録音がバレ、証拠隠滅を図った…?
教師のAさんが職員会議中にペン型の録音機で会議内容を録音していたところ、校長から提出を求められ、その録音機をへし折って渡した。
学校側は、それ以前にもAさんによる数々の“問題行動”があったとして、Aさんを解雇したが、裁判所は「解雇は無効」と判断した。
(東京地裁 R6.10.24)(弁護士・林 孝匡)

事件の経緯

Aさんは、中学校および高校の教員だ(社会科)。まず、解雇に至るまでの経緯を整理する。
■ 出勤停止
働き始めて約10年後、Aさんは次の行為に問題があったとして、1か月の出勤停止処分を受けた。
  • 生徒に対して暴言を行った(生徒が他の教員に「あまりにもひどい」と報告した)
  • 掃除をしなかった生徒に腹を立て、ゴミを机の中に入れ、ジュースを机の上にばらまく
Aさんは出勤停止処分が不服であるとして労働審判を申し立てた結果、「非違行為が少なくとも部分的にはあったと認めざるを得ない」と認定されたものの、出勤停止期間が1か月から2日へと大幅に変更された。
■ 録音事件
それから数年後、Aさんは職員会議に出席中、会議の内容を自身のペン型録音機で録音していることを他の教員から指摘された。校長はAさんに対して、録音の停止と機器の提出を求めた。これを受けて、Aさんは当該録音機をふたつにへし折った上で校長に渡した。
翌日、校長は、Aさんに対して自宅待機を命じた。
■ 解雇
そして数日後、学校側はAさんを解雇した。学校側の主張する解雇事由は20以上にもおよぶが、一部抜粋して紹介する。
  • 校長からのあいさつを無視
  • 他の教員に会釈をすることもせず
  • 事務長らの机を撮影
  • 模擬試験の監督業務中に居眠りをした
  • オープンキャンパス中の業務をしなかった
  • 副校長の事務机をあさっていた
  • 入学試験の採点業務を行わなかった
  • 生徒ともみ合いになってケガを負わせた(12年前)
■ 労働審判を起こす
Aさんは労働審判を起こして「解雇は無効である」と主張。労働審判ではAさんに軍配が上がり「解雇は無効」とされた。しかし、学校側はこれを不服として異議を申し立て、訴訟に移行した。

裁判所の判断

裁判でもAさんが勝訴し「解雇は無効」となった。
まず、学校が主張した上述の解雇事由について、裁判所は「学校側が提出した証拠からは事実を認定できない」などと判断した。
裁判所によって事実認定されたAさんの問題行動は、次の3つだ。しかし次に示す理由から「解雇は無効」と結論付けられた。以下、詳細を順に解説する。
①撮影行為
校内で入試の片付けが行われている様子を撮影/Aさんが教頭から指導を受けているときにその様子を撮影
〈裁判所の判断〉
  • 動画データが外部に流出するなど学校の運営に重大な支障を生じたことを認めるに足りる証拠はない
  • 学校側はAさんに対し警告書を発するなどの形で、十分な注意指導を行うことはなかった
  • Aさんに対して十分な告知、聴聞(ちょうもん)の機会を与えないまま解雇をしている
②送信行為
生徒が授業中にスマホを操作している様子の動画を、授業を受けていた約10名の生徒に対して送信
〈裁判所の判断〉
  • たしかにAさんは、生徒たちの画像データについて慎重に取り扱うべき旨の認識を当然有すべき立場にあったと認めざるを得ず、送信行為は、教員として不適切な行為であった
  • しかし、学校の運営に重大な支障が生じたとは認められないし、警告書を発するなどの形での注意指導も行われていなかった
③録音および録音機へし折り行為
詳細は前述のとおり
〈裁判所の判断〉
  • 録音機のへし折りは、証拠隠滅を意図した行為として、非違の程度としては必ずしも低いものではない
  • しかしながら、録音していたことは、Aさんの認識としては自己防衛等を理由とするものであったといえ、不当な目的があったとまでは認められない
  • 録音内容が外部に流出したことを認めるに足りる証拠はなく、Aさんが同日の職員会議を録音したことによって、学校の運営に重大な支障を生じさせたとは認められない
  • そうすると、録音が、Aさんの解雇することを正当化し得るほどの強い非難に値するものとまではいえない
結論として裁判所は「上記行為のいずれをとっても、学校の運営に重大な支障を生じさせたとまではいうことのできないものであり、学校側からAさんに対して文書等による十分な注意、指導がされないままに、上記各行為のみを理由として職員としての地位を喪失させることになる本件解雇をすることは、客観的に合理的な理由を欠き、かつ、社会通念上相当と認めることはできない」と判断した。

最後に

教員による無断の録音・録画や、生徒への画像送信など、一定の問題行動はあったとしても、それが直ちに「解雇」というもっとも重い処分に値するかどうかは、また別問題である。
加えて、裁判所が「警告書を発するなどの形での注意指導も行われていなかった」と判示しているとおり、解雇をするにも軽い懲戒処分からステップを踏むことが求められている。また、重い処分を行うには、それに値する非違行為が行われた事実とそれを裏付ける証拠が要求される。
このような労働法のルールの枠組みには、事実誤認に基づく処分や恣意的な処分を排除し、弱い立場の労働者を守る機能がある。
事実、本件で学校側が主張した解雇事由は、裁判所によって「学校側が提出した証拠からは事実を認定できない」と退けられている。まさに、事業者が労働法のルールを理解し遵守することの重要性を示す事例といえる。


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