2024年に成立した改正民法により、2026年5月までに「共同親権」が導入される予定だ。
共同親権が導入される背景には、離婚後は子どもの親権を父母の片方しか持てないと定める「単独親権」制度に対する批判や異議が積み重なってきた経緯がある。

同制度に対する違憲訴訟も、数々提起されてきた。その一つである「自然的親子権国賠訴訟」について、原告弁護士に訴訟の経緯を聞いた。

男女6人が900万円の国家賠償を請求

本訴訟が東京地裁に提起されたのは2020年10月。東京都などに住む男女6人の原告が、国に総額900万円の損害賠償を請求した。
訴えの内容は、民法819条1項および2項(以下まとめて「民法819条」)が定める単独親権制度によって精神的な苦痛を受けたにもかかわらず、国は民法819条の改正を怠ったとして、国家賠償法1項1項に基づき原告らが各150万円ずつの損害賠償を請求するというもの。
そして、損害賠償を求める法的な根拠として「民法819条は幸福追及権等について定める憲法13条によって原告らに保障されている『自然的親子権』を侵害する」と主張された。
くわえて、単独親権制度は憲法14条と憲法24条が保障する「平等権」や、憲法26条が保障する「教育権」も侵害しているほか、日本が締結している国際人権規約や児童の権利条約の規定にも違反すると主張。
原告代理人の小嶋勇弁護士によると、訴訟の真意は賠償金の支払いを得ることではなく「制度の変更」にあるという。
「民法819条は『離婚の際に父母のいずれかを子の親権者と決めなければならない』と定めています。逆に言えば、父母いずれかの親権が失われるということです。
自然的親子権訴訟では、この民法819条は憲法や国際条約に違反し、無効であるとして、婚姻の際の子に対する共同親権がそのまま離婚後も継続することを求めています。
つまり、国家賠償請求という法的な形式を利用して、離婚後の単独親権制度を変えようとする訴訟です」(小嶋弁護士)

「自然的親子権」とはどんな権利?

本訴訟の争点は、まず、民法819条は原告らの「自然的親子権」や「平等権」「教育権」を侵害する否か、また国際的な条約に違反するか否か、である。
ただし、「平等権」や「教育権」などと異なり「自然的親子権」については、憲法にはっきりとした規定はない。
原告らが行ったのは「自然的親子権」は憲法13条後段の「幸福追求権」の一つとして保障されている、という主張だ。

そして、「自然的親子権」の内容については「親と子が自らの意思に基づいて、物理的にも精神的にもお互いが関わることについて、みだりに妨げられない権利」と定義した。
「自然的親子権は、親と子の関係の総体を内容とするものです。
より具体的には、『親が子に自らの価値や文化・考え方を伝え、他方で子は両親から愛情を受けつつ、自身の生き方に重大な影響を受ける、こうした自然の関係を内容とする』と示しました」(小嶋弁護士)
なお、「平等権」の侵害の主張については、離婚によって片方の親が当然に親権を失うことが、民法834条の親権喪失(虐待等により子の利益を著しく害する場合に審判を経て認められる)や民法834条の2の親権停止(親権の行使が困難・不適当であることにより子の利益を害する場合に審判を経て認められる)といった、厳格な要件を設けた規定との間で不平等であることを主張したもの。
つまり、「離婚によって親権者となった親」と「親権を失った親」との間の不平等を主張したものではない。
また、本訴訟は国が民法改正を怠ったことに対する賠償請求であるため、国の「立法不作為」も争点となっている。
通常、立法不作為とは「国会が必要な法律を作らないこと」を指すが、「改正すべき法律を改正せずに放置する」ことも立法不作為と評価される場合があるということだ。
争点の順番としては、まずは「自然的親子権の保障」「平等権の保障」「教育権の保障」「条約の規定」が検討され、次に、それらへの制約の有無と程度が検討される。その後、その国の「立法不作為」の有無が検討され、最後に、原告らが被った損害の発生が国会の立法不作為と因果関係があるか否かが検討されることになる。

地裁は「人格的利益」を認めたが…

これまで、裁判所の判断は3回示されてきた。
まず、東京地方裁判所の第1審判決(2023年4月)では、原告らの請求を棄却。
この判決で、東京地裁は「自然的親子権」について「人格的利益」であると認めた。これは、裁判所が「人権」としては認められないものの、一定程度尊重に値するものとする際に用いられてきた言い回しである。
「親と子という関係は、国家等の組織が成立する以前から存在していた、血縁等の自然発生的な結びつきから生じる自然的関係であって、人類の存続発展と文明伝承の基盤を成すものとして尊重されるべき人間関係の一つということができる」と表現した。

さらに、「親子は、それぞれ、自然的親子関係をみだりに妨げられないことについて人格的利益を有するというべきである」とした。
そのうえで、上記の「人格的利益」が民法819条によって侵害されたと言うことはできない、と東京地裁は判示した。
さらに、民法819条と親権喪失(同834条)・親権停止(同834条の2)の規定とのバランスについて「法的な取扱いの差別をしている」としながらも、「父母の離婚後、親権者によって、子の監護及び教育をはじめとする親権の行使が、専ら子の利益の観点から適時かつ適切になされるようにするという立法目的と、合理的関連性がある」として「平等権」の侵害を認定せず。
その他、「教育権」への侵害や条約の規定の違反も認められず。結果として、その他の争点についても判断がされず、請求棄却となった。

高裁「共同親権の立法政策はあり得る」

原告側は控訴したが、東京高等裁判所の第2審判決(2024年2月)でも、控訴棄却となる。その内容は、ほぼ全面的に第1審判決を踏襲するものであったという。
ただし、「自然的親子権」の内容については、下記の通り、第1審とは異なり明確に「人権」であることが示された。
「このように考えると、子が親から養育監護を受け、親と関わることは、子の生存や人格の形成、発達及び成長並びに自立に不可欠であるから、そのうち、それを国から妨げられない自由権は人格権の一種として、憲法13条によって保障されており、かつ、それが私人間の関係で保護される利益も、憲法13条によって尊重されるべき利益であると解される。
さらには、親が子を養育監護し、子と関わることを妨げられないこと(親の子を養育監護等する自由)も、親自身の自己実現及び人格発展に関わる重大なものであるから、人格的な権利利益として、憲法13条によって保障されていると解すべきである」(東京高裁)
さらに、「平等権」についても、「離婚を巡る事情がそれぞれの家庭によって多種多様であり、立法目的が前提とした離婚後の夫婦の実情に当てはまらない父母も実際には相当数存在すると考えられる」として、「共同親権を選択するという立法政策があり得る」と示した。

共同親権が導入される「前」の親の立場はどうなる?

原告側は最高裁(第3審)に上告と上告受理申立をしたが、最高裁は実質的な判断を行わず、「上告を棄却する」「上告審として受理しない」と、極めて形式的に棄却したという(2025年1月)。
小嶋弁護士は、3回の裁判を通じても結果的に原告らの請求は認められなかったことについて「とても残念だ」と所感を述べる。
「一方、『自然的親子権』という、これまで認められたことがない権利について『憲法13条によって保障される』と裁判所が判断したことには重要な意義があります」(小嶋弁護士)
第2審判決では第1審をふまえつつ、「子が親から養育監護を受け、親と関わることのみならず、親が子を養育監護し、子と関わることを妨げられないこと(親の子を養育監護等する自由)は、いずれも自由権であり、人格権の一種として、憲法13条によって保障される」と判断された。

「憲法に規定のない新しい人権を認めることに対して、普段は極めて慎重な裁判所が、あえて、このような『自然的親子権』を人権として承認したことには重要な意義があります」(小嶋弁護士)
また、控訴審で「共同親権を選択するという立法政策があり得る」と示されたことは、冒頭で述べた、離婚後の共同親権を認める改正の内容を「先取り」している点で重要だという。
「少なくとも、本訴訟の第2審は、婚姻中の共同親権をそのまま離婚後も継続することについて、好意的であるということは間違いありません。
制定された法律を適用して判断する職責を有する裁判所が、あえて、国会の立法政策にまで踏み込んで判断したことは重要な意義と言えます。
もっとも、実際に離婚後に親権を失ったことによって、さまざまな被害を受けている原告らが存在し、本訴訟まで提起している以上、離婚後の単独親権しか規定しない現民法819条は、離婚後の共同親権を許容する改正民法の規定と比較すれば、やはり、原告らの親としての立場を軽視していると言わざるを得ません。
法改正の前後で異なった対応となることこそ、まさに『不平等』と思われます。
本訴訟においては、結果的に民法819条が改正されたことによって、民法の改正が遅きに失した(すなわち、国会に立法不作為がある)として、原告らの請求を認めるべきであったと考えます」(小嶋弁護士)
なお、本訴訟においては、原告らについては、第1審では当事者尋問の実施、第2審では当事者の意見陳述が実施された。さらに第1審では専門家である憲法学者の証人尋問が実施され、第2審でも専門家である公認心理師(臨床心理士)の証人尋問が実施されたという。
「その他、専門家の意見書も提出して、採用されました。これらの点は、十分な訴訟活動ができたものと自負しています。
結局、本訴訟の結果は残念なものでしたが、その後、離婚後の共同親権を許容する民法819条の改正法が制定され、来年施行されることに鑑みた場合、本訴訟の社会的意義を認めることはできると思います」(小嶋弁護士)


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