間借り人はなぜだか、弱気になりがちだ。借り住まいさせてもらっていることがどこか家主に対する後ろめたさにつながっているのかもしれない…。


だが卑下する必要はない。家賃の値下げは、法律でも正当な権利として認められている。フリーライターの日向咲嗣氏が、値下げ交渉の‟伝家の宝刀”について、解説する。
※この記事はフリーライター・日向咲嗣氏の書籍『家賃はいますぐ下げれます』(三五館シンシャ)より一部抜粋・再構成しています。

大家に「家賃下げて」と頼んだところ・・・

「家賃下げてください」
あなたが大家さんにそう頼んでみたところ、次のように言われてしまった。
「いや、そんな話には応じられませんよ。だって、あなた去年契約を更新したときに、いまの家賃に同意して契約書にハンコ押したんじゃないんですか?? それを契約の途中で、やっぱり下げてほしいだなんて、おかしいでしょ。同意してないんだったら、ハンコ押さなかったらよかったのにね」
大家さんの「一度契約しておいて、いまさら」という言い分には、確かに一理はあるものの、あなたとしては納得できないのには変わりない。
「いや、納得したわけじゃないんですけど、『家賃下げて』って要求なんかしたら、『イヤなら、出てって』と言われるのが怖かったからですよ。
まだ、いまの部屋に住み続けたかったから、高いけど渋々契約しただけなんですよ。でも、もう我慢の限界。隣の部屋に入った人がうちよりも1万円安い家賃だってこと知ってるんですからね」
さて、「家賃を下げてほしい」という、こんなあなたの要求は、果たして正当な権利として認められるものだろうか。

家賃減額交渉の権利は法的にも認められている

結論から言えば、借家人からの家賃減額交渉は、法的にも認められている。
以下に、借家人にとって「伝家の宝刀」とも言える、その法律の条文を引用しておこう。

▽借地借家法第32条1項(借賃増減請求権)
<建物の借賃が、土地若しくは建物に対する租税その他の負担の増減により、土地若しくは建物の価格の上昇若しくは低下その他の経済事情の変動により、又は近傍同種の建物の借賃に比較して不相当となったときは、 契約の条件にかかわらず、当事者は、将来に向かって建物の借賃の額の増減を請求することができる。ただし、一定の期間建物の借賃を増額しない旨の特約がある場合には、その定めに従う。>
契約を交わした当時は妥当な額であったとしても、時間の経過とともに周りの状況が大きく変わってしまい、 妥当な額とは言えなくなることは、どんな時代にもあるもの。
そこで、契約で決めた家賃がさまざまな事情で不相応となったときには、家賃の増減を請求できると、借地借家法で明確に規定されているのである(この権利を「借賃増減請求権」と呼ぶ)。
そして、「不相応となったとき」の具体的なケースとして以下の3つの状況が例示されている。
  • 土地・建物に対する固定資産税など税金の増減
  • 土地・建物価格の上昇や低下、その他の経済事情の変動
  • 近隣にある同じような建物の家賃に比較して不相当
これらのうち、どれかひとつでも該当するものがあれば、家賃の増減額を請求できるとされているのである。
借賃増減請求権には、もちろん借家人からの値下げ請求ばかりでなく、大家からの値上げ請求も含まれている。

「契約の条件にかかわらず」減額交渉可能

次に着目したいのは、「契約の条件にかかわらず、当事者は、将来に向かって建物の借賃の額の増減を請求することができる」の「契約の条件にかかわらず」の部分である。
わざわざそうひと言入れているのは、契約の条件によっては、「借賃の額の増減を請求できない」ケースがありうるからだ。
たとえば、契約のなかで「○年間は家賃の減額(値下げ)はしない」という特約を交わしていたら、定められた期間は借家人から値下げ請求はできないことになってしまう。
そうすると、「えっ、家賃安くしてほしいって? 契約書よく読んでごらんよ。最後のほうに、2年間は賃料を減額はしないと書いてあるでしょ」と、大家がしたり顔で主張しかねないが、そんなときでもこの法律の条文を知っているあなたは涼しい顔して、こう反論できるだろう。
「借地借家法32条1項では、『契約の条件にかかわらず』、借賃の額の増減を請求することができるとなっていますから、そんな特約は無効ですよ」
借地借家法32条1項では、立場の弱い借家人を保護するため、条文に反する内容の契約条項を交わしたとしても無効になる「強行規定」である。
したがって、契約書で「家賃減額はしない」となっていたとしても、借家人からの家賃減額請求は認められるのである。

大家からの値上げ特約は認められない

もうひとつ注目したいのは、この条文の最後に「ただし、一定の期間建物の借賃を増額しない旨の特約がある場合には、その定めに従う」とされている点。
こちらは前記とはまったく逆のケースを意味している。たとえば、契約の中に「2年間は家賃の増額(値上げ)はしない」というような特約があった場合は、当然のことながら、その定めに従う、つまり大家からの値上げ請求は2年間認められないということになるわけだ。
借家人側からの値下げ請求は、値下げしない特約があってもできる反面、大家側からの値上げ請求については、 不増額の特約があればできないという、借家人に圧倒的有利な内容になっていることは、この際にしっかり覚えておこう。
値下げ交渉は正当な権利なのだ。

裁判になった場合、どんなケースで認められるのか

実際の裁判において、借賃減額請求権が認められるかどうかは、現行賃料が客観的にみて、「不相応」に高くなったかどうかによって判断される。
すなわち、いまの家賃が相場と開きが出てきてしまった場合、その家賃のまま継続することが公平ではないと判断されるかどうかが問題となる。
前回の契約からあまり時間が経っていなくても、経済状況などが急激に変化した場合は、借賃減額請求権が発生するものと解釈されている。
なお、逆に、大家から家賃増額請求を受けた場合にも、賃料額が客観的に「不相応」に低くなっているかが争点となる。ただし、借家人は、前述した「不増額の特約」があればそれを主張して増額請求を拒むことができる。
以上見てきたように、何年も同じ部屋に住み続けてきて、周辺家賃相場は下がっているのに、入居時と同じ家賃を払い続けているならば、賃料減額を請求する権利は明らかにあると言える。
よって、大家に対しては、堂々と「借地借家法で認められている正当な権利として、家賃値下げ交渉をしますよ」と申し入れるべきなのである。

<日向咲嗣 ひゅうが・さくじ>
1959年、愛媛県生まれ。大学卒業後、新聞社・編集プロダクションを経て、フリーライターに。「転職」「独立」「副業」「失業」問題 など職業生活全般をテーマに著作多数。失業当事者に寄り添っての執筆活動が評価され、2018年「貧困ジャーナリズム賞」受賞。本書では、これまで不動産のプロたちが口をつぐんできた聖域、賃貸住宅の家賃に切り込んでいる。


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