一般名称の「TANSAN」を使用禁止に? 「ウィルキンソン」創業者が執着した“商標独占”のてん末
現在、日本でもっとも有名な炭酸水のひとつ「ウィルキソン」は、明治時代に日本在住のイギリス人が生み出したブランドだ。
商品名が「ウィルキンソン」となる前、創業者はごく一般的な言葉である「TANSAN」の商標独占を図り、競合他社がそれを使用することに対する差し止め請求などを繰り返した。
この動きは当然、当時の日本の飲料業界に大きな波紋を広げた。
今ではアサヒ飲料へと受け継がれた「ウィルキンソン」の知られざる歴史とは――。
※ この記事は、作家・友利昴氏の著作『江戸・明治のロゴ図鑑: 登録商標で振り返る企業のマーク』(作品社、2024年)より一部抜粋・構成しています。

実は日本生まれのブランドだった炭酸水「ウィルキンソン」

現在、アサヒ飲料から販売され、日本の炭酸水市場でトップシェアを誇る「ウィルキンソン」。【図1】は、その初期の登録商標である。
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【図1】商品名が「ウィルキンソン」となる前の登録商標。背景に「TANSAN」の文字が透けて見える(『江戸・明治のロゴ図鑑: 登録商標で振り返る企業のマーク』より)

「ウィルキンソン」は、欧米風のネーミングから、海外ブランドだと思われるむきもあるが、実は明治時代に日本に在住した英国人、ジョン・クリフォード・ウィルキンソンの手による日本生まれのブランドだ。兵庫県で炭酸泉を発見したウィルキンソン氏が、その湧き水を使って明治23年(1890年)に発売したのが最初である。
当初は、ロゴマークにある通り「宝塚ミネラルウォーター」という商品名だった。だが「タカラヅカ」という呼称は、当時彼の主要顧客だった、日本駐在の欧米人には覚えにくかった。
そこでウィルキンソンは、明治26年(1893年)に商品名を「TANSAN」に改称している。よく見ると、登録商標の中央背景にすでに「TANSAN」の表示が透けているのだがが、これを商品名と位置付けたのだ。

「TANSAN」の独占を画策し怒りを買う

この「TANSAN」には逸話がある。ウィルキンソン氏は、一般名称の「炭酸」の表音をローマ字にしただけの「TANSAN」の語について、海外でも商標登録を行いその独占を画策し、競合する日本の炭酸水事業者が「TANSAN」を使用することについて差し止め請求などを繰り返したのだ。

例えば、明治30年代前半には、他の日本人が商標登録した「TANSAN」を表示したラベルの商標登録【図2】が無効であると審判請求したり、明治34年(1901年)には、炭酸水をシンガポールに輸出していた日本の商社を同国で訴えている。この他、マニラや香港でも日本産の炭酸水を相手に訴訟を繰り返したという。
このうち、日本では、「TANSANのローマ字は、商品の品質を表したもので、かつ当業者間における普通名称である」と認定され、ウィルキンソンの訴えが退けられたものが多かった。しかし、日本語の「TANSAN」の意味が通じない海外では、ウィルキンソンが勝訴した裁判もあった。
一般名称の「TANSAN」を使用禁止に? 「ウィルキンソン」創業者が執着した“商標独占”のてん末

【図2】ウィルキンソン氏が、自社商標と類似するとして無効化を訴えたが、退けられた。神戸の飲料業者・深海周吉のロゴマーク

こうしたウィルキンソンの行為は、飲料業界で相当の怒りを買ったようだ。当時、訴えられた事業者が中心となり、商標行政を所轄する農商務省や、外務省、県知事などに対し、ウィルキンソンを非難し、対策を求める嘆願書などを送っていた記録が複数残されている。
その結果、ウィルキンソンは、明治37年(1904年)に商品名を再び改称し、「ウヰルキンソン タンサン」とする。同時に「TANSAN」についての独占主張を断念したようだ。

「炭酸」の語源はウィルキンソンの「TANSAN」って本当?

なお、当時のウィルキンソンの権利主張の激しさから、「炭酸」という言葉の方が、彼の商品名「TANSAN」を由来として生まれたという俗説もあるが、誤りである。
炭酸水は、当時「鉱泉水」とも呼ばれていたが、化学物質としての「炭酸(carbonic acid)」の語は江戸時代から用いられており、「炭酸水」の語も遅くとも明治5年(1872年)頃には使われている。
その後ウィルキンソンの事業は堅調な成長を続けるが、昭和58年(1983年)に商標権や工場などの資産をアサヒビールに売却し、会社としての役割を終えた。

今日も、アサヒ飲料の「ウィルキンソン」の正式な商品名は「ウィルキンソン タンサン」であり、ペットボトルのラベルや缶には大きく「TANSAN」と印字されている。これは、明治時代の一時期に、ウィルキンソンが「TANSAN」という言葉の独占に執着していたことの名残なのである。


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