“介護崩壊”に歯止めをかけるとして、全国労働組合総連合(全労連)らによる「介護・ヘルパーネット」が7月9日、厚生労働省に要請書を提出。都内で会見を開いた。

全労連の土井直樹常任幹事は「介護労働者の現場の声を聞いてもらい、来年度予算に反映させてほしい」として次のように述べた。
「介護職場で働く正職員の月額賃金を直ちに全産業平均以上に引き上げてほしい。そのためにも、国には早急に介護報酬の期中改定と国庫負担の引き上げをお願いしたい」

介護事業者の倒産、昨年は過去最多

介護・ヘルパーネットが今回、会見を実施する背景には「重労働に見合わない低賃金」と「人手不足」により、“介護崩壊が始まっている”との見方がある。
実際、東京商工リサーチの調査によると、2024年度の介護事業者(老人福祉・介護事業)の倒産は179件となり、前年度から36.6%増加して過去最多を記録。コロナ禍と大型連鎖倒産が発生した2022年度の144件を大幅に上回った。
業種別では、2024年4月の介護報酬改定で基本報酬が引き下げられた「訪問介護」が86件と全体の約半数(48.0%)を占め、過去最多に。
厚労省はこの引き下げの理由について「介護事業経営実態調査で訪問介護の収支差率が7.8%と、全介護サービス平均を上回った」ことなどを挙げている。
一方、東京医労連の松﨑美和書記次長は「訪問介護で働く、多くの人の場合、実態としては『拘束時間は長いが、報酬の発生する時間は短い』という状況にある」と述べ、以下のようにコメントした。
「たしかに一部の大手企業や、サービス付き高齢者向け住宅などでは、利益率が高いところもあります。ですが、移動時間など、労働時間の一部で賃金が十分に支払われていないことや、現場の人手不足はまったく考慮されていません。
『本当は週2回、3回訪問を入れたい』という利用者さんに対しても、人手不足が原因で断らざるを得ない状況が、現場では起きています」

全産業平均と月収11万円の差

現在、上述した訪問介護のみならず介護業界全体で、低賃金を理由にした退職者が続出しており、慢性的な人手不足が続いている。
全労連介護・ヘルパーネットが5月に発表した、2024年の「介護労働実態調査」では、介護現場で働く正職員の月額賃金は平均24万9584円で、全産業の一般労働者平均35万9600円との差が約11万円に上ることが判明。
全国福祉保育労働組合(福祉保育労)の民谷孝則(たみや・たかのり)書記次長は「ケア労働者の中でも、介護労働者の賃上げは大幅に遅れている」として、次のように続けた。
「厚労省の調査によると、介護労働者の賃金は、2008年から2014年までの長きにわたって年収換算で300万から310万円程度でした。

その後、国の処遇改善策の効果も一定程度あり、2024年には年収換算で364万円まで引き上げられました。
しかし、全産業平均とは年収で150万円以上の差がいまだにあります。
また、保育士の賃金も、かつては介護労働者同様に低く、2013年には310万円を切っていました。ですが、政策による処遇改善が進められ、こちらも十分とはいえないものの、昨年には394万円にまで賃上げが進んでいます。
つまり、保育と介護で、約10年前には同じ賃金水準だったのにもかかわらず、昨年の調査では年収で30万もの格差がついてしまったというのが現状です」
この格差が生じた理由について、民谷書記次長は次のように述べる。
「保育士の場合、民間企業の賃金動向を踏まえた『人事院勧告』に連動し、事業所の収入となる公定価格が引き上がる仕組みになっています。
一方の介護報酬は、改定は3年に1回で、他業種の賃金動向などとは基本的に連動しません。
来月出る予定の人事院勧告も引き上げの見通しですので、保育園の職員と介護労働者の賃金格差は、これからさらに広がっていく見込みです。
現在、選挙戦が行われている最中ですが、ケア労働者、その中でも特に遅れてしまっている介護労働者の大幅な賃上げを、一刻も早く実現させていく必要があると訴えたいです」

「介護職はやりがい感じる仕事、ぜひ賃上げを実現してほしい」

また、この日会見に出席した介護労働者の男性は、現場の実態について「現場は人が足りない状況が続いていて、辞めたいという声もよく聞くし、実際に直近で3人の職員が辞めていった」と述べた一方、将来への期待も口にした。
「私は特別養護老人ホームで勤務しているため、利用者の方をみとる、最期の瞬間まで携わっています。
利用者やその家族から感謝されることはとても力になりますし、利用者の方が生きてきた証しに寄り添う仕事、という点でもやりがいを感じます。
ですので『これから介護職を目指す人が増えてほしい』という意味でも、ぜひ賃上げを実現してほしいです」(介護労働者の男性)

厚労省「2026年には25万人の介護労働者が必要」と推計も…

この日、要請書を受け取った厚労省側は「全産業平均との差」については認め、「骨太の方針にしたがって、賃上げを実現していく」との方向性自体は示したものの、土井常任幹事は「早急な賃金改善を求めるわれわれの要望にきちんと向き合ったかどうかは疑問が残る」と述べた。
厚生労働省のデータによると、2023年度に初めて介護労働者数が減少に転じた一方、2026年には25万人、2040年には57万人の介護労働者の確保が必要と推計されている。

だが、現状ではこの“目標”を達成するのは「非常に厳しい」と民谷書記次長は指摘する。
「これだけ少子化が進んでいるなか、外国人人材やシルバー人材、派遣労働やスポットバイトまで活用し、なんとか人材確保に努めてきたというのがここ数年の状況です。
それにもかかわらず、2023年度には介護労働者数はついに減少に転じました。こうした状況を解消するには、早急に賃上げを実施する必要があると思います」(民谷書記次長)


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