竹澤さんはかつて、職を転々とし、ギャンブルにはまり、5年間で3度服役。
タイでは違法薬物が比較的容易に入手できる一方、タイ政府は違法薬物犯罪を厳しく取り締まっており、その結果、竹澤さんはタイでヤーバー1250錠の密輸容疑で逮捕され、一審でまさかの「死刑」を求刑されてしまう。
近年、「大麻」「覚醒剤」などの薬物事犯が若年層を中心に広がりを見せている。また、高収入をうたう「闇バイト」から、薬物などの密輸に手を染めてしまう事例も発生している。
だが、竹澤さんは「(ドラッグに)手を出せば待っているのは地獄だ」と語る。本連載では警鐘を鳴らす意味も込め、竹澤さんが収容された、タイの「凶悪犯専用刑務所」での出来事などを紹介。
裁判の結果、終身刑となり、死刑囚や長期刑囚の集まるバンクワン刑務所に収容された竹澤さん。最終回は塀の中でたびたび起こる“嵐”と懲罰の様子について取り上げる。
※ この記事は竹澤恒男氏の書籍『タイで死刑を求刑されました』(彩図社)より一部抜粋・構成。
刑務官による手入れは「比較的穏便」
とにかくやりたい放題という印象のバンクワン刑務所だったが、不正物品を摘発するための手入れは頻繁に行われていた。タイミングを見はからい、ロッカールームを急襲し、麻薬や携帯電話、密造酒などの禁制品を見つけ出す、というものだがこの手入れは誰がやっているものなのかによって危険度が違った。
たとえば、もっとも頻度の高い刑務官による手入れは、比較的穏便だった。さすがに麻薬や携帯電話、密造酒になると処罰されるが、MP-3やラジオ、DVD、CD、電気プレートなどの調理器具は、普段、黙認していることもあっておとがめなしが基本。
よそのビルからきた応援の刑務官に見つかれば没収もあったが、後で呼び出されて返してくれるという具合で、刑務官の中には麻薬の密売グループからワイロを受け取り、手入れの日取りを漏らすような不届き者もいたらしい。
「受刑者は嵐を過ぎるさるのを待つしかなかった」
それに対して、気が抜けないのが外部の手入れである。刑務所ではときおり、軍隊や矯正局(コレクションデパートメント)、麻薬取締局による手入れも行われた。彼らはバンクワンの刑務官のように物わかりがよくない。麻薬や携帯電話、密造酒はもちろん、現金や電化製品などを軒並み持ち去ってしまう。DVDが押収された。同部屋の外国人受刑者はヘッドホンをパンツの中に隠してやり過ごそうとしたが、あえなく見つかり没収だ。
翌朝出房してみると、舎房の外にも大捜索が入っていたのを知った。下水や浄化槽の蓋は外され、植木鉢や置物が動かされ、庭のあちこちが掘り返され、ロッカーの南京錠がカッターで切断されているなど、見るも無残な状態になっている。ロッカーの中を確認すると、小さな金属製のスプーン(麻薬をあぶるのに使用されることもある)まで持ち去るという徹底ぶりだ。
私はこの手入れで1800バーツを喪失。日本人受刑者のNさんは短波ラジオを没収された。前日に手入れのうわさを聞いていたYさんは念のためにと、庭に500バーツを埋めて隠しておいたが、それすらも掘り返して持っていっていた。
私たち囚人はただ嵐が過ぎ去るのを待つしかなかったのである。
泣く子も黙る恐怖の懲罰房
刑務所では規則を破ると、懲罰を受けた。一番多いのはケンカで、麻薬の使用・密売、密造酒の製造、携帯電話の所持なども懲罰の対象となった。ケンカで相手を殺したり、重傷を負わせたりすれば裁判にかけられ、罪が増えた。麻薬の所持や密売も同様だ。携帯電話や密造酒の場合は、10番ビルディングの懲罰房に送られた。
一般房が雑居房だったのに比べ、懲罰房はすべて1人部屋の独居房だ。
所内の規則を破って懲罰房送りになった囚人は足かせが付けられ、一度入れられると数か月は出られない。懲罰中に再び規律違反を犯すと、足かせの鎖がより重いもの(通常は3キロ程度が、5キロ程度の重さになる)に付け替えられる、といったペナルティもあった。
1日1時間程度のレクリエーション時間(独房を出て、広場でタバコを吸える)はあったが、部屋の中にこもりっきりという暮らしだ。
懲罰房は10番ビルディングにしかなかったが、違反者が多く、それだけでは手狭になってきたので、私のいる2番ビルディングにも造られることになった。懲罰房は2013年の年初には完成したが、どういうわけか、3か月以上も使われずに放置されていた。
また所長の気まぐれかと思っていたところ、ようやく収容者が現れた。記念すべき第一号は、ケンカでナイフを振り回したという囚人。別のビルディングからの移送組だ。その後、せきを切ったように次々と収容者が現れて、すぐに満室になった。
2番ビルディングの懲罰房は、全12室。すべて独居房。広さは一般房の囚人の居住スペースよりも広く、3平方メートルくらいはある。トイレ兼用の水浴び場付きだ。
なかに持って入れるのは、毛布1枚と洗面具、食器ぐらいで、床は一般房と同じくコンクリートの上にビニールシートを敷いただけ。毛布1枚だけではかなり厳しい。また、部屋は背中合わせなので風が通らず、天井のファンもないため、中は尋常ではないほど暑いはずだ。
実際、熱中症による体調不良者も出たらしく、最近になって西向きの部屋には西日を避けるために日よけの覆いが取り付けられた。
収容されているのは、ケンカで武器を使った者、麻薬の売人、刑務官に逆らった者が中心で、とくに刑務官の機嫌を損ねると一発収容らしく、刑務官と口論したイラン人死刑囚は収容されて3か月近く経つのだが、まだ解放してもらえない。
つい最近では酔っぱらってケンカをした死刑囚が放り込まれたのだが、房内で暴れて便器を壊したらしく、懲罰房から引き出され、衆人環視の中、棒でビシバシしばかれていた。刑務官の情け容赦ない暴力は、ここバンクワンではいつもの光景だ。