「500円くらいバレないだろう」
と思ったのかもしれない。レジ内から500円を4回抜き去った美容師Aさんが解雇された。

たった2000円であるが、裁判所は「解雇OK」と判断した。(東京地裁 R6.10.15)
お金を扱う部署で働いている方にはぜひ注意してほしい事件を紹介する。(弁護士・林 孝匡)

事件の経緯

Aさんは、オーナーが個人事業主として経営する美容室で働くこととなった美容師である(基本給15万5000円・固定残業代2万5000円)。ここでは、オーナーとAさんのほかにも、2~3名の美容師が勤務していた。
この美容室では、1日の営業の終了後、オーナーが各従業員から売上額についての報告を受け、その額とレジ金額が合っているかを確認していた。金額が合わない場合、オーナー自身が負担する場合もあったが、判決文によると、従業員に対して差額の負担を求めたことも3~4回あったという。
Aさんが働き始めて約7か月後、美容室の売上額とレジ内の金額が合わないことが増えたため、オーナーはレジ付近に防犯カメラを設置。すると、その映像によって、Aさんがレジから計4回、500円硬貨を盗んでいたことが発覚したのである。
(1)7400円のお会計をするときに、客から1万円を受け取り、お釣り2600円を客に渡した際、500円をレジ内から取り出した。
(2)4800円のお会計をするときに、客から5000円を受け取り、お釣り200円を客に渡した際、500円をレジ内から取り出した。
(3)5000円のお会計をするときに、客から1万円を受け取り、お釣り5000円を客に渡した際、500円をレジ内から取り出した。
(4)3500円のお会計をするときに、客から3500円を受け取った際、500円をレジ内から取り出した。
お釣りを渡す際のどさくさに紛れた犯行だ。
(4)については、ただシンプルに500円を盗んでいる。
オーナーは防犯カメラの映像をAさんに突きつけたのであろう。「売上金を不法に取得していた」として、Aさんを解雇した。Aさんが働き始めてから約1年2か月後のことであった。
Aさんは「解雇は無効である」として提訴。オーナーも反訴を提起し、損害賠償260万円の支払いを求めた。

裁判所の判断

裁判所は「解雇OK」と判断した。
Aさんは「顧客からチップとして受け取ったものだ」と主張したが、裁判所は「たしかにそのような機会もあったようだが、上記の4回において500円をレジ内から取り出した行為は、顧客からチップを受け取る機会があることに乗じて、美容室の売上金を不法に領得したものと認めるほかない」と認定した。
おそらくAさんは「こういう小さな行為ならバレない」と思ったのであろう。
オーナーは、Aさんの勤務回数などを考慮して「実際にAさんがレジ内から盗んだ金額はもっと大きい」「Aさんが不法に領得した売上金の額は少なくとも36万4000円に上る」と主張した。
しかし、裁判所は次の理由などから、「Aさんが2000円以上を領得したとは認定できない」とした。
  • Aさんが顧客からチップの趣旨で代金額を上回る額の交付を受ける場合もあった
  • 売上額とレジ金額が合わないことがあったとしても、その原因としては、会計時の過誤もあり得るほか、美容室にはAさん以外の従業員もおり、Aさんの行為によるものかは明らかでない
  • 美容室の売上額とレジ金額との差額を特定することができる帳簿等の資科は存在しない
そこで、「会社から2000円を不正に取得しただけで解雇はOKになるのか?」であるが、裁判所はおおむね以下のとおり判示して「解雇はOK」と結論付けた。
  • 従業員を雇用して営利事業を営む者において、当該事業による売上金をレジから複数回にわたって不法に領得した者を雇用し続けることは不可能
  • Aさんの上記行為は、労働者と使用者の間の信頼関係を破壊するものというほかない
  • Aさんが売上金を不法に領得したことを認めておらず、被害弁償をしていない
また、オーナーは「Aさんの不法行為により、精神的に疲弊し、美容室を閉店せざるを得ない状況にまで追い込まれた」として、Aさんに対して260万円の損害賠償を請求した。

しかし裁判所は「Aさんが2000円を超えて美容室の売上金を不法に領得したと認めることはできない」とした上で、その理由として前述した「売上額とレジ金額が合わないことがあったとしても、その原因としては、会計時の過誤もあり得るほか、美容室にはAさん以外の従業員もおり、Aさんの行為によるものかは明らかでない」ことから、「Aさんの不法行為によって本件美容室を閉店せざるを得なくなったと認めることはできない」として、オーナーの請求を棄却した。

最後に

今回の事件では、2000円の不正で解雇がOKになったが、数十万円をチョロまかしておきながら、裁判所が「この解雇はダメ」と判断した事件もある(札幌高裁 R3.11.17)。
▼事件の概要
  • 社用車で出張していたのに公共交通機関を使ったとして旅費を請求
  • クオカードが宿泊費に含まれている割高プランで宿泊し、クオカード代金をプラスした宿泊費を請求
  • 駐車場料金が宿泊費に含まれているプランで宿泊して、ホテルから宿泊費に駐車場料金をプラスした領収書の発行を受けて旅費を請求
この事件では合計100回ほど不正を行い、会社から54万円を得ていた。会社は当該の社員を解雇したが、裁判所は「解雇ダメ」との判決を下した。
金額の大小のみで解雇の有効性が判断されるわけではないが、Aさんのように非常に小さな金額でも解雇がOKになった事件もあることは事実だ。繰り返しになるが、お金を扱う部署で働いている方は、ぜひ注意してほしい。


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