
被告人は、昨年5月、新宿区のタワーマンションの敷地内において、住人の女性(当時25)の胸や腹部を果物ナイフ2本で複数回刺して殺害したとして、殺人と銃刀法違反の罪に問われた。
初公判は今月4日に行われ、被告人は公訴事実をすべて認めていた。裁判員裁判で審理が進められ、10日の論告では検察側が懲役17年の実刑を求刑し、弁護側は懲役11年が妥当であると述べていた。
犯行に至るいきさつ
裁判では、被告人が公訴事実をすべて認めたことから、被告人に酌量の余地はあるか、被害者であるAさんに事件を引き起こす原因の一端があったのか、が争点となった。検察の冒頭陳述および弁護士の意見陳述等によれば、被告人は事件の6年前(2018年)から、Aさんが行っていた「ライブ配信」を視聴。同時期にAさんが開いたオフ会で初めて直接顔を合わせた。
BBQや遊園地に行ったり、店の片付けを手伝ったり、2人きりでお台場に行ったりするなど、3年間は「友達」のような関係性だったという。その後、2021年に被告人がAさんに交際を申し込むと、返答は「OK」だった。しかし、被告人とAさんの距離は縮まらなかった。
ある日、言い争いから“大げんか”に発展。被告人は「もう関係が終わった」と思ったというが、Aさんから被告人に届いたのは「この前のことは水に流す」「私の夢のために人生を賭けてくれれば結婚する」という連絡だった。
Aさんの夢は、関西コレクションのランウェイを歩くことだった。被告人に対し、車とバイクを売りお金を作り、Aさんの店でシャンパンタワーを頼むよう要求したという。
結婚の約束のために、被告人は愛車であるスポーツカーとバイクを売却。
その後、Aさんと連絡が取れなくなった被告人は、支払ったお金の返却を求めAさんのマンションや店に足を運ぶようになる。Aさんは、こうした被告人による“つきまとい行為”に対して、当時の婚約者であるBさんと共に警察に相談している。
2022年5月20日、被告人は書面での警告を受けた際、警察にこれまでの事情を伝え解決策を求めたという。これに対し警察は弁護士に相談するよう答えたというが、当時すでに借金をしていた被告人には弁護士に相談する資力は残されていなかった。
その5日後、再度Aさんに接触しようとしたとして被告人はストーカー規制法違反で逮捕される。すぐに釈放されたが、1年間の接近禁止命令が出された。それから2年間、2人に接触はなく、Aさんも2023年には年単位の更新である接近禁止命令の更新を断っていた。
しかし事件の1~2か月前、被告人はAさんが以前と同じアカウントでライブ配信を再開していることに気づく。配信の中でAさんは、被告人の実名を挙げ「超きもい。
この言及に腹を立てた被告人は、ナイフを見せて脅せば謝ってお金を返すだろうと考え果物ナイフ2本を車に常備し、直接会える機会を窺っていた。
被告人「人が集まってきてパニックになって刺した」
事件当日、被告人はライブ配信中にAさんが「この後コンビニに行く」と発言しているのを聞き、Aさんの自宅マンション敷地内にあるコンビニに車を走らせ、買い物を終えたAさんに果物ナイフを持って近づき声をかけた。検察側は証拠説明で、裁判官と裁判員らに当時の防犯カメラ映像を見せて説明を行った。映像は傍聴席には伏せられたが、走って逃げるAさんの髪をつかみ転倒させ引きずる被告人や、抵抗しトートバッグを投げるAさんの姿が映っていたようだ。
被告人は、捕まえても悲鳴を上げ続けるAさんが「想定外」だったという。現場は未明でも人通りのある西新宿。被告人質問では被告人本人が「話し合いをするつもりだったが、人が集まってきてパニックになって刺した」と釈明した。
防犯カメラの映像によれば少なくとも15回、被告人はAさんの方向に腕を動かしていたという。1本目の果物ナイフが折れると、2本目のナイフを取り出して刺し続けたといい、Aさんの体には18か所の刺切創(しせつそう)が残っていた。
現場に居合わせた人がスマートフォンで撮影した犯行時の動画の音声を、検察官が読み上げた。
Aさん「ねえほんと、話聞いて、言えてないことがある」
被告人「ふざけんな、うそつくな」
Aさん「ほんとに」
被告人「うそつきだ(不明瞭)、うるせえんだよ」
Aさん「やめて、やめて、やめて」
被告人「死んでくれ」
被告人は現場にいた人に取り押さえられ、現行犯逮捕。Aさんは搬送先の病院で死亡が確認された。
検察側の主張「ホステスと客の疑似恋愛関係にすぎない」
論告で検察側は、果物ナイフを2本持参してAさんを待ち伏せしたことや、Aさんが逃げても追いかけて引きずり、「死んでくれ」と言いながら衆人環視の中、助けを求めるAさんの肋骨が損傷するほど強い力で執拗に刺したことなどを挙げ「強い殺意を有しており、犯行態様が極めて悪質である」と主張。2人の関係については、「あくまでホステスと客の疑似恋愛関係にすぎない」と断言。証人尋問で語られたBさん(元夫)の「結婚はAさんから言い出したものではない」という発言を引いて、その関係にのめり込んだのはあくまで被告人の責任であると述べた。
また、お金を取り返す目的だったという弁護側の主張については、接近禁止命令が出てからの2年間に警察や弁護士への相談を「理由をつけてしなかった」と指摘。
その上で、「お金を取り返す目的がゼロであったとは言えないが、検察官はAさんに会う口実にすぎなかったと考えている。報復の企図を持ち、Aさんに危害を加えようとしていたことは明らかで酌量の余地が乏しい」として、17年の実刑を求刑した。
弁護側「はじめから結婚する気はなかったのではないか」
弁護士の弁論を固い表情で聞く被告人(法廷画:Minami)
一方の弁護側も、弁論で検察の主張に反論。
裁判官と裁判員らも証拠として聞いたAさんと被告人の通話記録から
被告人「結婚ってキーワードを出してきたのはAでしょ」
Aさん「じゃあ撤回した方がいい?」
という箇所を引用し、「撤回」という言葉は通常自分の言った言葉を取り下げる時に使うものであり、Aさんから結婚をほのめかしていたと改めて主張。さらにAさんは、当時Bさんと一緒に暮らし、その後結婚したことから、「はじめから結婚する気はなかったのではないか」と推察した。
また、接近禁止命令が出てからの2年の間に警察や弁護士への相談がなかったという検察の指摘に対しては、次のように真っ向から反論した。
「一度警察に相談した際に(2022年5月20日)刑事事件にならないからと弁護士への相談をすすめられ、被害届も受け取ってもらえなかった。普通の人は警察から無理だと言われれば、刑事事件にはできないと思うはずだ。
さらに被告人は弁護士へも相談し、難しいと言われている。専門家に民事事件も難しい、お金がかかると言われれば、被告人の経済状況ではあきらめざるを得なかった」
その上で、「接近禁止命令が出てから2年間、仕事の収入は借金返済に消え、自分の命より大切にしていたもの(車とバイク)はもうない。
被告人は罪を認めているが、Aさんにも事件を引き起こした原因の一端があるとして「懲役11年が相当」と述べた。
最終陳述で被告人は、裁判官らを向き「事件から1年2か月たちますが、いまだに気持ちの整理がつきません」と伝えた後、しばらく間を置いてから「なので、今は、話すことはありません」とたしかな口調で述べた。公判中、一度も被害者や遺族への謝罪の言葉はなかった。
裁判長「被告人の事情を大きく汲むことはできない」
判決で伊藤ゆう子裁判長は、被告人は前もって準備していた果物ナイフ2本で、Aさんの身体に少なくとも15回刃物を突き刺し、中には刃物の長さを超える傷もあったことから「執拗かつ残虐で極めて危険な犯行」と断罪。さらに、転倒したAさんの体を人通りの少ない場所へ引きずって「死んでくれ」などと言いながら、一本のナイフが折れてももう一本を取り出し犯行を継続したとして「強固な殺意があり、被害者遺族の強い処罰感情は当然」と述べた。
一方で、結婚すると言いながらあいまいな態度を取り、被告人の経済状況を知りながらも借財を進め、結果的に数百万円の債務を負わせた被害者にも落ち度があったことを認めたほか、再開した配信で被告人をおとしめるような発言をしたことも不適切であったとした。
しかし、「接触のなかった2年間に債務についての法的手段を尽くすことなく、被害者から力ずくで金銭を取り返そうとしたことや、実際にナイフを持って襲ったことは強い非難に値する。裁判では反省が見られず、遺族への謝罪の言葉もなかった。被告人の事情を大きく汲むことはできない」と続けた。
「証人として出廷した友人が今後の支えとなることは期待できる」と述べた後、「以上のことから被告人を主文の刑に処するのが相当と判断した」と締めくくった。
裁判長から「(判決の)内容はわかりましたか」と問われた被告人は「はい。わかりました」とうなずいた。