
男性は22日、静岡県側の水ヶ塚駐車場付近から単独で入山。
男性は吐き気をもよおすなどの体調不良も訴えていたが、要請を受けて出動した山梨県の防災ヘリコプターによって無事救助された。
その4日後の26日、富士宮ルート8合目付近を通りかかった登山者から警察に「人が倒れている。擦り傷があって震えている」と通報があった。
遭難者の男性は、近くにいた登山者によって8合目まで運ばれ、その後、静岡県警の救助隊員9人が担架で登山口まで搬送した。男性には高山病の症状が見られたが、大きなケガなどはなかった。
この遭難者は、4日前に助けられた中国籍の男性だった。再び富士山に入山したのは、前回現場に起き忘れた携帯電話を回収するためだったという。
閉山期間中の富士山で、わずか5日の間に同一人物が2度も救助されたこの案件について、アルピニストの野口健氏は「この男のメンタリティーはもはや救いようがない。あまりに愚か。救助費用を請求するべき」と発言、ネット上にも非難の声が渦巻いた。
その後は富士山を擁する静岡・山梨両県や国を巻き込んでの、遭難救助費用の有料化を求める問題にまで発展してしまい、今後の成り行きが注目されている。
今年もすでに多発…外国人登山者の遭難事故
さて、この事故は中国籍男性のあきれた行動により大きなニュースとなったが、その後も外国人の遭難事故はあとを絶たない。以下、GW以降の5、6月に起きた外国人による主な遭難事故を列挙しておく。- 5月13日/羊蹄山
イギリス国籍の30歳の男性と29歳の女性が、倶知安コースの9合目付近で寒さのため動けなくなり、110番通報して救助を要請。北海道警ヘリが出動し、約1時間後に2人を救助した。2人はいずれも軽装(男性は長袖ジャンパーとハーフパンツ、女性は半袖シャツと長ズボン)だった。現場周辺にはまだ残雪があり、男性は駆けつけてきた救助隊員に「Sorry.ゴメンサナイ」と謝っていた。 - 5月17日/富士山
中国人の大学生2人パーティ(22歳と23歳の男性)が富士宮ルートを登山中、ひとりが体調不良となり、「富士山の元祖7合目付近で動けなくなっている」とSNSに投稿。これを見た第三者が警察に通報して救助隊が出動した。しかし、その後2人は自力で下山し、事情聴取に対しては「富士山には一年中登れると思った」と語ったという。 - 5月20日/槍ヶ岳
妻とともに上高地から入山したドイツ国籍の51歳男性が、下山中に滑落し、右足を負傷した。男性は携帯のアプリを使ってほかの外国人登山者に「滑落して右足首を負傷し、行動できない」というメッセージを送り、その登山者が宿泊している山小屋に届け出た。これを受けて民間救助隊員が出動し、近くの山小屋に男性を収容した。 - 6月1日/槍ヶ岳
韓国籍の30歳女性が東鎌尾根で滑落し、左足の太ももを打撲するなどの軽傷を負った。女性は韓国領事館を通じて救助を要請したが、別に単独で入山していた韓国籍の40歳男性が、事故のニュースを聞いて現場へ駆けつけた。ところがなぜかこの男性も身動きが取れなくなってしまい、結局2人とも長野県警のヘリによって救助された。 - 6月3日/燧ヶ岳
台湾から訪れた10人グループが、尾瀬ヶ原の山小屋から燧ヶ岳を目指して登山を開始した。しかし途中で70代女性が体調不良に陥ったため、男性2人が付き添ってその場に残り、ほかの7人は山小屋に下山した。その後、3人が戻ってこなかったため、警察と消防が翌朝から捜索を開始、5合目付近で3人を無事発見し、ヘリコプターで救助した。 - 6月18日/白馬岳
2人パーティで入山したタイ国籍の48歳女性が、大雪渓を登山中に滑落し、肋骨(ろっこつ)骨折などの重傷を負った。女性は同行者の通報によって出動した長野県警ヘリに救助され、病院に搬送された。 - 6月19日/白馬鑓ヶ岳
アメリカ国籍の20代男性2人が、後立山連峰の八方尾根から入山して白馬鑓温泉に向かっていたところ、ひとりが滑落し、もうひとりも残雪の多い急斜面で行動不能となり、警察に救助を要請した。翌朝、ひとりは救助されたが、滑落した男性は2日後に急峻(きゅうしゅん)な岩場で倒れている状態で見つかり、死亡が確認された。 - 6月20日/西岳
韓国籍の48歳女性が、8人パーティで槍・穂高連峰の表銀座コースを槍ヶ岳へ向かう途中、西岳で滑落し、両膝を打撲して行動不能となった。女性は長野県の防災ヘリで救助され、病院へ搬送された。 - 6月28日/十勝連峰・コスマヌプリ
イスラエル国籍の46歳男性が単独で登山中に道に迷い、疲労と日没も重なったことから救助を要請、北海道警のヘリコプターに救助された。 - 6月28日/赤岩岳
台湾の49歳男性が、2人パーティで表銀座コースを大天井岳方面に向かっていたところ滑落。同行者が救助を要請し、長野県警のヘリによって救助された。男性は両肘の擦過傷を負う軽傷だった。
それによると、2018年は発生件数71件、遭難者数111人で、コロナ禍にあった2020~22年はいずれも大幅に減少しているものの、23年には発生件数100件、遭難者数145人と、過去最多を記録した。
先日発表された24年の統計では、発生件数99件、遭難者数135人と微減しているが、コロナ禍前に比べると明らかに増加傾向にある。インバウンドが過去最多を更新し続けている今、外国人登山者の遭難が今後も増えるであろうことは想像に難くない。
警察庁「令和6年における山岳遭難の概況等」より
日本の登山ルール・マナーの周知不足も課題
近年になって外国人の遭難事故が増えている背景には、山岳観光地に彼らの受け入れ体制が十分に整っていないという現実がある。富士山や北アルプスなど外国人に人気の高い山においては、多言語表記の道標(どうひょう)や案内板を整備したり、山小屋や自治体や登山系サイトがウェブで多言語の情報を発信するなどしているが、それが広く行き届いているかは疑問だ。軽装や装備不足の外国人登山者が一定数いるのは、周知不足の現れともいえる。
発信される情報も、基本情報や概要的なものが多く、山のリスク情報⏤⏤どんなリスクが存在するのか(遭難事故の最多要因となっている道迷い、悪天候下での低体温症、夏の午後の雷、近年の猛暑のなかでの脱水や熱中症、多発する集中豪雨による沢の増水や鉄砲水など)、事故の多発地点はどこか、直近ではどんな事故が起きているのか⏤⏤といったことについてはあまり触れられていない。
しかし、外国人の遭難事故を防止するためには、山に潜んでいる多くのリスクについて知らしめ、それらを回避・対処するためのノウハウまでを細やかに発信していく必要があるのではないだろうか。
と同時に、日本の登山におけるルールやマナーを周知することも重要になってくる。「登山届を提出する」「早発早着」「狭い道ですれ違うときは山側で待機」「ルートを外れて追い越さない」などは、日本の登山者にとっては当たり前のことだが、外国人のなかには文化や風習が異なることなどから、「どうして?」と疑問に思う者もいるかもしれない。
しかし、これらのルールやマナーを守ることは、事故を未然に防ぐことにつながってくる。それをいかに説明して理解してもらうかも、課題のひとつだろう。
観光ついでに「せっかくだから日本の山にも登ってみよう」
ただ、問題なのは、日本の山に登る外国人の多くは、登山目的に来日しているわけではないということだ。遭難事故の報道を見る限り、旅行先の観光地を訪れたついでに、「せっかくだから日本の山にも登ってみようか」と思い立って登山にもチャレンジするケースが多いようである。だから事前に情報収集をほとんどしないし、装備も十分ではない。
そうした人たちにどうやって情報を届け、聞き入れてもらうか。折しも7月1日に山開きを迎えた富士山の吉田ルートでは、登山口で安全指導を行うレンジャーに、今年から軽装登山者などに対して入山拒否をする権限を与えることになった。
新たな規制はまだ始まったばかりで、可否の基準、法的強制力の有無、指示に従わない者への対応などがどうなっているのかは気になるところである。ただ、この規制が今後うまく機能していけば、軽装による遭難事故を防ぐうえでは有効な一手段になりうるかもしれない。

山小屋が多く登山口までのアクセスもいい吉田ルートは人気が高い(ケイセイ / PIXTA)
外国人に向けた情報を発信することは、事故防止対策の根幹を成すものだが、広く浸透するまでにはある程度の長い時間がかかる。だが、富士山吉田ルートのようになんらかの基準を設定して、強い権限を持って登山開始前に登山者をチェックするのは、対症療法的な効果が見込まれる。
“あきれた登山者”は日本人のなかにも少なくない
なお、外国人登山者とその遭難事故の増加によって、「外国人=無謀登山」と決めつける声が一部で上がっている。しかし、無謀な登山者は外国人に限ったことではない。運動靴で冬の富士山に登ろうとする者、登山経験がないのにいきなり雪山に挑む者、必携装備を持たずに入山する者、疲れたからとタクシーを呼ぶかのように救助を要請する者、山頂で酒を飲んで酔っ払って滑落する者など、あきれてしまうような登山者は日本人のなかにも昔から少なからず存在する。
「インバウンド登山者はたしかに増えているので、彼らにリスク情報をどのように発信していくかがこれから課題だ。だが、問題はインバウンドよりも日本人のほう。遭難事故は日本人のほうが圧倒的に多い。それをまずどうにかしないと」
山岳遭難防止に携わる某関係者の言葉である。
登山は自分の足で登り、自分の足で下りてくるのが大前提とされている。登山中にもしなにかアクシデントが発生したときには、まずは自分たちで対処するのが基本だ。救助を要請するのは、「これはとても自分たちの手には負えない」と判断したときで、最初から救助要請ありきという話ではない。
「登山はオウンリスクで行うものである」という認識は、山に登ろうとするすべての人が持つべきものだと思う。
山岳遭難事故防止対策は、それを問い直すことから始める必要があるのではないだろうか。
■羽根田 治(はねだ・おさむ)
1961年、さいたま市出身、那須塩原市在住。フリーライター、長野県山岳遭難防止アドバイザー、日本山岳会会員。山岳遭難や登山技術に関する記事を、山岳雑誌や書籍などで発表する一方、沖縄、自然、人物などをテーマに執筆活動を続ける。近著に『これで死ぬ アウトドアに行く前に知っておきたい危険の事例集』『山のリスクとどう向き合うか』『あなたはもう遭難している』などがある。