都内の名門進学校である「巣鴨中学校・巣鴨高等学校」を運営する学校法人巣鴨学園に非常勤講師として勤務する男性A氏(40代)が、担当する授業のコマ(1回の授業)数を学校側から一方的に減らされたとして、減額された分の賃金など計約530万円の支払いを学校側に求め7月17日、東京地裁に提訴した。
提訴後、A氏と原告代理人の弁護士らが都内で会見を開き、正規職員と比べ不安定な“弱い立場”で働く非常勤職員の実情を訴えた。
(ライター・榎園哲哉)

担当する授業数が14コマから4コマに激減

訴状によれば、A氏は、巣鴨学園による二度にわたる「賃金減額」の違法性を争っている。
第一に、A氏は2020、2021年度と連続して週14コマを担当していたが、2022年度に4コマへと一気に減らされたというもの。
給与はコマの単価(2022年度時点で1コマ・2万3800円)にコマ数をかけて計算(1か月=4週で計算)され、また賞与(夏季・冬季)もコマ数に連動して支給されるため、収入は大幅に減少。A氏の生活を直撃した。
コマ数を減らすことを求めた通知は2月末になされたが、その時期はすでに年度末終了の直前であったため、4コマに減らされた分を他校で補おうとしても他校の募集はすでに終了していた。そのため、2022年度は「全く学校(講師)とは関係のないところで働き、収入を補わざるをえなかった」(A氏)。
コマ数を減らされた理由について学校側に問うたが、具体的な説明はなく「(授業を担当する)同じ教科で正規職員が採用されたからではないか」とA氏は推測している。現に正規職員の退職により、2023年度からはA氏の担当は再び14コマに戻されている。

「無期転換ルール」行使後も減らされたコマ数

第二に、2024年度以降、14コマから12コマへと減らされたことに伴い、賃金が減額されたというもの。
2018年度からの勤務開始後、1年ごとに雇用契約を更新していたA氏は、労働契約法改正(2013年4月)に伴い導入された労働条件の「無期転換ルール(※)」にもとづき、2023年度に無期転換権を行使。2024年度以降は無期契約となった。
※有期労働契約が更新されて通算5年を超えたときに、労働者の申し込みによって無期労働契約に転換される。
無期契約に転換された際の労働条件は、すでに締結している有期契約と同一になる(労働契約法18条1項)ため、A氏の場合、2023年度に担当した14コマが維持されなければならないはずだったが、2024年度以降は12コマに減らされた。
今回の訴訟では、この時に減らされた2コマの賃金減額分についても請求するという。

A氏はこうした学校側の対応について、弁護士と池袋労働基準監督署に相談。同署は今年5月、就業規則の届け出・周知義務違反など8項目にわたって学校側に是正勧告を行っている。

労働契約法に反する“慣習”の見直しを

訴状では、先に挙げた2点の減額のうち、第1減額(コマ数が14から4に減らされた)について、「コマ数が一気に約3分の1になってしまい、収入も約3分の1になったので、生活維持が著しく困難となった」とした上で、「労働契約法4条(※①)に違反する極めて不当な対応である」と主張。
第2減額(無期転換後にコマ数が減らされた)については、「被告(学校側)が一方的に担当コマ数を14から12に減じたことは労働契約法8条(※②)違反であり、無効である」と訴えている。
※① 使用者は、労働者に提示する労働条件及び労働契約の内容について、労働者の理解を深めるようにするものとする。
※② 労働者及び使用者は、その合意により、労働契約の内容である労働条件を変更することができる。
提訴後に会見に臨んだ原告代理人の明石順平弁護士は「非常勤講師は非常に弱い立場にある。本件の意義は、その是正を訴える点にある」と説明。
同・佐々木亮弁護士は、「多くの私立学校で非常勤講師の利用率はかなり高いと思うが、(コマ単価・数で計算する)コマ給という特殊な給料計算が取られている中、働く人たちは年度末のぎりぎりになってコマ数を下げられても断れないのではないか。(次年度予定を)半年前に伝えるなど、何らかの制限も必要だと思う。慣習自体も問題とされている」と制度のありかたそのものにも言及した。

「教員に正規も非正規もないはずだ」

A氏によると、巣鴨中学校・巣鴨高等学校の職員数はおよそ100人。そのうち非正規職員は36%だという。

これまでにもコマ数減や雇い止めにあった非常勤講師がいるといい、学校を去り、学習塾や予備校の講師に職を移した人もいるそうだ。
「非常勤講師は、雇い止めや授業時間(コマ数)減という不安を抱えながら日々の業務に従事している。仕事を続けるためには、年度末に通知された授業数が極端に少なくとも、その授業数でやる、という選択肢しかない。
(担当する)多くの生徒たちがまじめに私の授業を聞いてくれる。先日は期末テストを終えた。子どもたちに対して授業し、成績を付ける立場の教員に本来は正規も非正規もないはずだ」
A氏の提訴について巣鴨学園は、弁護士JPニュース編集部の取材に対し「現在、訴状が届いておらず、学校からお答えすることはありません」と回答した。
■榎園哲哉
1965年鹿児島県鹿児島市生まれ。私立大学を中退後、中央大学法学部通信教育課程を6年かけ卒業。東京タイムズ社、鹿児島新報社東京支社などでの勤務を経てフリーランスの編集記者・ライターとして独立。防衛ホーム新聞社(自衛隊専門紙発行)などで執筆、武道経験を生かし士道をテーマにした著書刊行も進めている。


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