各種メディアの報道によると、今年は各地でウナギが豊漁だといい、スーパーやコンビニ、飲食店では毎年恒例のウナギ商戦がさらに盛んになりそうだ。
このように、多くの日本人が「土用の丑の日」にウナギを食べる習慣に親しんでいる。
しかし、ニホンウナギは2014年に、国際自然保護連合(IUCN)によって、絶滅危惧IB類(EN)に指定されている。果たして、これを食べることに法的な問題はないのだろうか。
絶滅危惧種を食べても問題ないのか?
結論から言えば、現在のところニホンウナギを食べることに、法的な問題はない。日本の「絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律」(種の保存法)で「国内希少野生動植物種及び緊急指定種」の生きている個体は、「捕獲、採取、殺傷又は損傷」が禁止されている(9条1項)。
しかし、ニホンウナギは「国内希少野生動植物種及び緊急指定種」に指定されていないため、法的な規制対象にはなっていない。
また、IUCNのレッドリストに指定されただけでは、採取や食することが法的に禁止されることはない。
では、なんのために「絶滅危惧種」に指定されているのだろうか。
中央大学法学部教授で、ウナギの保全、資源管理に詳しい海部健三氏は、絶滅危惧種の仕組みについて「前提として、絶滅危惧種イコール希少種という捉え方は誤解だ」と指摘しつつ、次のように述べた。
「IUCNの基準では、個体数が多かったとしても、その数の急激な減少を理由に、絶滅危惧種に区分されるケースがあり、ニホンウナギもこれに該当します。
ニホンウナギはたしかに絶滅危惧種ですが、個体数が多いので、食べてはならないわけではありません。
また、個体数が減少したとしても、その勢いが安定期に入ると絶滅危惧種ではなくなります。
よって、われわれ日本人にとってそれが『幸せかどうか』は別の話になりますが、ウナギの資源量が回復しなくとも、将来的に絶滅危惧種ではなくなる可能性はあるでしょう。
ですが、個体数の急激な減少は、アラート(危険信号)だと考えるべきであり、そうした点で、IUCNの基準は合理的だと考えています」(海部教授)
7年連続「低水準かつ減少基調」も一転?「十分な資源量が確保されている」
ニホンウナギの漁獲量は確実に減少している。日本全体の黄ウナギ(天然成魚)の漁獲量は、2000年代前半は600トンを超えていたが、2005年には500トン未満となり、2023年には60トンを下回っているのが現状だ。水産庁が毎年発表する「国際漁業資源の現状」でも、シラスウナギの採捕量について「現在の我が国への来遊状況は長期的には低水準かつ減少基調にある」といった記述が2019年以降続いており、今年3月に発表された2024年度版でも同様の記述が見られた。
しかし、小泉進次郎農水相は2025年6月27日の会見で「ニホンウナギについては、国内および日中韓台湾の4か国・地域で、保存管理を徹底しており、十分な資源量が確保されていることから国際取引による絶滅のおそれはありません」と発言。
同様に、水産庁がマスコミに向けて配布した資料でも「ニホンウナギは十分な資源量が確保され、国際取引による絶滅のおそれはない」と記載されている。
「明らかな予防原則の後退」
なぜ、IUCNなどの基準で絶滅危惧種に指定されているニホンウナギを「十分な資源量が確保できている」「絶滅のおそれはない」と水産庁は説明しているのだろうか。海部教授は以下のように指摘する。
「IUCNではある種を評価するときに、AからEまでの基準が用いられ、たとえば『ある基準で評価したら絶滅危惧種、別の基準で評価したら絶滅危惧種にはならない』場合、もっとも厳しい評価を採用することになっています。
IUCNレッドリストの評価では、ニホンウナギはA基準によって絶滅危惧種とされています。これに対し、水産庁の説明はE基準を採用したものです。E基準で絶滅危惧種に該当しないとしても、A基準で該当する場合、絶滅危惧種です。また、E基準は定量的に絶滅確率を推測するもので、不確実性が高く、結果として甘い評価になるリスクがあります。
つまり、E基準を用いて『絶滅のおそれがない』とするのは、明らかな予防原則(※)の後退であり、IUCNレッドリスト評価のルールを無視した主張です」
※ 予防原則:人の健康や環境などに重大かつ不可逆な影響を及ぼす可能性がある物事については、因果関係が十分証明されていない状況でも、規制措置を可能にする制度や考え方のこと
英文版から「減少基調」の記述なくなる
そして、この「異なる評価」が生じた理由として、ある“疑念”が浮かび上がる。2024年末以降、EUはウナギ属全種のワシントン条約(CITES)附属書IIへの追加を提案。2025年11月からウズベキスタンで開催される締約国会議で議論される予定だ。
もし、この提案が採択された場合、ウナギの輸入や、養殖のための稚魚の供給には大きな影響を及ぼす可能性が考えられる。
附属書IIへの追加には全会一致での合意、もしくは出席国の3分の2以上の賛成が必要で、小泉農水相は先述した会見で「採択を回避すべく関係省庁や日本と同じ立場の国々と連携し、あらゆる機会を通じて支持が広がるように対応する」と表明。
一方、海部教授は次のように述べた。
「もし仮に、EU提案を受けて、日本政府がウナギ資源に関する評価・立場を変えたのであれば、エビデンスや科学を無視したという印象を持たれかねませんし、外交上の信用を失うのではないでしょうか」
海部教授がこのように指摘したのは“評価が3か月で変わった”ことだけが理由ではない。
2024年度の「国際漁業資源の現況」の英文版から「減少基調」の記述がなくなっていたからだ。
海部教授は「和文では『シラスウナギ採捕量の推定は変動があるものの、2009年以降は平均して10トン程度にとどまっており、現在の我が国への来遊状況は長期的には低水準かつ減少基調にあると考えられる』と記載されているが、英文版には該当する文章が見当たらない」と話した。
この情報提供をもとに、弁護士JPニュース編集部でも2024年度の「国際漁業資源の現況」の英文版を7月9日に確認したところ、たしかに上記のような記述は見当たらなかった。
和文との差は「事務的な手違い」…水産庁、EU提案の影響否定
では、当の水産庁はどのように考えているのだろうか。水産庁増殖推進部漁場資源課の担当者は弁護士JPニュース編集部の取材に対し、以下のように回答した。まず、「現在の我が国への来遊状況は長期的には低水準かつ減少基調にある」とした「国際漁業資源の現状」の記述と、「絶滅のおそれがないほどに十分な資源量がある」との大臣発言については「両者は矛盾せず、見解が変わったとは考えておりません」と答えた。
「日本におけるシラスウナギ採捕量が長期的には減少しているとしても、採捕量は漁獲努力量の影響を受けるとともに、池入れ上限を定め、採捕量を実質的に制限している状況です。
このような実態や、①1990年以降に親魚資源が2倍に回復しているという科学的知見があること、②絶滅リスクは極めて低いと評価されていることなどから『十分な資源量があり、国際取引による絶滅のおそれはない』と考えています。
なお、漁業対象として資源量が低水準であることと、絶滅のおそれのあるレベルへの個体数の減少は、必ずしも同一ではないと考えています」
続いて、和文と英文の差については「和文が原文であり、事務的な手違いだと考えられ、原文である和文に合わせて訂正します」と回答した。
また、EU提案による影響でこれまで述べてきたような“評価の変更”や“和文と英文の差”が生じたのではないか、という質問に関しては明確に否定。
今後については、小泉農水相の発言と同様「採択を回避すべく、関係省庁や関係国と連携して我が国の考えに対する支持が広がるよう対応していきます」と述べた。
水産庁が正誤表発表も…専門家は疑問呈す
その後、7月9日に水産庁は、2024年度の「国際漁業資源の現況」について正誤表を発表。先述した水産庁の回答と、正誤表の発表を受け、海部教授は次のように指摘した。「『シラスウナギ採捕量が長期的には減少している』との水産庁の主張について『国際漁業資源の現況』には『我が国への来遊状況は長期的には低水準かつ減少基調にある』と記載されています。
『来遊量』とは沿岸に到達するシラスウナギの個体数、または重量のことであり、漁獲された『採捕量』とは明確に異なります。
7月9日に公開された正誤表でも『来遊量』は『population』と訳されていますが、水産学ではpupolationとは個体数や個体群の大きさを意味する単語であり、この単語が『採捕量』を意味することは考えられません。
このため、『国際漁業資源の現況』に記載されている『来遊量』を『採捕量』であるとする水産庁の説明は、完全に間違っています」(海部教授)
「偶然では起こり得ないような低い確率」
また水産庁が当初発表した「国際漁業資源の現況」には、「低水準かつ減少基調」を含む部分だけでなく、「他方、IUCNの絶滅リスク評価基準Eを用いた再評価結果では、本種は危機(EN)や深刻な危機(CR)ではないことが示されている(箱山 投稿準備中)。」との部分も英訳されていなかった。弁護士JPニュース編集部では水産庁に対し、この点に関しても取材。「低水準かつ減少基調」の部分と同様に、同庁は「事務的な手違い」としており、正誤表でもこの部分が修正されていた。
「IUCNのルールでは、A基準では絶滅危惧種、E基準では絶滅危惧種に該当しないと評価された場合、最終的には絶滅危惧種となります。
ニホンウナギはA基準で絶滅危惧種に該当すると評価されているため、『E基準では絶滅危惧種ではない』という情報は、ニホンウナギのカテゴリーに影響を与えません。つまり、絶滅危惧種に該当しないと主張する水産庁にとって、その主張がE基準に基づいているという事実は、不利な情報なのです。
水産庁が報道関係者に配布した資料、そして大臣が会見で語った内容、共に主張は『資源は十分(増えている)』『絶滅危惧種に該当しない』です。この主要な主張にとって不利な情報である2つの文が英語版では訳されていなかったという現象は、確率的に考えるとものすごく低い確率でしか生じません。
検索すると、当該の「国際水産資源の現状」原本(和文)には128個の「。」がありますので、128の文で構成されていると考えます」(海部教授)
128の文からランダムに2つの文を選ぶ組み合わせは8128通り。そこから特定の2つの文が翻訳されない確率は0.012%となる。
「自然科学では一般的に、5%未満の確率で生じる事象について『有意である』と考えます。これは、偶然では起こりにくい、まれな確率でこの現象が起きた、という意味です。
偶然生じたとは考えにくいとすれば、この2つの文が英訳されなかった理由には、何らかの明確な意図があったと推測するのが、合理的な考え方ではないでしょうか」(同前)