
そして、障害者施設もまた、日本ではNIMBYの対象になってきた。その背景には、障害者という存在に対する一般市民の「無理解」が存在する。一方で、反対運動をしていた住民と話し合った結果、障害者への理解が深まり「共生」につながったケースもある。
今回は、秘書給与詐取で実刑判決を受け服役した経験を持つ元代議士の山本譲司氏が中高生に向けて執筆した書籍『刑務所しか居場所がない人たち 学校では教えてくれない、障害と犯罪の話』(2018年、大月書店)から、障害者施設の建設が地域住民に反対される傾向や自治体の福祉担当者も受け入れに消極的であるという問題について書かれた内容を、抜粋して紹介する。
必要なものだけど、わたしの近くには作らないで
近所に知的障害のある子どもが住んでいたことのある人は、心当たりがあるんじゃないかな。いつのまにかその子は近所からすがたを消して、夏休みやお正月だけ見かけるようになったことを。重い知的障害のある人の多くは、小学校から高校くらいまでは、地元の特別支援学校に通っている。卒業後も地元に住み続ける人もいるけれど、家族と離れて遠くの障害者施設に入る人も少なくない。
東京都の障害者が優先的に入所できる遠くの施設を「都外施設」という。関東圏内のほか、東北地方とか、ずいぶん遠いところにもたくさんある。いまでも3000人くらいが入所していて、空きが出るとすぐにうまる(「毎日新聞」2017年7月20日)。
僕は刑務所を出所したあと、東京の八王子市にある障害者の入所施設で働いていた。当時、その施設は新しくて、東京都内に知的障害者の入所施設ができたのは画期的だと、もてはやされた。
障害者施設が建設されそうになると、決まって反対運動が起きる。世の中にそうした施設が必要なのはわかるけれど、いざ近所にできるとなると困るという人が多い。治安が悪くならないか、地価(土地の値段)が下がらないか、って心配するんだ。
おかしいよね。大手企業はこぞって「CSR事業」を展開している時代なのに。
CSRとは「企業の社会的責任」の意味。企業の経営者には、お金を稼ぐだけじゃなくて、社会の役に立つことをする責任もある、って考えかただ。たとえば環境保護活動や、慈善団体への寄付とかを事業にしている。たんなるボランティアじゃなくて、企業のイメージアップをはかる事業だ。そうすれば、会社の株価だって上がることになる。
障害のある人を雇って、働いてもらっている企業も多いよ。
ところが、現実にはまだまだ偏見が残っていて、障害者が近くに来ることに根拠のない不安を感じる人が多いんだね。
自治体の福祉担当者も障害者への理解がない
一般市民だけじゃない。自治体の福祉担当者も似たりよったりだ。精神や知的な障害があるために、自分や他人を傷つけるおそれのある人が、刑務所や保護観察所(満期出所者や仮出所中の人などをサポートする機関)を出るときは、自治体に通知が届く。「こういう障害のある人が社会に戻るので、医療や福祉につないでくださいね」って事前連絡するんだ。
だけど、通知しても自治体側がそれに応じてくれない。
「その人、満期出所後も刑務所に置いておけないですか?」
こんな言い草をする自治体の福祉担当者もいた。
ちなみに2016年は、刑務所全体として、全出所者2万2947人のうち3675人について自治体への通知をおこなっている。でも、自治体がきちんと対応してくれたのは、たったの66人にすぎない。
障害者施設ができるのに反対している人たちも、出所者を拒絶する自治体職員も、きっと悪意はない。地元の平穏を壊したくないという素朴な気持ちが、結果的に立場の弱い人を社会のすみに追いやっている。
反対運動をしていた地元住民と話し合ってみると…
2023年時点で、全国に約5500の障害者支援施設が存在している(厚労省作成「令和5年 社会福祉施設等調査の概況」から転載)
以前、僕のところに、ある自治体の福祉担当者から、弱り切った声で電話がかかってきた。知的障害者のグループホーム(障害のある人が数人で生活する場)を建てようとしているんだけれど、地元住民が反対運動をしている。
その反対運動のリーダーが、僕の書いた『累犯障害者』を持ってきて「障害者は累犯者になりやすいんでしょ!」と言って、一歩も引かないと。
どうやら、そのリーダーは本の中身を読んでいないみたいだった。だって、『累犯障害者』に書いているのは、刑務所が行き場のない障害者の受け皿になって、福祉施設化していること。
障害のある人は、もともとおとなしい性格だけど、人にだまされたり、生活に困ったりして、やむなく罪を犯してしまうことが多いっていう話だ。障害があるから累犯者になりやすいなんて誤解だよ。
だから僕は、反対運動をしている人たちも含め、周辺の住民を集めてもらって、直接話をすることにした。そのときのようすは、地域のケーブルテレビでも流され、10回以上にわたって放送されることになった。
そしたら、わかってくれたよ。反対していた住民のひとりがこう言った。
「要するに、累犯障害者は、地域の中で孤立し、排除されて刑務所に行っていたんですね。まさに、わたしたちのような人が累犯障害者を生み出していたんですね。もう反対はしません」
障害のある人のことを何も知らなければ、身がまえてしまうかもしれない。だけど、どんな人たちなのかを理解すれば、彼らと共生することへの抵抗感は少なくなる。それを象徴しているようなできごとだった。
■山本譲司
1962年生まれ、元衆議院議員。2000年に秘書給与詐取事件で逮捕、実刑判決を受け栃木県黒羽刑務所に服役。刑務所内での体験をもとに『獄窓記』(ポプラ社)、『累犯障害者』(新潮社)を著し、障害を持つ入所者の問題を社会に提起。NPO法人ライフサポートネットワーク理事長として現在も出所者の就労支援、講演などによる啓発に取り組む。『覚醒』『エンディングノート』など小説も執筆(いずれも光文社)。