「アイム・ダイイング…」苦痛で床を転げ回る外国人を“異常なし”と判断、死亡例も 「入管施設」で起こっている“医療放置”の実態
この度の参院選では「外国人問題」が争点のひとつになっており、一部の候補者が街頭演説や政見放送で行った発言には「ヘイトスピーチである」との批判も起きている。
外国人労働者は過去最高の230万人となり、インバウンドにより日本を訪れる外国人観光客の数も増えている。
その反動として、排外主義の拡大が懸念される状況だ。
一方、日本の入国在留管理庁(入管)は「外国人の人権を侵害している」として、以前から国際的な批判を浴びてきた。今回はジャーナリスト・記者の平野雄吾氏の著書『ルポ 入管――絶望の外国人収容施設』(2020年、ちくま新書)から、収容施設で起こっている「医療放置」の実態について書かれた内容を抜粋して紹介する。

急性虫垂炎を放置されたクルド人男性

「お腹が痛い……」。2018年6月3日、東京入管。トルコ出身のクルド人男性ディヤル(仮名、30)は急な腹痛に襲われ、職員に医師の診察を申し出た。職員は午後5時ごろ、「様子を見る」と言いディヤルを監視カメラ付きの一人部屋へ移送した。
翌4日未明、ディヤルは「すごく痛いから病院へ連れて行って」と壁を叩き訴えたが、職員が返した言葉は「大丈夫。壁を叩くな」。もうろうとする意識、額に浮き出る脂汗。痛みが増す腹部を抱え、ディヤルは一人部屋でうずくまる。なすすべがなかった。
ディヤルは同午前9時半ごろ、職員に「治ったから元の部屋に戻してほしい」と平静を装い依頼する。
元の4人部屋に戻ると、ほかの収容者たちが異常に気がつき、職員に強く直訴、昼過ぎに都内の病院へ搬送された。急性虫垂炎との診断で緊急手術、腹膜炎も併発していた。激痛を感じてから20時間以上経過後の処置だった。
ディヤルは振り返る。「夜中に壁を叩いたときは、意識がほとんどありませんでした。自分が訴えても病院に行けないなら、ほかの収容者に助けてもらうしかないと思い、『回復した』と噓をついたんです」
結果として、この判断がディヤルの命を守った。入管施設で面会活動を続ける内科医の山村淳平が指摘する。
「初動が遅かったため、炎症が腹膜にまで広がりました。手術がさらに遅れていたら腹膜炎から敗血症になって、死に至る可能性もありました」
入管施設では、収容者が体調不良を訴えた場合、病院へ連れて行くかどうかを事実上、職員が判断する。「容体観察」と称し、監視カメラ付きの部屋へ移送して様子を見るという。東京入管は「容体観察は病状の急変に備えるための予備的措置だ」と説明する。
だが、ディヤルが壁を叩きながら病院への搬送を懇願した状況は、東京入管の内部文書では、「『お腹痛いよ』と収容所内に響き渡るほどの大声を出したため制止した」「事情聴取及び生活指導を実施した」と記載されている。

入管施設では医療へのアクセスが欠如している

「激痛のため大声を出した行為を不良な生活態度とみなす職員の判断は狂気の沙汰としか言いようがありません」
ディヤルの代理人弁護士、大橋毅(たけし)は一連の搬送劇を聞いて憤った。内科医の山村淳平が続ける。
「医療関係者ではない職員に容体観察などできるわけがありません。極めて危険で悪質な行為です」
入管施設には2019年12月時点で常勤の医師はおらず、非常勤医師が対応している。例えば東日本センターでは、医師数は14人。平日に限り1日4時間ほど診療を実施する。緊急時を除き、収容者が通常、医師の診察を希望する場合、職員に申し出て、職員が内容を聞き取った上で申出書に記載する仕組みで運用されている。
東日本センターが2018年2月、認定NPO法人「難民支援協会」との意見交換で明らかにしたところによると、収容者が申出書の提出後、実際に診療を受けるまでに平均14.4日かかり、最長で54日間待機させられるケースもあった。
医師の診察をなかなか受けられないとの収容経験者の証言は相次ぐ。中には、「風邪をひいたので診察を希望したら10日以上待たされて、医師に診てもらうころには回復していた」という笑えない話も多々ある。急を要する場合でも、多くの場合、容体観察が実施され、すぐに救急車が呼ばれることは希(まれ)だと多くの収容者が口にする。
また、医療法は各病院や診療所に医師の名前を掲示するよう義務付けているが、医療法施行令により入管施設では、医師が名前を明かさない点にも大きな特徴がある。
不十分な医療体制に対しては、国連機関からも厳しい目が注がれている。
国連拷問禁止委員会は2007年、日本政府に対し「入管施設における医療へのアクセスの欠如に関し多くの申し立てがある」と懸念を表明した。
2010年には、移住者の人権に関する国連特別報告者のホルヘ・ブスタマンテ氏が「糖尿病の収容者に痛み止めしか与えられず、体調が顕著に悪化したとの報告がある」と強調した上で、「医療水準改善のための緊急措置を取るべきだ」と報告している。
東日本センターが毎年作成する業務概況書は2010~2012年版で「詐病やささいなり病により診療を要求するものが多いなど、医療上の処遇にも難渋している」と記載。医師ではない職員が収容者の愁訴を詐病と判断する根拠は不明だが、第三者が閲覧する報告書にさえ「詐病が多い」と記す姿勢に入管当局の収容者へのまなざしが表れている。
2013年版以降は「詐病」との表現は消えたが、入管施設は現在も、収容者の診療に極めて消極的な姿勢をとり続けている。
法務省入国管理局(当時)は2016年8月、総務課長と警備課長連名で全国の入管施設長宛てに「被収容者の適正な処遇に係わる経費について」との文書を通知した。曰く「外部医療機関の受診を抑制するよう努めること」。
こうした土壌において、度々発生するのが収容者の死亡事案である。

断末魔の「アイム・ダイイング」

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2007年以降、入管施設内で発生した死亡事案(2020年当時/入管庁資料などを基に筆者作成/『ルポ 入管』より転載)

病死、自殺、餓死……。入管施設では2007年以降、15人が死亡している(2020年当時)。東京入管局長、福山宏は2019年5月、立教大学(東京都豊島区)で開かれた移民政策学会の講演で、入管施設の医療問題を巡り、こう言い切った。
「ぼくらの施設で死亡事案が起きたら、ぼくらの責任なんです。明らかに」
だが、福山の発言とは裏腹に、現実には死亡事案が発生しても入管当局は「不適切な対応だったとは言えない」との説明に終始、幹部や担当者を処分したとの発表はない。

そんな中、東日本センターで体調不良を訴えたのに放置されたとして、死亡したカメルーン人男性サミュエル(仮名、43)の遺族が2017年9月、国に1000万円の損害賠償を求めて提訴した。
「アイム・ダイイング(死にそうだ)……」。2014年3月29日午後7時過ぎ、体調不良の収容者を容体観察する東日本センターの休養室。糖尿病の持病があるサミュエルはうめき声を上げベッドから転落、床の上を転げ回り、声を出した。
3月27日に「気分が悪くて立てない」と訴えたことで休養室へ移送、カメラによる監視下に置かれた。2日後の夜、容体は変化した。車いすに乗りうめき声を上げる。やがてずり落ち、床に寝た。
「みず、みず、あー!」。サミュエルが叫ぶ。「死にそうだ。胸が痛い」。
テーブルにつかまり立とうとするが、くずおれた。車いすに乗れず、立つことも座ることもできない。ただ、床を転げ回っていた。
一方、モニター監視に加え、職員は適宜休養室を訪問している。マットレスを搬入し床に寝床をつくった。ベッドに上れないサミュエルを床に寝かせた。血圧も測定した。「がんばれよ」とも声をかけた。しかし、苦しむサミュエルを病院に連れて行くことはなかった。
翌30日午前7時2分、休養室を訪れた職員が心肺停止に気がつき、救急搬送を要請。牛久愛和総合病院(茨城県牛久市)で午前8時7分に死亡が確認された。高カリウム血症による急性不整脈死、急性腎不全、急性不整脈死……。
いくつかの可能性が挙げられているが、決定的な死因は今も判然としていない。

ベッドから転げ落ちても「異常なし」

入管当局は同年9月、サミュエルの死亡に関する調査報告書を公表した。第三者機関による調査ではなく、内部調査である。
報告書は「単に容体観察を続けたのみであったことも対応として最良であったとは言えない。容体観察時における医師への相談体制を築き上げる必要が生じている」と指摘する一方、「職員らが医学的な専門知識を有するわけではないため、本事案が救急要請するほどの状態と認識しなかったのもやむを得ない」と強調した。
サミュエルの代理人となった弁護士の児玉晃一らは訴訟に当たり、証拠保全手続きで、容体観察の様子を撮影した監視カメラ映像を確認した。2019年5月24日に水戸地裁で開かれた口頭弁論で一部を上映。
映像には、サミュエルが2014年3月29日夜から30日早朝にかけてベッドから床に転落し、「アイム・ダイイング(死にそうだ)」と声を上げる様子が収められている。
また容体観察に当たり、センターが動静日誌と題された文書を作成していたことも判明した。時間、異常の有無、確認状況などの項目で監視カメラ映像を見ながら、担当者が状況を記す報告書である。こんな具合に記載されている。
「20時41分、異常なし、床を横になりながら転がっている」
「21時30分、異常なし、床を横になり動き回っている」
「0時35分、異常なし、床をズボン1枚で転げ回っている」
「1時26分、異常なし、床にハーフパンツ1枚で横向きになっている」
体調不良を訴えている収容者がベッドから転げ落ちた後、床で「転がっている」あるいは「転げ回っている」と表現される状態が「異常なし」と判断されている。
東日本センターはサミュエルが救急搬送される前の12時間、3月29日午後7時から30日午前7時までのあいだに22回、容体観察の経過を動静日誌に記録した。「異常あり」とされたのはベッドから床に落下したときの1回のみで、「19時14分、異常あり、ベッドから落ちる、看責副看(看守責任者と副看守責任者とみられる)対応」としている。
監視カメラ映像や動静日誌からはサミュエルが死に至る12時間の間、もがき苦しんだ様子が伝わってくる。児玉晃一は指摘する。「座ることさえできない状態で死にそうだと何度も叫んでいるのに、職員は医師に知らせずに放置しています。何のための容体観察なのでしょうか。職員の意識の低さも問題ですし、ひょっとしたら詐病と疑っていたのかもしれません」

「入管職員は収容者を同じ人間と見ていない」

被告となった国は訴訟で「措置は適切であり、注意義務違反があったとは言えない」と言い続ける。容体観察を巡り、「自力で立つのは困難だったと思われるが、突然の激痛や息苦しさなどの症状を訴えているとは認められず、救急搬送が必要な状態だったとは言えない」と主張した。
「立ち上がろうとするも立ち上がれなかったが、手足や身体を頻繁に動かして床の上を移動し、車いすを手元に引き寄せて立ち上がろうとするなど手足が動かない状態ではなかった」
東日本センターでは2017年3月にも、ベトナム人男性(47)がくも膜下出血で死亡した。3月18日に頭痛を訴えて以降、休養室での容体観察と居室での静養を繰り返した末、25日未明に死亡が確認されている。
18日に頭痛を訴えた際、男性の意識はもうろうとし、枕カバーには血のような染みがあった上、休養室への移動後、失禁もあったという。
それでも、病院へは搬送されず、容体観察となった。入管当局は同11月、内部調査の結果を公表、「職員において、くも膜下出血など死に至る可能性のある疾病に罹患(りかん)していることを認識することは困難」と言及し、対応に問題はなかったとして幕引きを図った。
「頭痛薬を服用してしばらくすると、痛みが収まっていたことなどから、容体観察を行い、その結果を踏まえて医師による診察を受けさせる必要性を判断するとしたことが誤った判断だったとは言いがたい」。サミュエルと同じ失敗が繰り返されている。内科医の山村淳平は指摘する。
「医療の素人は目の前に様子のおかしい人がいれば、救急車を呼びます。入管職員がそうしないのは収容者を同じ人間と見ていないことの表れです」

病院には「手錠」と「腰縄」で連行

「アイム・ダイイング…」苦痛で床を転げ回る外国人を“異常なし”と判断、死亡例も 「入管施設」で起こっている“医療放置”の実態

手錠、腰縄姿で病院を歩かされるアブダラ(2018年10月東京都港区/『ルポ 入管』より転載)

入管施設の医療を巡り、容体観察の是非に加え、人権上の懸念が広がっているのが病院連行時の手錠、腰縄問題である。入管当局は「外部医療機関への連行時においては一般的に逃走、自傷他害等防止のため手錠及び捕縄を使用するが、周囲から見えないよう配慮している」と説明する。
しかし、多くの収容経験者が「病院の待合室を手錠、腰縄を付けたまま歩かされた」「まるで犬のような扱いを受けた」とその屈辱を口にする。「治療を受けたいが、手錠や腰縄をされるのが嫌だから我慢したことがある」と話す外国人さえいる。
2018年10月、実際に収容者が手錠、腰縄をされたまま病院の待合室を歩かされる様子を撮影した写真がインターネットに出回った。入管当局の説明とは違い、職員が十分な配慮をしていないことが明らかになったのである。
東京高輪病院(東京都港区)の正面玄関から広がる待ち合いロビー。バングラデシュ人マルフ・アブダラ(36)は制服姿の東京入管職員に前後を挟まれる形で歩かされた。手錠はむき出しではなく、カバーが付いていたが、腰縄の存在は写真でも確認できる。
職員の一人がアブダラの腰に巻かれた青いロープを手にしっかりと握る一方、少し距離を空け歩いており、ロープが宙でたるんでいる様子がしっかりと映っていた。
写真はたまたま居合わせた人物が撮影した。外国人の支援活動を続ける織田朝日がネットに公表し人権侵害だと批判、写真は拡散し議論が広がった。
「腰や膝が痛むため診察を希望しましたが、急を要していたわけではありません。手錠や腰縄を付けて人前にさらされるのは屈辱でした」。バングラデシュで反政府活動に参加し身の危険を感じたため出国、日本に逃れたアブダラ。「難民申請しただけなのに、なぜ犯罪者のような扱いを受けるのでしょうか」
拘禁者の護送を巡っては、判例が一つある。刑事被告人として大阪拘置所に拘束されていた日本人男性が眼科受診の際、手錠や腰縄のまま待合室を歩かされたとして、国に損害賠償を求めて提訴、大阪地裁は1995年、「人格権に対する違法な加害行為」と認定し、10万円の損害賠償を命じた。最高裁で確定している。
判決はこうも指摘する。「手錠、腰縄姿を公衆の面前にさらすことは被告人の自尊心を著しく傷つけ、耐えがたい屈辱感と精神的苦痛を与える」。
看守は制服、制帽姿を避け、セーターやジャンパーなど私服を着用していたが、判決は「二人が原告を挟むようにして歩き、後ろの一人が片手を原告の腰背部に密着させて連れだって歩く様はいかにも異様であり、原告が手錠、腰縄付きで護送されていることは誰の目にも一見してわかる状況だった」
一方、アブダラのケースでは、入管職員は私服に着替えることはなく、「Ministry of Justice(法務省)」と背中に大書された制服姿のままだった。東京入管は筆者の取材に「この写真は一場面だけを切り取ったため、常に公衆に曝(さら)している印象になった」と説明している。
刑務所や拘置所を所管する法務省矯正局の担当者は「受刑者らを病院に連れて行く際、職員は私服に着替える上、裏口から入るなど人目に付かない配慮をしている」と語る。中央大学法科大学院教授、北村泰三(国際人権法)は「入管収容は司法の刑罰手続きではなく、行政処分です。推定無罪を受ける刑事被告人と同様か、それ以上に人権を守る必要があります」と指摘する。
法務省入国管理局(当時)は1964年に出版した『出入国管理とその実態』で、外国人の人権尊重を基本精神とするとして、次のように記している。
「退去強制の手続きは行政処分であって、収容・護送等の過程においても犯罪者扱いは許されない」
東京入管は2020年7月、筆者の取材に対し、現在は病院連行時に腰縄は使用していないと明らかにした。
■平野雄吾
1981年東京都生まれ。一橋大学大学院経済学研究科修了。共同通信外信部記者。前橋、神戸、福島、仙台の各支社局、カイロ支局、特別報道室、外信部を経て、2020年8月から24年7月までエルサレム支局長。
「入管収容施設の実態を明らかにする一連の報道」で2019年平和・協同ジャーナリスト基金賞奨励賞を受賞。初の単著『ルポ入管』(ちくま新書、2020)で城山三郎賞など受賞多数。他の著書に『労働再審2』(共著、大月書店、2010年)、『東日本大震災復興への道』(共著、クリエイツかもがわ、2011年)などがある。


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