
請求は棄却され、学校法人側の勝訴となったが、契約更新に関する「合理的期待」(労働契約法19条2号参照)が認められたことから、原告側は雇い止め問題における「前進」だと評価する。
「無期転換」となる直前の雇い止め
原告の男性は2019年4月1日に青山学院高等部に採用され1年ごとに契約を更新してきたが、5年目の契約更新を拒否され、2024年3月31日に雇い止めとなった。労働契約法18条は、有給雇用契約が5年を超える時、労働者が申し込めば無期雇用に転換できる「無期転換ルール」を定めている。
厚労省は、無期転換申込権が発生する前の雇い止めは「法の趣旨に照らして望ましいものではない」としている。訴訟にて、原告側は、無期転換申込権が発生する直前に男性が雇い止めとなったことは法の趣旨に反する「事実上の脱法行為」であると主張した。
「合理的期待」と「客観的合理性・社会通念上の相当性」が争点に
本訴訟で争点となったのは、(1)労働契約法19条2号の「合理的期待」が認められるか、(2)合理的期待が認められるとして雇い止めに客観的合理性・社会通念上の相当性が認められるか(同19条)。ひとつめの争点について、原告側は、契約が更新されることについて男性が期待を持つのは合理的であった、と主張するにあたって以下のような根拠を挙げていた。
(1)男性はすでに有期労働契約を4回更新しており、同じ学校にて通算5年にわたる教育活動を行ってきた。
(2)もともと、青山学院高等部では無期転換申込権の発生を回避するために、非常勤講師については5年を上限とする運用がとられていたが、2020年度より5年上限の運用が撤廃されていた。
(3)2020年1月、同校の専任教員が男性に対して「5年上限が撤廃され長期的に働ける環境になった」「契約の継続を望んでいる」などと伝えていた。
(4)同校には20年の長期にわたり契約更新をしてきた非常勤講師が存在している、2018年~2023年の間に2回以上契約が更新されている非常勤講師が雇い止めされた例がなかったなど、他の非常勤講師の更新状況。
(5)男性が担当していた科目の授業を専任教員だけで担当することは不可能であり、非常勤講師の存在が不可欠であったこと。
判決では「原告が非常勤講師として本件契約が更新されることについての期待は、その合理性の程度が高いとはいえないものの、一定程度の合理性があると認められる」と示された。
一方で、ふたつめの争点については「本件契約更新の合理的期待の程度が高いとはいえないことをふまえると、本件雇い止めは、客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当であると認められる」と示し、裁判所は原告の主張を退けた。
「不当判決ではあるが前進もあった」
訴訟後に開かれた会見で、原告代理人の今泉義竜弁護士は「全体的には不当判決」であるとコメント。一方で、高校の非常勤講師の雇い止め問題では「合理的期待」が認められること自体がまれである点を指摘し、判決について「一定の前進があった」とも評価。同じく代理人の川口智也弁護士は、判決について「前進ではあるが…」としつつ、本件において男性が雇用継続に関して抱いていた期待は「(同じ状況に立たされた)誰しもが抱くはずのものだった」として、あくまで「一定程度」の合理性しか認められなかったことについては不当であると評価した。
「本件において、学校側は、雇い止めを回避するための努力を何も行っていない。男性は(非常勤講師の仕事によって)収入を得てきて、『今後も更新が続いてく』と思っていたのだから、もっと慎重な判断をすべきだった。
非常勤講師の待遇や現状というものについて、まったく考えが及んでいない。あまりにもあっさりと学校側の判断を許容している。無期転換逃れの問題について勇気を出して声を上げた男性の気持ちを、まったく汲んでいない判決だ」(川口弁護士)
一方で男性は「開かずの扉がやっと開いた、風穴が開いたという気持ちだ」と前向きに語った。
「非常勤講師は使い捨てられるのが当たり前になっているが、そんな現状がいつまで続くのか。使用者(学校)のやりたい放題な状態に、一定の制限をかける判決だ」(男性)
原告側は控訴の意気込みだ。
なお、判決について弁護士JPニュース編集部は学校法人青山学院にも取材したが、コメントはまだ届いていない(8月1日11時30分現在)。
非正規教員が「雇用の調整弁」にされると教育の質にも影響が…
会見に参加した「私学教員ユニオン」の佐藤学氏は、私立高校における非正規教員の数は4割に近くなっていると指摘する。私立高校の非正規教員数(「学校基本調査」(文部科学省)に基づき、私学教員ユニオンが作成)
「学校側は、生徒数の増減に合わせて低コストで雇用できフレキシブルに辞めさせられる『雇用の調整弁』として非常勤講師を利用している。
しかし、教育は、本来なら生徒との信頼関係がないと成立しない。
非常勤講師の雇い止め問題は、高校のみならず大学でも問題になり続けている。しかし、後者は裁判を起こしている事例が多々あるのに対し前者は訴訟にふみ切らないケースが多く、そのため社会問題としての注目が薄いという問題がある。
私学教員ユニオンは8月1日17時から21時、および8月3日13時から17時にかけて、相談・通話料が無料で秘密厳守の「非正規教員雇い止め相談ホットライン」を開通する。電話番号は0120-333-774。