駐日ブラジル連邦共和国大使館に勤務していた職員2人(以下Aさん・Bさん)が7月25日、大使館から不当に解雇されたとして、ブラジル大使館とオタヴィオ・エンヒッケ・ジアス・ガルシア・コルテス大使を相手取り、解雇の無効と未払い賃金の支払いを求める民事訴訟を東京地裁に提起した。
同日、都内で代理人の島﨑量弁護士らが会見。

「外国の大使館や領事館などに雇用されている労働者の場合でも、日本の労働基準法や労働契約法が適用され、民事訴訟を起こす権利はあります。
ですが、先例が少なく、提訴から実際の裁判開始まで1年程度かかるケースもあるため、労働者が尻込みをしてしまうことも少なくありません。
日本国内には約180の国と地域の在日外国公館(大使館など)があり、そこでは、外国に雇用される現地採用の労働者が多数存在します。今回の訴訟や報道を通じて、他の労働者も声を上げられるようになれればと思います」(島﨑弁護士)

「ささいな理由」や「でっちあげ」で解雇

今回、裁判を起こした原告の2人は、いずれも駐日ブラジル大使公邸(大使の住む住居)で働いていたが、原告側によると「ささいな理由」や「でっちあげ」で解雇に至ったという。
Aさんは家事使用人として働いていたが、公邸内の花瓶を割ったことや、たび重なる職務専念義務違反、ほかの大使館職員に対する度重なる威迫的な言動を理由として懲戒解雇された。
これに対し、原告側は訴状で「懲戒解雇が言い渡される時点で原告Aに対して、懲戒解雇理由も根拠規定も示されておらず、懲戒手続きは無効である」と主張。
Aさんは花瓶が割れていることを報告しただけで、花瓶を割ったのがAさんかどうかが明らかではなく、その他についても抽象的かつ事実に基づいていないとして、解雇の無効を訴えた。
また、20歳ごろから一貫して料理人として就労し、20年以上フレンチやイタリアンレストランで勤務していたというBさんは「上長の指示に従わない」「厨房の運営支援業務を誠実に実施しない」といった理由で普通解雇を受けており、こうした解雇事由についても原告側は「裏付けがなく、事実ではない」と指摘。
そのうえで、島﨑弁護士は「むしろBさんは上長にパワーハラスメントを受けており、無視されたり暴言を浴びせられたりすることもあった」と主張した。

「解雇されるのは人生で初、大きなショック受けた」

この日、会見に出席した原告のBさんは「(在日外国公館には)私たちと同じような立場に置かれてしまっている人がまだまだいると思います。私たちが人間として尊重される職場を作るためにも、多くの人に、この問題に関心を持ってもらい、力を貸してほしいです」と話した。
「これまで私は、一部上場企業の管理職も経験しており、どの職場でも評価され続け、仕事を辞める際には『残ってくれ』などと言われてきました。 ですので、解雇されるのは人生で初めてで、大きなショックを受けました。
ブラジル大使館での8年半、私は誠実に働いてきたという自負があります。

大使夫妻や、訪問されるお客さまに喜んでいただけることが私の誇りであり、やりがいであったことに間違いはありません。
しかし、職場でのハラスメントが起きても相談できる窓口はなく、同僚と悩みを分かち合うことも、組合に相談することすら禁止され、私は孤立していました。
やがて事実と異なる理由で処分を受け、異議申し立ても退けられ、ある日突然、一方的に解雇を言い渡されました。
憧れて入った職場で真面目に働き続けてきた私が、このような仕打ちを受けることは正義に反すると強く思います」(Bさん)

「日本の法を守るという意識は極めて希薄」

島﨑弁護士は、自身の経験則から外国の大使館では総じて、日本の労働法遵守への意識が低いと指摘した。
「私も何度か相手側と交渉を実施したことがありますし、ブラジル以外にもさまざまな国の在日外国公館で働く人から相談を受けた経験から言えば、外交官、特に大使といった場合には、使用者として、日本の労働法を守るという意識は極めて希薄だと感じます」
今回の訴訟を支援する情報産業労働組合連合会(情報労連)の水野和人書記長は、ブラジル大使館で働く現地採用職員の現状について以下のように補足する。
「ブラジル本国の法律では、財政支出の根拠がない支出が禁じられているため、日本の労働法制で義務付けられてはいない、ボーナスや退職金、通勤手当、定期昇給などの手当てが、ブラジル大使館の職員には付与されていません。
一方、ブラジル本国の法律では、退職金などについても、憲法や労働法でしっかりと詳細に定められていますので、ある意味、両国の法律が都合のいいように使い分けられている状況です」

「真の友好関係の進化につながるよう、信じています」

この日、会見に出席したブラジル大使館ユニオンの初代委員長で、現在は顧問を努める山﨑理仁氏は「今年は日本とブラジルの友好130周年の節目の年に当たる」としつつ、以下のようにコメントした。
「祝賀ムードの中で、このような記者会見をする運びとなったことは、ブラジル大使館の一員として不本意でなりません。
ブラジルと日本の二国間関係ではよく、民主主義や法の支配といった価値観を共有することが確認されます。
しかし、 現地採用職員の処遇に限ってはこうした価値観は共有されず、無法状態にあります。
外交官の意に沿わない職員は適当な理由で解雇される、そんな状況のどこが民主主義でしょうか。
今回の裁判をきっかけに現地採用職員の実態が広く知られ、真の友好関係の進化につながるよう、信じています」
なお、弁護士ニュース編集部では駐日ブラジル連邦共和国大使館にも取材を申し込んだが、回答は届いていない(2025年7月25日19:00現在)。


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