日々の送信メッセージが決め手となった。
以下は、不動産営業マンAさんが退職後に起こした残業代請求訴訟の詳細だ。(弁護士・林 孝匡)
事件の経緯
会社は、不動産の売買、仲介、賃貸および管理業務などを行っており、Aさんは不動産の購入および販売などに関する営業業務を担当していた。Aさんは入社後、上司から「業務終了時に社長に連絡するように」との指示を受けていた。そのため、勤務日の午後6時以降に、社長に対して「お疲れ様です。本日は上がります」などのメッセージを送信することが頻繁にあった(Aさんの就業時間は午前9時~午後6時)。
Aさんはこの会社を約1年9か月で退職。詳細は割愛するが、判決文から推察するに「インセンティブの支払いをしてもらえない」と不満を募らせたと考えられる。
退職したAさんは、「残業代が未払いだ」などと主張して残業代支払い請求訴訟を提起した(ちなみにインセンティブ500万円の支払いも請求したが棄却されている)。
裁判所の判断
残業代についてはAさんが勝訴し、裁判所は会社に対して「244万円を支払え」と命じた。Aさんが社長に対して送信していた「お疲れ様です。本日は上がります」などのメッセージが終業時刻であると認定されたのである。会社は「午後6時以前に退社したこともあり、その後にメッセージを送信したのであるから、メッセージの送信時刻をもって終業時刻とすることはできない」と主張した。
しかし裁判所は「Aさんからのメッセージに対し、社長と上司は特に注意しなかった」「すなわち、その時刻まで業務をしていたことや、業務終了からメッセージ送信までの間隔が長いことなどを問題視していたとは認められない」として、「メッセージを送信した日は、メッセージの送信時刻をAさんの終業時刻と認めるのが相当」と判断した。
上司は「Aさんが会食後にメッセージを送信したこともある。それを私は注意したことがある」と反論していたが、裁判所は「注意した時期も頻度も曖昧であり上司の主張は採用できない」と退けた。
一方、Aさんの主張が認められなかった点もある。
Aさんは「毎日、おおむね午後8時ころまで働いていた。メッセージがない日は午後8時を終業時刻として残業代を計算すべきである」とも訴えていた。
しかし、裁判所は「メッセージは午後8時よりも前に送信されたものが多くあることに照らして、Aさんが例外なく午後8時まで就労していたと認めるには足りず、Aさんの主張は採用することができない」とした。
Aさんがメールを送信し忘れたのかもしれないが、残業した日に必ずメールを送っていれば、その送信時刻が終業時刻と認定されたと考えられる。会社を辞めたあとに残業代を請求しようと考えている方は、コツコツと証拠を残しておくことをおすすめする。
また、Aさんは以下の主張などもしていた。
- 午後9時ころにPCR検査の結果を伝えたことがある
- 午後8時50分ころに仕事の件でメッセージしたこともある…etc
■ お仕置き(付加金)
裁判所は会社に対して、お仕置き(付加金の支払い)も命じている。
付加金は、裁判所が残業代の不払いについて「悪質だ」と判断した場合に発生し(労働基準法114条)、その金額が今回のように残業代と同額になるケースもある。
〈労働基準法 114条〉
裁判所は、(中略)賃金を支払わなかった使用者に対して、労働者の請求により、(中略)未払金のほか、これと同一額の付加金の支払を命ずることができる。
最後に
「いつ、どれだけ働いたか」を証明するのは極めて難しく、証拠がなければ裁判では水掛け論に終わり、立証責任を負う労働者が敗訴してしまうことが多い。よって、証拠の確保が極めて重要になる。今回のAさんのように、コツコツと業務終了の報告をすることで裁判所は「この時間まで働いていたようだ」と認定しやすくなる。残業代請求は【証拠が命】。かみしめていただければ幸いだ。