
誤情報が拡散した元には「大阪府神社庁」が送付した注意喚起文書があった。排外主義が問題視される昨今、外国人の多いイスラム教徒に対する敵意や偏見をあおる原因を作ったことに関して、法的な問題は発生しないのだろうか。
宮司や警察は「邪教」発言を否定
報道によると、ボヤが発生したのは6月6日。神社の宮司は新聞各紙の取材に対し、「境内で複数の小学生がマッチで落ち葉などに火をつける騒ぎがあった」と説明。防犯カメラの映像にはイスラム教徒に特徴的な格好をした子どもが映っていたことを根拠にして、宮司は「イスラム教徒による放火があった」と府神社庁に伝えたものの、「邪教」などの話は一切していないという。
また、大阪府警も「子どもの火遊びだと判断している」「邪教だから火をつけた、という供述はない」はないと新聞の取材に答えている。
しかし、大阪府神社庁は同月13日に「防犯カメラに犯人が映っており犯人は捕まりましたが~」「犯人はイスラム教徒で『邪教だから火をつけた』と供述している とのこと」などと記載した文書を府内の神社に送付。
15日、神社の神主を名乗る人物が文書をXに投稿したことで、文書の内容が拡散。
16日、産経新聞が宮司への取材に基づき、誤情報を訂正する記事を公開。同日、神主を名乗る人物も投稿を削除し、謝罪した。
しかし、「イスラム教徒が『邪教だから』と大阪の神社に火をつけた」という内容は、現在でも、XやYouTube、まとめサイトなどで発信され続けている。
デマを発信しても法的な責任は発生しない
大阪府神社庁 ホームページから
問題の文章を送付した「大阪府神社庁」は「神社本庁」の地方機関。
「庁」と付くものの、神社本庁は公的な官庁や役所ではなく、宗教法人法に基づく文部科学大臣所轄の「包括宗教法人」。そして大阪府神社庁は神社本庁の「被包括宗教法人」である。
したがって、大阪府神社庁は公的な団体とまではいえない。
とはいえ、今回の事件において、イスラム教徒に対する誤情報=デマの発生については文書を送付した大阪府神社庁に原因があるといえる。
では、大阪府神社庁や、文書をXに投稿して拡散した人物などに法的な責任は発生するのだろうか。
表現の自由やメディアの問題に詳しい杉山大介弁護士は、まず、「イスラム教徒が『邪教だから火をつけた』と供述した」という文章によって名誉毀損(きそん)罪や侮辱罪などが成立する可能性はないと指摘する。
「現状、デマそのものを罰する法律は存在しません。
名誉毀損や侮辱も、あくまで個人の社会的地位を問題とする条文であるため、個人を特定せず抽象的な『イスラム教徒』が対象となった本件では、成立する余地はありません」(杉山弁護士)
また、誤情報の拡散によって、特定の個人に対する直接的な損害が発生したわけでもない。したがって、本件では、文書の送付や投稿・拡散などに民事上の不法行為責任が認められることもない。
つまり、刑事的にも民事的にも、本件に関してデマの発生から拡散に関わった団体や人に、法的な責任が発生することはないのだ。
関東大震災ではデマにより人が殺された
近年では、埼玉県の川口市や埼玉県の蕨(わらび)市に住む在日クルド人に対する差別的な言説がインターネットを中心に拡散しており、社会問題になっている。関連記事:“ニュース映像”を勝手に編集・改変「クルド人差別」煽る動画をX上に投稿 著作権侵害や名誉毀損は成立するか?
今回のデマが拡散した背景にも、「クルド人問題」を通じてイスラム教徒に対する偏見・差別感情が近年の日本で急速に広まっていることが影響していると考えられる。
杉山弁護士は、クルド人に対する差別や偏見を広めている集団は、過去には在日コリアンやアイヌを対象に同じことをしていたと語る。
「在日朝鮮人を狙い、アイヌを狙い、そのたびに違法性まで認められてきた集団が、現在はクルドをネタに収益活動や政治的扇動を行っています。
仮にクルド人が攻撃を受けなくなっても、彼らは次の獲物を見つけて、またやるでしょう。
1923年の関東大震災では、デマが原因で、外国人も日本人も殺されました。この教訓を、決して、決して忘れてはならないと考えます」(杉山弁護士)
「表現の自由」に規制が必要な理由
近年では、これまで広く認められていた「表現の自由」を問い直し、問題のある領域については規制を検討する動きが強くなっている。たとえば、AIの技術でわいせつな画像や動画を作り出す、いわゆる「性的ディープフェイク」が問題視されるようになってきた。
鳥取県では今年の4月から、AIで作成された子どものわいせつな画像や動画を「児童ポルノ」と規定し、その作成や他人への提供を禁止する条例を施行。6月30日には行政罰である過料を科すことを盛り込んだ改正案が県議会で可決した。
法務省も、実在する子どもを題材にした性的ディープフェイクを児童ポルノと規定し、規制の対象にすることを検討している。
また、2024年1月1日に発生した能登半島地震では、「能登半島に外国系の盗賊団が集結している」「地震が人工的に起こされた」「避難所を出ると仮設住宅に入れなくなる」など多数のデマが投稿された。
災害時にインターネット上でデマが拡散される問題は2011年の東日本大震災などの際にも指摘されてきたが、2023年にXの仕様が変更されて、投稿のインプレッションによって収益が得られるようになったことが、虚偽の投稿に拍車をかけている。
6月23日、SNSの偽・誤情報対策の制度設計に関する総務省の作業部会では「災害時の閲覧数などに応じた投稿者への収益の支払い停止について、法整備を含めて検討する」と言及された。
杉山弁護士は、これらの規制について「私は賛成です」と語る。
「現在の法律では、デマの結果として名誉が毀損された場合や業務が妨害された場合にのみ、業務妨害罪や名誉毀損罪という立て付けでしか、デマに対処できません。それでは、迂遠(うえん)すぎます。
デマや虚偽そのものを直接的に処罰し、責任をとらせる法制度が必要です。
昨今のあまりにデタラメな情報の流通量や拡散手段の広さを考慮すると、人は、表現を萎縮するぐらいでちょうど良いのです」(杉山弁護士)