近年、多くの企業で、部下の成長支援を目的とした「1on1ミーティング」が導入されている。
1on1ミーティングは、週一回から月一回の頻度で実施され、話題は業務に関することから私生活の悩みまで幅広い。
評価は行わず、上司は傾聴とフィードバックのみが原則とされている。
パーソル総合研究所が今年2月に発表した「部下の成長支援を目的とした1on1ミーティングに関する定量調査」(20~59歳の正社員が対象。従業員50名未満の企業、第一次産業、公務、その他は除外)によると、1on1を直近半年で経験した部下の割合は55.7%と半数以上の部下たちが1on1を受けていることがわかる。
しかし、同調査では、1on1に対する満足度について「不満・どちらともいえない」と答えた部下が47.3%と、およそ半数に上った。
実際、ネット上では「1on1を“説教タイム”と勘違いしてるおじさん上司、多すぎ」「今日上司との1on1があるから残業確定」「無駄な1on1とMTG多すぎて仕事する時間ない」といった不満の声もあがっており、「1on1おじさん」という言葉まで登場。
ひょっとすると、社内の人間にそうした人物が思い当たる…という人もいるのではないだろうか。

「損害賠償義務が生じる場合も」

そんな部下から不満を持たれてしまう「1on1おじさん」だが、場合によっては法的なリスクも生じかねないという。
労働問題に詳しい宮寺翔人弁護士は「1on1での上司によるなんらかの不適切な言動などがきっかけで、部下が精神的苦痛を感じたり、メンタルヘルス等に影響を及ぼすなどしたりした際には、不法行為(民法709条)に基づく損害賠償義務が生じる場合があります」と指摘。次のように続けた。
「たとえば、業務上の必要もなく、部下の私的な部分に過度に立ち入ること(個の侵害)はパワハラの一類型として挙げられるため、1on1の際に、部下に対して執拗(しつよう)にプライベートに関する質問をしてしまうと、パワハラに該当する可能性があります。
もちろん、部下のプライベート事情によって、業務量を配慮しなければならない場合など、業務上の必要があるときには、他の社員がいない、1on1の状況での状況確認は、方法として適切なものです。
しかし、そうしたケースであっても、答えたくない部下に、執拗に質問をしたとすればパワハラに該当し得ます」(宮寺弁護士)

「進捗の確認自体は違法性を帯びるものではないが…」

また、1on1を“説教の場”にするなど、部下を一方的に詰問・説教する行為も、法的な問題になり得るという。
「業務の内容や進捗(しんちょく)を確認する行為自体は、それだけで違法性を帯びるものではありません。
ですが、監督・指導目的であったとしても、相手方の人間性や人格を否定する表現や、侮辱的表現を使って一方的に詰問・説教する行為は、正当な業務の範囲内にとどまらないものとして違法と評価されることとなり得ます」(宮寺弁護士)
さらに、部下の業務などを圧迫しかねない、長時間での実施や、頻繁な1on1の設定にも注意が必要だ。

「こうした行為は、業務上明らかに不要であると考えられますので、パワハラの一類型である『過大な要求』にあたります。
また、それによって部下の本来の業務時間を圧迫され、不要な残業が生じた場合には、部下のプライベートの時間が削られ、労働者の就業環境が害されることになりますので、パワハラに該当すると言えるでしょう」(同前)

部下から「1on1おじさん」と呼ばれないためには…?

ただ、上司の側も試行錯誤しながら1on1を実施しているという背景があるのは間違いない。
実際、先述したパーソル総合研究所の調査結果では「1on1に関して困っていること」について、上司側の回答でもっとも多かったのは「面談について学ぶ仕組みがない」(35.4%)で、ほかにも上位には「私が多忙で、面談のスケジュール設定が難しい」(35.3%)、「面談しなければならない部下が多すぎる」(26.3%)といった回答が並んだ。
そこで、宮寺弁護士は法的リスクを回避しつつ、1on1を実施するために、企業や管理職(上司)に対し、以下のようにアドバイスする。
「企業がとれる対策としては、1on1の状況で、不必要なミーティングが頻繁に開催されていないか、パワハラに該当するような言動がないかを、社員に対してヒアリングすることが考えられます。
また、管理職(上司)の立場にある人は、『上司と部下という力関係』の存在や『周りの目がない』という1on1の特殊性を理解する必要があります。
業務に必要な範囲を超えて、部下に精神的苦痛を与えるような言動をしてしまう可能性も十分に意識し『より慎重な対応が必要だ』という認識をもつことが重要です」
本来、部下に成長を促すための1on1ミーティングが、パワハラなど法的トラブルの引き金になってしまえば本末転倒だ。「1on1おじさん」などとやゆされないためにも、上記のことを念頭に置きつつ、部下のモチベーションアップにつながる1on1の実施を意識するべきだろう。


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