
メガソーラー建設をめぐっては、景観の悪化をはじめ、自然環境の破壊、災害リスクの増大、パネルの耐用年数超過後の廃棄問題などが全国各地で懸念されている。
釧路湿原でのメガソーラー建設めぐる経緯
天然記念物であるタンチョウの営巣地近辺にも太陽光パネルが設置されている(写真提供:釧路自然保護協会)
釧路湿原は日本で初めてラムサール条約に登録された国内最大の湿原である。
国の天然記念物であるオジロワシやタンチョウ、シマフクロウの生息地としても知られるこの自然豊かな場所で、新たに大阪市の事業者によるメガソーラー建設計画が持ち上がった。
事業者は、昨年12月の住民説明会で「建設予定地にオジロワシやタンチョウの巣はない」と説明したが、提出された建設区画に誤りがあり、今年2月、オジロワシの巣が予定地内に存在することが判明した。
これを受け、釧路市教育委員会は「文化財保護法」に基づき、営巣木の半径500メートル圏内での作業には文化庁長官の許可が必要であることを事業者に通達。当初の作業停止期限は5月下旬だったが、現在もオジロワシが子育て中のため、建設は中断されている。ただし、500メートル圏外では、いつ建設が始まってもおかしくない状況にあるという。
釧路市は2023年7月に「太陽光発電施設の設置に関するガイドライン」を施行。今年5月30日の定例市長・市政記者懇談会では、鶴間秀典市長が「ノーモア メガソーラー宣言」を掲げ、9月に太陽光発電施設の建設を許可制とする新たな条例案を提出する方針を示した。
しかし、ガイドラインにはそもそも法的拘束力がない。また、条例には「法律の範囲内」という縛りがある(憲法94条参照)。したがって、実効性を持たせるには、法律による規制を待たざるを得ない面がある。
希少な野生動物を保全するためには、どのような法整備や規制が必要なのか。
釧路湿原で希少猛禽(もうきん)類の保全活動を行っている「猛禽類医学研究所」の代表・齊藤慶輔氏に詳しい話を聞いた。
野生動物「保全」とメガソーラー建設
まず、メガソーラーが野生動物の保全に与える影響について教えてください。
齊藤慶輔氏(以下、齊藤氏): 太陽光発電は温室効果ガスを出さない再生可能エネルギーとして、政府が推進しています。同様に再エネの一つである風車力発電では、風車の形状を無視して設置した結果、多くのバードストライク(鳥類衝突事故)が起こり、北海道でも判明しているだけで100羽以上の希少猛禽類が命を落としています。メガソーラーの場合、風車のような直接的な死傷はありませんが、設置によって希少種の生息地を奪うという間接的な影響があります。
猛禽類は餌となる野生動物の生息地も含めた広大な生息環境が必要です。ところが、太陽光パネルはそうした環境を奪ってしまいます。
たとえばオジロワシのように日本で繁殖する鳥や、渡り鳥であるチュウヒなどが特にその影響を受けると考えられます。チュウヒは夏に北海道で繁殖したのち、南に渡って春に北海道へ戻ってくるのですが、数少ない繁殖地である釧路湿原やサロベツ原野がパネルで埋め尽くされれば、繁殖自体ができなくなってしまう。
北海道で生息地が奪われてしまえば、南の地域でも個体を見られなくなります。
釧路で起きていることは、全国的な問題でもあるということですか。
齊藤氏:はい。野生動物に飼い主はいませんが、生物多様性国家戦略などの理念に基づき、「国民共有の財産」として保全すべき存在と位置付けられています。ほかにも野生動物保護に関しては、鳥や獣を殺傷することを規制する「鳥獣保護管理法」、希少種の殺傷禁止や流通販売を規制する「種の保存法」などの法律があります。また、天然記念物に指定されている鳥獣には「文化財保護法」も適用されます。
「文化財保護法」が適用された経緯と規制の限界
今回釧路湿原における開発では、オジロワシが国の天然記念物に指定されていたため、「文化財保護法」が適用され、建設が中断されたそうですね。
齊藤氏:事業者は当初、「建設予定地にオジロワシの巣はない」と説明していましたが、その場所は私が10年以上にわたり調査をしてきたエリアで、違和感を覚えました。そう指摘したところ、再調査が行われましたが、今度は「巣は事業地の5メートル先なので問題ない」と回答がありました。しかし、毎日新聞の独自調査で、事業地内に巣があることがわかったんです。
そのため「文化財保護法」にある、天然記念物の保存に影響を及ぼす行為をする際は、文化庁長官の許可を得なければならないという規定(125条)に基づき、繁殖中の建設を5月末まで止めました。

メガソーラー建設予定地で卵を温めるオジロワシ(提供:猛禽類医学研究所)
6月になりましたが、今もまだオジロワシが子育ての真っ最中ということもあり、9月末まで(法の適用は)延長されています。
事業者は営巣木のある地域は建設の中止を検討すると言っていますが、500メートル圏外での建設は継続するようです。
すでにオジロワシの巣から1キロ圏内にメガソーラーが設置された場所があるとのことですが、オジロワシに影響を与えた事例はありますか。
齊藤氏:オジロワシの雛は巣から出たあとも2か月ほどは巣の半径500メートル~2キロ圏内で、親から餌をもらって生活します。その場所にパネルを設置してしまうと、パネルの下に雛が潜り込んでしまい、親が雛を見つけられず、雛が餓死する危険があります。実際に、すでに雛がパネルの下に潜ってしまった例が確認されています。
雛が餓死する危険性があっても、現時点では「文化財保護法」以外に建設を止める法的根拠はないということですね。
齊藤氏:そうですね。個人的には、餓死の危険があることがわかってソーラーパネルを設置する行為に関しては、「種の保存法」9条で禁止されている希少種の殺傷・損傷に繋がるとして取り締まってほしいのですが、現実的ではありません。ですから、私は「種の保存法」を改正して「生息地の保全」を盛り込むことが必要だと考えています。
現在、生息地保全の規制は「保護区」(生息地保護区、鳥獣保護区など種の保護繁殖等を図るため、鳥獣の捕獲や各種行為を規制する区域)指定が前提です。しかし、釧路湿原で今問題となっているエリアは市街化調整区域で、保護区の外。野生動物は保護区の中だけで繁殖するわけではないのに、現行制度では守れません。
また、希少種が生息する可能性がある場所では、環境アセスメント(※)に準じた調査を義務付けるべきとも考えています。
「種の保存法」は5年ごとに見直されており、来年はまさにその時期なので、こうした項目を盛り込めるよう、積極的なロビー活動を通じて、政治家や行政に働きかけているところです。
※ 環境影響評価制度。大規模な開発事業が環境に与える影響について、事業者が調査・予測・評価し、その結果を公表し、事業計画に反映させることで環境保全を図る制度。
「共生」のために問われる視点
脱炭素社会の実現には再エネの普及も重要です。野生動物と共生するには、どんなことが必要でしょうか。
齊藤氏:私も風力・太陽光発電は否定していません。ですが、人間さえよければいいという考え方ではなく、人間一人ひとりが野生動物の存在を意識して、一緒に生きていく、共生しようという意識を持ってほしいですね。パネルの設置に関しては「人間も利用できて、野生動物に迷惑をかけない最適な場所」も探せば見つかるはずです。基本的なことですが、野生動物にだけ負荷をかけるやりかたではいけないということです。また、本来は事業者にも野生動物に関する正しい知識が必要だと思います。
湿原は人にとっても淡水の供給源です。メガソーラーは持続可能な再エネを掲げる一方で、パネルの設置は自然破壊行為に繋がっていて本末転倒にも感じます。
齊藤氏:私はサハリンで12年ほど湿地の調査をしていましたが、50年前に道路を作るために通ったキャタピラの跡が未だに残っています。自然は一度壊すと回復に何百年と時間がかかる、もしくは回復できないものです。もし今、湿地を乾燥させてパネルを設置し、事業が頓挫しても、ただパネルを撤去したからといって現状復旧できません。一過性の経済的利益のために、何千年もかけて形成された自然環境や生態系を壊してはならないと思います。
メガソーラーの影響は釧路だけの問題ではありません。たとえば、先ほど紹介したチュウヒは湿原を移動しながら本州に渡る。日本各地の湿原が奪われれば、渡ることができず、個体数は減少し、やがて絶滅の危機に瀕する可能性もあります。だからこそ、「種の保存法」に生息地の保全を明記してほしいのです。
世の中を動かすのは「民意」
現在、齊藤さんは精力的にロビー活動を行い、政治家や行政への働きかけを行っていますが、ほかに注力している活動などはありますか。
齊藤氏:世の中を動かすのは政治家ではなく「民意」だと思っています。まずは釧路の方々にもっと湿原の素晴らしさを知ってもらうべく活動しています。私が釧路に来た当初から、湿原は地元の方から“谷地(やち/湿地や沼地など、開発に適さない土地 、使い物にならない土地)”と呼ばれています。でも本当は、希少なオジロワシの繁殖地として、地元の方が誇るべき場所です。その価値を伝えようと、市内の小中学校などで自然環境教育も行っています。
メガソーラーが設置されれば市は固定資産税を得られるかもしれませんが、観光資源にはなりません。一方、オジロワシやチュウヒを見に訪れる観光客はたくさんいます。野生動物たちは観光資源、経済的資源にもなり得る存在です。
そして、釧路を訪れたことがない方にも、ぜひ一度見にきていただきたく、取材対応なども積極的に行っています。
この場所にメガソーラーを建てるべきか、ご自身の目で確かめてほしい。見ていただければ、必ず自然の味方になっていただけると思います。オジロワシが普通に空を飛び、タンチョウが簡単に観られる大自然。もし期待はずれだと思えば、私のSNSにクレームを送ってくれていいですから。

市街化調整区域にある湿原を飛ぶチュウヒ(撮影:齊藤慶輔氏)
(取材・文=タカモトアキ)