今回の参院選では参政党が注目されている。そして、同党が「参政党フェス2025―飛躍―」で発表した「憲法草案」も話題になっている。

しかし憲法学者の木村草太教授(東京都立大学)が雑誌の取材で「規範の表現というよりも、自分たちの使いたい言葉を切り張りしただけという印象を受ける。まるで怪文書のようなものです」と語るなど、法律の専門家の間では参政党の憲法草案への視線は厳しい。
いったい、何が問題なのか。憲法にも詳しい堀新弁護士が解説する。(本文:堀新)

「創憲」を打ち出した参政党

2025年5月17日、参政党は独自の「新日本国憲法(構想案)」を公表しました。
それに先立ち5月3日の憲法記念日に発表された談話の中で、同党の神谷宗幣代表は「この憲法案は、日本人の理念や価値観を反映し、日本が自立するために必要なものとなるよう、真摯(しんし)に議論を重ねてまいりました」と述べ、500人以上のメンバーが2年間の年月を費やして衆知を集めて検討した新憲法案であることを明らかにしています。
この談話によれば、憲法改正ではなくまったく新たに憲法を作るという意味で「創憲」という言葉を使い、「創憲フェス」という企画を推進して、全国でアイデアを募り取りまとめる作業を行ってきたということでした。
そのうえで神谷代表は「憲法をつくるには、どんな国をつくりたいのか、国家観や哲学が必要です。今回の取組は、一般の国民が憲法づくりを通じて、どんな国を目指したいのか、国の未来を自分たちで考え、議論する大切な機会となりました」とも語っています。
すなわちこの新憲法案は、1か月や2か月で書きなぐった作りかけのものというわけではなく、それなりに十分練り上げて「自分たちとして考えた、あるべき姿」ということになります。
それでは、この新憲法案にはどのような特徴があるのでしょうか。

一般的に、憲法にはどんな要素が必要なの?

まず、前提として、参政党の案に限らず、また日本国憲法にも限らず、各国におおむね共通する現代国家の憲法というものにはどのような要素が必要なのか、一般的な考え方を紹介します。
一般的に憲法の根底には、近代立憲主義という原理があります。国家権力を憲法によって適切に制御し、人々の権利・自由を保障しようとするもので、憲法に人権保障や権力分立を定めることがそのあらわれと言えるでしょう。

すなわち人々の権利や自由が不当に侵害されないように人権を守るための規定を設けて国家権力の行使に制限を加え、さらに特定の国家機関に力が集中しすぎて暴走しないように権力を持つ機関がお互いに牽制し合うような構造を作るのです。
この意味で憲法の目的は、国民に道徳や人生訓を与えることなどではないし、神話や宗教のような教えを国民に伝えることでもありません。国家の機構を定めて権力を与えるとともに、その濫用や暴走から人々の権利や自由を守るために権力を制限することこそが目的なのです。
国家権力による侵害から自由や権利を守るという観点がなければ、近代立憲主義に基づいたまともな憲法ということはできないのです。
この近代立憲主義の理念をふまえると、憲法というのが国家の基本法であることは言うまでもなく明らかですが、現代国家の憲法には、「統治機構」と「人権規定」の二つの要素が必要とされます。
統治機構とは、国家の基本的な仕組みや権限を規定するものです。
一方、人権規定とは、国民の権利(人権、または基本権)を定め、それについては国家権力もむやみに侵害できないように保障をするものです。
例えば日本国憲法の場合、14条の平等原則(差別禁止)、29条の財産権、36条の拷問の禁止、39条の遡及(そきゅう)処罰の禁止、21条の表現の自由、20条の信教の自由、18条の奴隷の禁止などの規定があります。
要は先ほど説明したように、国家の基本的な仕組みと国民の権利の保障を定めるのが現代国家の憲法の役割なので、国民の生き方とか人生観には立ち入るものではありません。

天皇に「拒否権」が与えられる

それでは、いよいよ参政党の新憲法案の具体的な内容を見てみましょう。
なお、参政党の新憲法案の条文数は33条しかありません。これは日本国憲法の103条、大日本帝国憲法の76条と比べると少なさが際立っています。
2年間もかけて作った新憲法案だということですから、時間がなくて途中段階で公表したわけではなく、これが参政党の考える国の理想の形ということなのでしょう。

条文ごとに細かく検討していくと多くの議論が出てきますが、文字数が限られているので特に注意したい部分に絞って、以下に紹介していきます。
今日のフェスでは参政党が党員の皆さんと2年間を費やしてつくった憲法案を発表しました。https://t.co/vrGmV5j03g

まずは前文だけでも読んでください。

6月16日には解説本も出版します。https://t.co/wDw4BhGgl4

参政党は真面目にコツコツ活動を積み上げていきます。 pic.twitter.com/3gKtQ5Qm8B
神谷宗幣【参政党】 (@jinkamiya) May 17, 2025
神谷代表「今日のフェスでは参政党が党員の皆さんと2年間を費やしてつくった憲法案を発表しました」
統治機構(国家の機構)については、まず、天皇に明確に国政上の権能を与えている点が特徴です(3条)。
天皇は、内閣の任命、憲法や法律の公布、国会の召集、選挙の公示など様々な国政上の行為について、内閣の奏請(お伺い)に対して許可(裁可)を与えるかどうか判断するのですが、一度ずつだけは拒否権を持っています。
つまり内閣がある案を提出した場合に拒否はできるものの、同じ案をもう一度内閣が提出してきたら、その時は天皇は裁可することになります。ちなみにこの規定によれば、参政党が総選挙で第一党になり、参政党の新たな内閣総理大臣が国会で指名されたとしても、一度は天皇は任命を拒否できることになります。
日本国憲法では天皇には任命や公布などの行為についての拒否の余地はなく、このような権限を新たに作ること自体が民主政の原則からいっておかしい話になりますが、問題はそれだけではありません。
天皇が実際にこの拒否権を行使して国政に悪影響が出れば、天皇に対する激しい世論の非難が殺到することは避けられず、逆に行使しなければ、政治に不満が高まった時に「なぜ拒否権を行使してくれないのだ」「天皇が拒否権を行使すれば何とかなるのでは」という声が出てくるなどして、天皇・皇室自体が政争や権力闘争に巻き込まれていき危うくなっていくと思われます。
また、戦争放棄や戦力不保持の規定がなくなり、「自衛軍」を明確に位置づけているのも特徴です。

貴族制度や奴隷制度を作ることも理論上は可能!?

人権規定について参政党の新憲法案を確認すると、日本国憲法に存在する数多くの人権規定のほとんどがなくなっていることがわかります。
それらしきものは(権利ではなく権理という言い方をしていますが)「主体的に生きる自由」(8条1項)、「生存権」(8条2項)、「教育を受ける権理」(9条1項)、「参政権」(13条)などのわずかなものだけになっています。日本国憲法14条の「平等原則」もなくなりました。
このうち「主体的に生きる自由」というのは、注釈によると「包括的な自由権」とのことで、日本国憲法の13条に似た機能を考えているのかも知れませんが、これだけで表現の自由、通信の秘密、居住移転の自由など、様々の重要な自由権を導けるのかは定かではありません。
また参政権については、帰化した日本国民についてはその孫の世代まで公務就任を認めないこととしています(19条4項)。これは血筋とか出自による差別というほかありませんが、差別を禁止する平等原則そのものがないのですから、理屈としては矛盾はないのでしょう(この問題については後でまた触れることにします)。
平等原則も奴隷禁止条項もなくなったからには、その気になれば貴族制度や奴隷制度を作ることも理論上は可能です。
さらに問題なのは、刑事手続に関する項目が完全に消滅していることです。日本国憲法では、法律の定める手続によらない処罰、拷問、事後法による訴求処罰や二重処罰などを禁止する項目があったのですがそれも削除されたので、理屈の上ではこれらの行為もやろうと思えば可能になってしまっています。

「帰化人」は「日本人」ではない?

日本国民の要件として、父母いずれかが日本人で日本語を母国語とし日本を大切にする心があることを基準としています(5条1項)。この書き方からいって、明らかに帰化以外の場合を規定している条文です。
この新憲法案には帰化の手続そのものを定めた箇所はありませんが、帰化する人が存在することを前提にした条文はあるので、おそらく例外的な別枠として帰化の条件は別途法律で定めるということなのでしょう。
「日本語を母国語とすること」が日本国民の要件だといっても、ここでいう「母国語」の定義がよくわかりません。「自分の国の言語」という意味なら、日本国民であれば自動的に日本語が自分の国の言語ということになるので、これは同義反復であり意味がありません。

一方、母国語=「自分にとっての第一言語(母語)」という意味だとすれば、日本語以外が第一言語となっている帰国子女のような人は日本国民でないことになってしまいます。
さらに「日本を大切にする心」という内心の曖昧な感情的なものを要件にしているので、日本を大切にしない(と判断された)人は日本国民である要件が欠けたことになりますから、国籍を剥奪(はくだつ)することも理論上は可能ということになります。
注釈を見ると「我が国に対する害意がないことをもって足りると解すべきである」とありますが、そもそも害意とは何なのか、その害意の有無をどうやって判断するのかよくわかりません。
ちなみに、日本国憲法には存在していた自白の強要の禁止(38条)や思想および良心の自由(19条)も参政党の新憲法案ではなくなっているので、例えば拷問や自白剤で「日本に対する害意があるかどうか」をいちいち確認することも憲法上は可能ではあります。
帰化した日本国民については、先ほど述べたように孫の世代まで公務に就くことが認められず、曾孫の世代で初めて公務就任が可能となります。つまり公務員や議員にはなれないということです。
このような制限を設けた理由については「外国人の帰化による政治介入を防ぐ趣旨である」と注釈で説明されています。
これが血筋や出自による差別であることは既に述べたとおりですが、それ以上に問題なのは注釈の表現です。これでは帰化した日本人は皆まるで外国からの政治介入の手先であるかのような扱いです。
この種の問題は、血筋や出自に関係なく、秘密保護などの法制によって対応すれば済む話のはずですが、参政党の新憲法案では、個々の事情の判断もなく一律でいわば頭ごなしに、帰化した人だけ孫の代まで差別されるようになっています。
参政党は「日本人ファースト」といいながら、その日本人の中での差別意識や偏見を煽り、国民の中の分断を促進するような新憲法案を公表していると言われても仕方がないでしょう。

「これはたたき台」で済む話なのか

なお最後に「これは単なるたたき台だから、おかしなところがあれば直せばいい」「どうせこのままで憲法改正が実行されるわけはない」という意見もあります。
実際問題としては、確かに、これがそのまま新たな日本の憲法になる可能性はまずないでしょう。
しかし、参政党は「これは実現したら困る案ですので否決してください」と言っているわけではありません。
そもそも書きかけのメモや資料を途中段階で発表したわけでもなく、2年間もかけて衆知を結集して練り上げ、参政党なりに国のあるべき理念やあるべき姿を示すものとして出したのですから、「参政党の目指す国の姿は、こういうものだ」ということなのでしょう。
■堀新(ほり・しん)
弁護士。非法学部卒、元会社員。著書に『13歳からの天皇制』(2020年、かもがわ出版)。


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