国際的には、死刑が法律上存在し死刑判決が出ていても実際に10年以上死刑執行をしない韓国のような国は「事実上の廃止国」と呼ばれる。
日本が死刑の執行を公表するようになった2007年以降でいえば、前回の執行から3年近くの期間が空いており、これは最長の記録であった。
死刑の存廃については、古くから賛否の意見が激しく対立してきた。しかし、果たして、抽象論や観念論だけでなく、客観的事実やデータに立脚した議論が行われてきたと言えるだろうか(本文:丸山泰弘)。
法務大臣による緊急記者会見にて
以下では、執行当日に開かれた、鈴木馨祐(けいすけ)法務大臣による緊急記者会見から、大臣の回答を一部抜粋して紹介する。まず、記者は政府がこれまで死刑制度を存置する根拠として「世論」や「国民の支持」を挙げてきたことに触れ、大臣は何をもって国民は死刑制度を支持していると判断したのかを問うた。
これに対し、大臣は、今回の執行については個々の執行に関わる判断であるため答弁は差し控えるとしつつ、以下のように答えた。
「一般論として、死刑の在り方ということで、国民の皆さま方の思いということ、そのことを私も触れさせていただきました。
そこについては、今年行われた世論調査においても、依然として85パーセントであったと記憶をしていますが、85パーセントほどの方が、死刑について廃止してはならないということを、支持されている状況があります。
そうした中にあって、国民世論の多数の方々が、やはり極めて悪質、そして凶悪な犯罪については死刑もやむを得ないと考えられているということも、そこでは明らかになっていると思いますし、これはほかのいろんな調査においても、そうであろうかと思います。
そして同時に、多数の者に対する殺人あるいは強盗殺人、そういった凶悪犯罪がいまだに後を絶たないという状況でもあります。
そういった中で、罪責の著しく重大な凶悪犯罪を犯した者に対しては、死刑を科することがやむを得ない、そういった国民世論があると、私どもとしては承知しているところです」(鈴木大臣)
記者は大臣の言う「世論調査」とは今年の2月に内閣府が公表した死刑制度に関する世論調査(「基本的法制度に関する世論調査」内)であると補足しつつ、同調査では、「死刑もやむを得ない」と答えた人が83%であった一方で、「廃止すべき」とする意見も過去最高となったことを指摘。
また、廃止の理由としては「裁判に誤りがあったら取り返しがつかない」が最多で7割を超えた。その背景には昨年9月に静岡地方裁判所でいわゆる「袴田事件」の無罪判決が言い渡されたことが影響していたのではないかと示唆しつつ、記者は大臣の見解を求めた。
これに対し大臣は数字の訂正を行った後、以下のように答えた。
「そういった中にあって、やはり今の死刑がどうあるべきかということで申し上げれば、こうしたさまざまな国民の皆さま方の間での御意見等も踏まえ、さらには先ほど申し上げましたが、凶悪犯罪がいまだに後を絶たない状況もあります。
やはり私どもとしては、死刑を廃止することは適当ではないと考えています。
同時に、まさにこの死刑の在り方はわが国の刑事司法制度の極めて根幹の部分でもありますので、多くの国民の皆様方が、その必要性を感じて自ら議論に参加する形で、幅広い観点から議論がなされることが適切だろうと思っています。
そういった中にあって、現時点でこうした議論について、私どもとして廃止すべきといった立場ではございません」(鈴木大臣)
国民は死刑に賛成しているのか
上記の、死刑執行の際に行われた緊急記者会見に限らず、「国民の多くが死刑について賛成であるために死刑廃止の議論は時期尚早である」という質疑が行われることは別の場面でも数多く存在する。例えば、新しく法務大臣に就任し所信表明が行われる際にも死刑について言及され、上記のように国民の死刑賛成の意見が多いことに触れられる。
賛成が多いとする根拠としては、5年に1度行われる内閣府による世論調査の結果を基に述べられているものである。
著書『死刑について私たちが知っておくべきこと』(2025年、筑摩書房)において、死刑に賛成か否かの質問に対する選択肢が「死刑は廃止すべきである」、「死刑もやむを得ない」、そして「わからない・一概に言えない」という3つであり、これはいわゆる3件法(※)にも寄っていない選択肢になっていることを指摘した。
※3件法:アンケートや質問調査で、3つの選択肢を設定する回答形式のこと。一般的には、「そう思う・どちらとも言えない・そう思わない」「良い・普通・悪い」のように、中央に中立的選択肢を設ける。
通常、こういった質問をする際には賛成と反対が公平に分かれるように選択肢を作る。例えば、設問に対して意見を問う際には、「とてもそう思う / そう思う / わからない / そう思わない / とてもそう思わない」といった5件法によるのが一般的であり、3件法であったとしても「そう思う / わからない / そう思わない」という選択肢になる。
しかし、この死刑に関する世論調査では廃止に関する選択肢が「死刑は廃止すべきである」という積極的廃止論者の選択肢となっている一方で、存置に関する選択肢が「死刑もやむを得ない」という消極的存置論者の選択肢となっている。
これでは、「いずれ死刑を廃止したいと考えてはいるが、今すぐに廃止は難しいのではないか」と考えている将来的には死刑廃止を考えている人も存置派の8割に含まれてしまう。
この選択肢でも、死刑賛成の人として8割に含まれること自体は狭義の意味では変わりないかもしれない。
しかし、不自然な選択肢に基づく調査の結果をもって「死刑廃止の議論をすることが時期尚早である」として死刑についての情報公開をせず、国民を巻き込んだ議論をしない、ということにはならないはずだ。
最新の調査は賛成・反対を分けることをさらに困難に
法務大臣の記者会見でも言及された、死刑に関する内閣府の調査が公表されたのは2025年2月21日。調査期間は、昨年10月24日から12月1日である。昨年9月には、先述した「袴田事件」の無罪判決が世間の注目を集めたこともあり、死刑に関する意見にも影響を与えることが予想されていた。
しかし、ふたを開けてみると先の法務大臣が言及した通り、「賛成」が8割を超えたのだった。
ただし、2019年までの調査では選択肢が3つであったものが、この調査からは「死刑もやむを得ない」(83.1%)と「死刑は廃止すべきである」(16.5%)という2つの選択肢に変更されている。
これまでの「わからない・一概に言えない」の選択肢がなくなったことにより、それぞれの選択肢に割り振られたことになるが、2019年のそれと比較すると「死刑もやむを得ない」は80.8%から83.1%へと2.3ポイント上昇したのに対し、「死刑を廃止すべきである」は9.0%から16.5%へと7.5ポイント上昇している。
これらを受けて、「積極的に死刑廃止を訴える人が増えた」とみることもできるかもしれない。
しかし、こういった調査は、同じ選択肢を提示して回答の内訳がどのように変化するかが重要な視点となる。
公平な5件法への変更ならまだしも、選択肢が変わることで単純に比較することが困難になっているのだ。
また、記事の書き方や説明の方法によっては「死刑に賛成の人が80.8%から83.1%へと増加している」という部分だけに光を当てることが可能になる点も懸念される。
今こそ死刑と、それに関するデータから議論をするとき
2024年の調査では、他の質問として「裁判を傍聴したことがない」と答えている人が87%であった。調査の対象者は、日本の刑事司法への寄与度や関心度が低いままに回答しているのではないか、という疑問が残る。また、「死刑もやむを得ない」と答えた人に対して「賛成の理由」を質問したものには、「死刑を廃止すれば、被害を受けた人やその家族の気持ちがおさまらない」(62.2%)、「凶悪な犯罪は命をもって償うべきだ」(55.5%)、「死刑を廃止すれば、凶悪な犯罪が増える」(53.4%)、「凶悪な犯罪を犯す人は生かしておくと、また同じような犯罪を犯す危険がある」(48.6%)といった回答がされている。
これらの回答からは、被害者に対する偏った認識と思い込みによるものとなっている可能性、死刑そのものに抑止力があるという客観的裏付けの乏しい前提を信じている可能性が指摘される。
また、日本の無期自由刑で仮釈放される人数(例えば2019年から2023年の5年間で40人)よりも圧倒的に多くの人(例えば2019年から2023年の5年間で150人)が施設で亡くなっているという現実を、調査に回答した人はどの程度把握しているのだろうか。
このように、事実とデータに基づく課題と問題点を知らぬまま、死刑の存置について回答している可能性もある。
今こそ、死刑とそれに関するデータを公開したうえで、市民全体で議論をするときなのではないだろうか。
■丸山 泰弘
立正大学法学部教授。博士(法学)。専門は刑事政策・犯罪学。日本犯罪社会学会理事、日本司法福祉学会理事。