
東京・新宿の大久保公園付近で売春の客待ちをしていたとして、昨年1月から11月までに、女性88人が売春防止法違反(客待ち)の容疑で逮捕された。警視庁が同年12月にこれを発表すると、冒頭のように“売る側”だけが取り締まりの対象となったことに疑問を呈する意見も散見された。
売春防止法は、売春・買春行為のいずれも禁止しているが、買春行為には罰則規定がない(18歳未満を相手にした買春行為は「児童買春・児童ポルノ禁止法」等で重い刑事罰の対象となる)。
これに対し、売春行為自体には罰則規定はないものの、「客待ち」「売春のあっせん」「勧誘」「場所の提供」といった売買春を助長・あっせんする行為は、逮捕や罰則の対象となる。
このように、“売春する側”のみが処罰され得る構造となっていることについて、国はどのように受け止めているのだろうか。(本文:社会学者・廣末登)
買春した男性は「おとがめなし」という疑問
報道にもあるように、大久保公園周辺で逮捕されたのは女性88人であり、買春した男性は存在しない。売春は、売る側、買う側が存在する。買う側に責任が問われないことに疑問を持つのは筆者に限らないと思う。以下は、今年5月28日に衆議院法務委員会でなされた質疑である。
「売春防止法5条は、売春をする目的で、次の各号の1に該当する行為をした者は、6月以内の懲役(当時。6月1日以降は拘禁刑)または1万円以下の罰金に処すると。
そして、各号に列挙されているのは、女性側が男性客を取るために勧誘する、これは1号ですね。あるいは、女性が立ちふさがったり、つきまとったりする、これは2号です。あるいは、女性が客待ち、誘引をする、これは3号、を罰するというふうにされています。
要は、男性客、男性側はおとがめなしなわけですね。
勧誘には罰則がある、売春自体には罰則の適用がない、その理由はどういったものでしょうか」(藤原規眞委員)
売春防止法5条(e-GOV法令検索より)
この質問に対する政府参考人の答弁の要点は以下の通り。
- 売春防止法3条(※)において、売春する行為およびその相手方となる行為が禁止されているが、これらの行為そのものは処罰の対象とされていない。
- 売春を助長する行為が処罰の対象とされている。それは、売春が人としての尊厳を害し、性道徳に反し、社会の善良な風俗を乱すものであることに鑑み、売春の周旋や場所の提供をすることである。
- 売春を助長する行為等の処罰は、私生活上の行為を超え、売春を蔓延(まんえん)させる可能性があるなどといった法律制定当時のさまざまな議論を踏まえた結果である。
「参議院」での政府答弁は?
同様の趣旨の質問は、今年4月3日に、井上哲士委員によって、参議院内閣委員会でもなされている。「売春防止法は、この売春を性交行為のみに深く定義し、売春そのものではなくて、その勧誘やあっせんを処罰するけれども、売春の相手方となる性を買う側、これには何の処罰規定がありません。……性交に狭く限定している第2条(※)の売春の定義、買う方の買春者を処罰するなど、こういう見直しは検討をされているんでしょうか」
※売春防止法2条:この法律で「売春」とは、対償を受け、または受ける約束で、不特定の相手方と性交することをいう。
この質問に対する政府参考人の答弁の要点は以下のようなものであった。
- 3条においては、売春する行為とその相手方となる行為がそれぞれ禁止された上で、これらの行為そのものは処罰の対象とされていない。
- 売春が人としての尊厳を害し、性道徳に反し、社会の善良な風俗を乱すものであることに鑑み、売春の周旋等が処罰の対象とされている……成年に対するものを処罰する場合に、その保護法益をどのように考えるのか、また処罰の対象とすべき行為を明確に、また過不足なく規定することができるかといった点について慎重に検討していく必要がある。
参議院答弁「2つの問題点」とは
衆議院法務委員会では、藤原委員が、この参議院内閣委員会の答弁における問題点を2つ指摘している。1.「売春が人としての尊厳を害し」とはっきりうたっているにもかかわらず、個人の尊厳をストレートに害する行為である買春行為を処罰対象としていないという問題点。
2.何人も、売春をし、その相手方となってはならないと明記しているにもかかわらず、売買春行為そのものの違法性よりも、売春を助長する行為による風紀の乱れを重視していると考えられる点。
その上で、藤原委員は「この(売春防止法)5条の保護法益は、風紀の乱れを防止すること、これに尽きるんでしょうか」と、政府参考人に問うている。
政府参考人の回答は、「売春防止法5条に規定する行為は、社会の風紀を乱し、公衆に影響を及ぼすことから、処罰対象とされているというものと理解しております」と、売春行為の処罰根拠に風紀の乱れのみを挙げている。
買春側の法的規制はいまだ検討中
その上で、買春行為については、政府は「売春の勧誘行為と同様に社会の風紀を乱すと言えるかどうかについては、現在の実態等を踏まえつつ検討することが必要」と述べるに止めた。「社会の風紀を乱す」というならば、大久保公園の周辺で女性を品定めし、声をかけて買春におよぶ男性の存在こそが、その評価に値することは明らかである。
SNSやYouTubeで「売春の聖地」などと紹介する映像が国内外に流出し、悪い意味での観光名所となった大久保公園界隈――。あきらかに国益を損なう重大な社会問題であろう。早急に実態把握に努め法的な対処を検討してもらいたいものである。
■ 廣末 登
1970年、福岡市生まれ。社会学者、博士(学術)。専門は犯罪社会学。