公示日の7月3日、参政党から神奈川選挙区に立候補した初鹿野(はじかの)裕樹氏が街頭演説で「外国人ばかりが生活保護を受給している」という旨の発言を行う。4日には、兵庫選挙区に立候補したNHK党の立花孝志党首が、同じく街頭演説で「黒人とか、イスラム系の人たちが集団で駅前にいると怖い」などと発言した。
また日本改革党から埼玉選挙区に立候補した津村大作氏は、政見放送のなかで「知能指数の低いクズ中のクズです。このようなクズには生きる権利はどこにもない」と発言。
選挙運動に伴う差別的な発言を多くの人が問題視する一方で、政治活動に伴う表現の自由は、民主主義の根幹として強く保護されていると考えられる。法律的には、どのような対処が可能なのだろうか。
「外国人ばかり生活保護を受給」「クズ」はヘイトに該当
そもそも、上記の発言は「ヘイトスピーチ」に該当するのか。表現の自由や公職選挙法に詳しい杉山大介弁護士は、まず初鹿野氏の発言について「一切正当化の余地なく、ヘイトスピーチに当たります」と語る。
国際的な「人種差別」の定義とは、「1:国籍や人種などの属性を理由に」「2:区別、排除、制限または優先をする目的や効果があること」だという(人種差別撤廃条約)。
「まず、『外国人ばかりが生活保護を受給している』とは、完全に事実無根のデマです。そして、外国人であることを理由に、デマでもって攻撃を行うのは、ヘイトスピーチに当たるのです」(杉山弁護士)
同様に、外国人を「クズ」呼ばわりする津村氏の発言もヘイトスピーチに該当する。
立花党首の発言についても、「黒人やイスラム系の人は危害を加えてくるかもしれない」という根拠のない懸念が前提にあるため、やはりヘイトスピーチに当たる。
ただし、「怖い」という感情自体は、「自分と異質なものに対して漠然と不安感を抱く」という、生物としての本能に根差すものだ。
しかし、「ただ『怖い』と感じることと、それを声を大にして述べて他人にも共有して影響を与えようとすることには、大きな違いがあるという認識が必要です」と杉山弁護士は釘を刺す。
表現・政治活動の自由との兼ね合いは?
では、これらのヘイトスピーチが「表現の自由」や「政治活動の自由」などに基づく保護の範囲外とされて、法律によって規制したり罰則を科したりすることが許容される可能性はあるのだろうか。杉山弁護士は「許容される場合はある」としつつも、人種差別撤廃条約のように「差別」を広く定義した場合、それに基づいて規制や罰則を運用することには困難が伴う可能性があると指摘する。
「たとえば、外国の政府や政治体制を批判することと、国籍や人種に基づき個人や生きている人々を攻撃することは、論理的には区別されるものです。後者はヘイトスピーチに該当しますが、前者は該当しません。
これらについて、個別事例ごとに判断を要するとなると、生じる萎縮効果がやや大き過ぎるように思えます」(杉山弁護士)
「デマ」を規制すべき理由
この問題をふまえたうえで杉山弁護士が提案するのは、「ヘイト」かどうかであるかに関わらず、「デマ」に基づく発言への規制を強めることだ。「『言論の価値とは何か』という問題はさまざまに議論されていますが、『事実に基づかない言論には価値がない』という点に争いはありません。
今回の参院選や先の兵庫県知事選挙では、横行するデマが、投票までにカバーが追い付かないレベルで民主主義をゆがめています。そのため、デマを規制する法律を作る理由が存在すると考えられます」(杉山弁護士)
なお、現在でも「虚偽事項公表罪」(※)により、限定的な範囲ではあるが選挙時のデマを規制する法律は存在する。先述の初鹿野氏は、共産党との関係で、この罪で告訴された。しかし、この法律に違反する行為が多々起こっているにも拘らず、十分に取り締まりがなされていないのが現状だという。
※虚偽事項公表罪:当選させない目的で、公職の候補者に関する虚偽の事実を公表したり、事実をゆがめて公表した者を取り締まる法律。刑罰は4年以下の拘禁、または100万円以下の罰金(公職選挙法235条2項)、さらに選挙権および被選挙権が停止される(同252条1項・2項)。
「法律を作るだけでなく、実際に執行することも伴わないと、今の民主主義に対するテロのような行為は防げません」(杉山弁護士)
小池都知事も危機感を表明
12日、公明党の斉藤鉄夫代表(党首)は外国人関連の政策をまとめた参院選の追加公約を発表。新たに「司令塔」機能を作って在留管理を強化し、「秩序ある共生社会」の実現に取り組むと明記した。「参政党の躍進を見て、競うように外国人への厳しさを表明する政党が出たのは、情けない限りだと思います。一般的に『穏健』とされる公明党までもが参加してしまったのには、衝撃を受けました」(杉山弁護士)
7日には、川崎市(神奈川県)が「人権・男女共同参画室」のXアカウントで、選挙中のヘイトに対し警告する内容を投稿。8日にはNGO団体らが、選挙中のヘイトスピーチ・デマに警鐘を鳴らす共同記者会見を開催した。
選挙運動、政治活動の自由は、民主主義の根幹をなすものですが、川崎市内の道路や公園等の公共の場所で、拡声機等を使用し、特定の国の出身者をその居住する地域から退去させることを扇動する等の不当な差別的言動を行うことは、条例により禁止されています。さらに、小池百合子・東京都知事も11日の定例記者会見で「ヘイトスピーチなどの問題や、競い合って排他主義につながることは非常に危険だ」との認識を示している。
川崎市人権・男女共同参画室 (@kawasaki_jinken) July 7, 2025
「小池都知事は、関東大震災での朝鮮人犠牲者追悼を行わないなど、『保守』とされる層への配慮も欠かさない傾向があります。それでも危険と表明するくらいに、底が抜けている現状なのでしょう。
行政を担うなら許容できないレベルの、外国人に対するパニックやヒステリー的な言説になびいた政治家は、今後まともに行政を担うことなど不可能になると自覚すべきです。有権者は、そんな目先の人気取りで動いてしまう政治家は『行政担当能力なし』と見切った方が良いと思いますね」(杉山弁護士)