
ベトナム人グループによる集団万引きが横行
近年、ユニクロは外国人グループなどによる集団万引きの被害に遭っている。2024年2月には、主にユニクロを標的にしていたベトナム人男女4人の窃盗団が福岡県警に摘発された。
また同年月にも、ベトナム人の女3人が逮捕された。2023年から2024年にかけて関東・関西の店舗で女性用の下着など3000点以上を万引きし、被害総額は計約1230万円。
こうした状況を受け、ファーストリテイリングは6月9日、ホームページに「万引きなどの窃盗行為への対応強化について」を発表。
「当社グループは、万引きなどの窃盗犯に対し、刑事司法手続における厳正な処罰を求めることに加え、民事手続においても、盗取された商品、および当社グループが被ったすべての損害の賠償を求めていくこととしました」との方針を打ち出した。
弁護士JPニュース編集部がファーストリテイリング社に問い合わせたところ、「係争中のため、詳細は控えさせていただきたく思います」としつつ、以下のような回答があった。
「弊社グループは、お客様に安心してご来店いただける店舗環境を守るため、万引きなどの行為には、刑事・民事の両面から適切に対応してまいりたいと考えております」(広報担当者)
民事訴訟にはコストがかかるが…
万引きは法律上は「窃盗罪」にあたる。当然ながら刑事手続の対象になるが、窃盗で受けた損害の賠償を犯人に請求するためには、被害を受けた店舗や会社の側が民事訴訟の提起等のアクションを起こさなければならない。企業法務に詳しい江﨑裕久(ひろひさ)弁護士によると、民事訴訟を提起するにはコストがかかるため、ユニクロの方針は今までにない異例のものであるという。
そもそも、犯罪などで被害が発生した場合、一般的に企業はコストとリターンを考慮しながら、商業的な合理性に基づく対応を行う。たとえ万引きの現場を発見しても、犯人を捕まえて警察に通報することには時間と手間がかかるため、刑事手続を取るにまで至らない場合も多い。
ただし、何度も窃盗を繰り返される場合には、放置することのコストが上回るため、刑事手続に進む可能性が高くなる。「『お金を払えばいいんでしょ』と言って逆ギレする人のように反省の色を見せない人も、警察に突き出されてしまうでしょう」(江﨑弁護士)
また、民事訴訟を起こすためには、外部の弁護士に依頼した場合、最低でも数十万円からの費用がかかる。
なお、社内弁護士に依頼すれば費用が多少安くなる可能性もある。「しかし社内にいる弁護士はあくまで企業法務のスペシャリストであり、損害賠償請求などの民事訴訟を専門にしている訳ではないため、外部の弁護士を雇った方が結局安く済むと私は思っています」(江﨑弁護士)
さらに、通常の万引きであれば、勝訴して得られるのは商品代の数千円から数万円だ。くわえて、万引き犯のなかには愉快犯もいるが経済的に苦しい状態にいる人も多いため、判決に基づき強制執行をして損害を回復できる保証もない。
しかし、先述したように、ユニクロは集団万引きによって1000万円単位の損害を被っている。江﨑弁護士は「民事手続を取る方針を打ち出すことで、仮に万引きがすべてなくなれば、訴訟のコストを差し引いても利益が出るとユニクロは判断したということかと思います」と指摘する。
2022年閉店の「ビックロ」跡地に2024年オープンした「ユニクロ 新宿本店」には多くの外国人が訪れている(Lukas / PIXTA)
万引き犯に「心理的圧迫」を加えることが目的か
ドイツやフランス、イタリアなどの国には刑事裁判手続を通じて被害回復を命じる制度が存在する(「附帯私訴」)。日本でも2007年から、刑事裁判の結果を引用する損害賠償命令制度が始まった。「しかし、私が知るところでは、あまり損害賠償命令制度が活用されているイメージはありません。
諸外国の附帯私訴についても、結局のところ実効性がどこまであるかという問題があるようですし、かえって裁判が複雑になって本来の刑事裁判が遅延してしまうという批判も聞きます」(江﨑弁護士)
詐欺などで損害を負った個人が民事訴訟を提起しても、被害がほとんど回復しないという問題はたびたび指摘されてきた。事情は、被害を受け訴訟を提起したのが個人でなく企業である場合にも変わらない。
それでも、ユニクロは万引き犯に対して民事手続を取ると宣言した。
江﨑弁護士は、今回のユニクロの試みには「万引き犯に対して心理的圧迫を加える」という社会実験の側面があると語る。
「民事訴訟で損害賠償を請求していくことで、万引きがゼロに近い状態になれば、他の企業もユニクロに追随するかもしれません。私も注視してみたいと思います」(江﨑弁護士)