2013年から2015年にかけて行われた「生活保護基準」引き下げの違法性が最高裁で認められた「いのちのとりで裁判」。
同裁判の約1000人の原告のうち約700人が加入する「全国生活と健康を守る会連合会(全生連)」は7月29日、最高裁の勝訴判決を受けた要請行動を都内で実施。

厚労省に対し、引き下げられた基準の速やかな回復・補償などを求めたが、同省は“ノー回答”に終始した。(ライター・榎園哲哉)

厚労省職員から“答え”聞かれず

要請行動の会場となった東京・永田町の衆議院議員会館には猛暑の中、「いのちのとりで裁判」の原告ら約100人が集まった。厚労省からは、社会・援護局保護課の課長補佐ら職員4人が出席した。
6月27日の最高裁判決を受け同日、福岡資麿厚労大臣は「厚生労働省としては、司法の最終的な判断が示されたことから、今回の判決内容を十分精査し、適切に対応してまいります」とのコメントを出したが、その具体的な“対応”はいまだ明らかになっていない。
今回の要請行動でも、「引き下げ基準」の速やかな回復・保障について、原告から厚労省職員に対し質問や意見が活発にあがったが、職員からは具体的な回答は聞かれなかった。

「いのちのとりで」裁判のこれまで

厚労省は、2013年8月から2015年4月にかけて3度にわたって、生活保護のうちの食費などの生活費となる「生活扶助費」の基準額を平均6.5%引き下げた。削減額は総額670億円に上った。
これに対し、生活保護受給者と彼らを支援する弁護士は、上記引き下げが憲法25条が定める「生存権」の侵害に当たることなどを訴え、「いのちのとりで裁判全国アクション」を起こした。一連の裁判は、上記引き下げを行った国と、それに基づく保護変更決定(処分)を行った自治体(市区町村)を被告とし、全国29地裁で31件提起された。
国は、基準額引き下げの理由の一つに物価下落に伴う「デフレ調整」をあげた。2008~11年に物価が4.78%下落し、その分自由に使える可処分所得が増えたとして、基準額を4.78%引き下げたと主張。
これに対し原告は、物価下落率そのものが“偽装”されていると訴えた。
計算方式が総務省統計局が用いる国際基準の「ラスパイレス方式」ではなく、下落率が大きくなる「パーシェ方式」を混用。また、計算に用いられた各品目の支出額割合の数値は「生活保護世帯の平均値」ではなく、消費実態がかけ離れた「一般世帯の平均値」だった。

全国で提起された訴訟において、2020年以降、原告側が地裁で20勝11敗、高裁で7勝5敗と勝ち越していた。そして、上告が行われた名古屋と大阪の2件の訴訟で、6月27日、最高裁第三小法廷(宇賀克也裁判長)は、保護変更決定処分の取り消しを命じる原告側勝訴の判決を言い渡した(国家賠償請求は棄却)。
主要な争点であった「デフレ調整」について、「物価の変動率だけを直接の指標にした厚生労働大臣の判断には専門的な知識と整合性を欠くところがあり、その手続きは誤りで、違法だった」と述べるなど、5人の裁判官が一致して違法と判示した。
判決を受け、原告側はすべての受給者への謝罪と、保護費の未払い分をさかのぼって支給することなどを国に求め、交渉が続けられている。

厚労省「時間稼ぎ」か…原告らの焦り

29日に行われた交渉は2時間にも及んだが、前述した通り厚労省から事態を進める回答は得られなかった。
交渉後に行われた原告側の記者会見では、司法判断から1か月がたっても何ら対応を講じない厚労省に対し、全生連役員や原告代表からは、怒りやあきれの声があがった。
全生連の吉田松雄会長は、「厚労省が行ったデフレ調整・物価偽装に対しては、学者や専門家だけではなく、最高裁が断罪した」とその意味を改めて問うた。
また、今後の対応について、同省側が「専門家による審議の場を設ける」と示していることについても、「(審議会の設置は)自らの責任を回避しようとしている。(交渉では)審議会の内容や構成、今後のスケジュールについても全く答えなかった」と不信感をあらわにした。
同・窪田光副会長は、猛暑の中でエアコンの電気代も節約する厳しい生活を送っている原告に触れ、「厚労省は(解決のための)時間稼ぎをしている。原告はこの暑さの中で命懸けで戦っている。原告の思いをくみ取り、一刻も早く補償をしてほしい」と述べた。

「室内で熱中症にかかり…」原告ら襲う猛暑

原告からも悲痛な声が聞かれた。
病気のために就労できない高橋史帆さん(神奈川県在住)は、「すぐに補償を受けられないと生命が危ない、といつも感じている。
先日は室内で熱中症にかかり、病院で点滴を受けた。病気で体温調節がうまくできないことに加え、電気代を抑えるためにはエアコンの設定温度を思うように下げられず、29度に設定していた」と語った。
若いころに障害を負って働けない武田新吾さん(同)も、「エアコンの設定温度は28~29度に設定し、何とか暑さをしのいでいる。(毎月の)電気代を5000円に抑えることを目標にしている」と苦しい現状を訴えた。
また、物価高騰による食生活への影響を語った原告もいる。
小岩りょう子さん(東京都在住)は、「食の質が低下している。コメが買えず、毎日、そうめんをしょうゆで薄めて(つけ汁にして)食べている」と話した。

「国の指示待ち」で自治体の作業も進まず

原告らは、裁判で原告となっていない人も含めすべての生活保護受給者(約200万人)への遡及支給を国に求めており、実現すればその総額は4000億円を超えるとも推計されている。
受給者によっては引き下げが開始された2013年以降、支給条件(世帯数・居住地等)が変わっているケースもあり、支給窓口である各自治体での実態調査などにかかる負担も大きい。
窪田副会長は「すでに(2013年)当時とその後の生活保護受給者の世帯数などを調べはじめている自治体もあると聞く。ただ、その先(の作業)が進まない。国の指示待ちという状態だ」と話す。

また、全生連は同日、原告・受給者の1日も早い救済のために、福岡厚労大臣宛てに要望書も提出した。
要望書では「猛暑および物価高騰への対応措置を直ちにとること」など全7項目を求めている。
■榎園哲哉
1965年鹿児島県鹿児島市生まれ。私立大学を中退後、中央大学法学部通信教育課程を6年かけ卒業。東京タイムズ社、鹿児島新報社東京支社などでの勤務を経てフリーランスの編集記者・ライターとして独立。防衛ホーム新聞社(自衛隊専門紙発行)などで執筆、武道経験を生かし士道をテーマにした著書刊行も進めている。


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