを踏まえて、トラブルが発生しないよう努める」
この文言をそのまま読むと、日本人と外国人の間に、入れ墨・タトゥーを巡って対応の“差”が生じているようにも思える。
だが、杉山弁護士は「外国人にだけ過剰に制約を加えているわけではないので、差別にはあてはまらない」と指摘。以下のように続けた。
「上記の入れ墨規制の理屈が、過去の歴史を踏まえる必要があり、日本人でないとよりわかりにくく、頭ごなしにルール違反だから取り締まるといった対応をすると、もめる可能性が高いというケアを行っているだけなので、むしろ謙抑(けんよく)的、権利保護的とも言えます」(杉山弁護士)
そのうえで、海水浴場の現場スタッフらに対し、次のようにアドバイスした。
「ルールを形式的に、杓子(しゃくし)定規に考えると、それこそ上記のような、花柄のかわいいタトゥーまで取り締まってしまいそうですが、そこまでを、条例が命じているかは疑問のあるところです。
現場の人も柔軟に対応する気持ちを持つことをオススメしますね」(同前)