静岡県伊東市の田久保眞紀市長の学歴詐称疑惑に関し、同市議会が設置した「百条委員会」は田久保市長に対し、7月25日の百条委員会に「証人」として出頭するよう求めたが、田久保市長はこれを拒否し出頭しなかった。
田久保市長は出頭要請を「不適切な請求」と断じ、かつ、その複数の法的な「理由」を示している。
しかし、地方自治法上、「正当な理由」なくして百条委員会への出頭・証言等を拒んだ場合、6か月以下の拘禁刑または10万円以上の罰金に処せられる(同法100条3項)。また、議会は、原則として本人を刑事告発する義務がある(同条9項)。
田久保市長の示した理由について、法的観点から正当性はどの程度認められるのか。東京都国分寺市議会議員を3期10年にわたって務めた経歴をもち、首長や地方議員からの相談対応も数多い三葛敦志(みかつら あつし)弁護士に聞いた。

「刑事訴追のおそれ」は出頭拒否の理由にならない

百条委員会は、地方議会が「普通地方公共団体の事務(中略)に関する調査」(地方自治法100条1項)を行うため設置する機関である。
調査委員会は、「特に必要があると認めるとき」は、選挙人その他の関係人の出頭及び証言並びに記録の提出を請求することができる。また、前述のように、不出頭や証言拒絶に対しては刑罰が定められている。
出頭・証言を拒絶できる「正当な理由」とはどのようなものか。
三葛弁護士:「『正当な理由』は『出頭』の場合と『証言』の場合とでそれぞれ異なります。
まず『出頭』を拒絶できる『正当な理由』は、病気やケガなどで物理的に出頭できない場合や、親族が危篤状態にあるか亡くなった直後の場合など、ごく特殊な事情があるケースに限られます。
そのような事情について田久保市長が主張している様子はなく、認められないでしょう。
他方で『証言』について、拒絶できる『正当な理由』は、その証言を行ったら刑事訴追されるおそれがある場合などです。
田久保市長の場合は、学歴詐称が公職選挙法の虚偽事項公表罪(同法235条1項)に該当する疑い、議長らに“卒業証書のような物”を提示した行為が有印私文書偽造・同行使罪(刑法159条1項・161条1項)に該当する疑いがもたれています。
そしてすでに前者については刑事告発が行われています。
したがって、刑事訴追のおそれがあるので、『正当な理由』ありとして証言を拒絶することが認められる可能性はありうるといえます」

「出席しても証言不可能」との言い訳は認められない

田久保市長は、「地方自治法100条の規定に基づき、証人から証言を求めることができる事項は、出頭請求書に明示された事項に限られる」としたうえで、そこに示されている事項が「いずれも回答が事実上不可能な内容を含む」ため、出頭要請は不適切な請求であると主張している。
三葛弁護士:「上述したとおり、出頭しなければならないか否かと、証言を拒否できるかどうかとは、まったく別の問題です。
証言は、百条委員会に出頭した後の個別の質問に対して行うものです。すべての質問にまったく答えられないなどということは、到底考えられません。
また、田久保市長は、百条委員会で証人に対して証言を求めることができる事項が出頭請求書に明示された事項に限られると主張していますが、法律上、そのように限定を加える根拠もありません。
したがって、田久保市長が出頭しない『正当な理由』が認められる余地は一切ないと考えるのが自然です」

「匿名の文書」を理由に出頭しないことは許されない

田久保市長はまた、大学時代の友人と称する匿名の者から市議会議長あてに卒業証書を偽造した経緯についての文書が提出されている件について、自身がその内容を確認していないとして、以下のように述べている。
「(地方自治法)100条は民事訴訟法の証人尋問の規程(※)を準用しているところ、民事訴訟において、当事者が重要な証拠の内容を知らないまま、尋問を受けるということは、およそあり得ない話です」
※原文ママ。「規定」を意味すると考えられる
三葛弁護士:「仮に『匿名の文書であり、中身も事前に把握していないから信用できず答えられない』ということであれば、出頭した上でその旨を主張すれば足ります。
未知の証拠をもとに尋問を受けたくないからそもそも出頭すらしないという主張は、『正当な理由』には当たり得ないと考えられます」

「弁護士のスケジュール調整が困難」も理由とならず

さらに、田久保市長は、出頭拒否の理由として、出頭日時の指定が唐突かつ一方的であり、代理人弁護士のスケジュール調整が困難であることも挙げ、「私には代理人弁護士を依頼する権利があり、その権利は尊重されるべき」としていた。
三葛弁護士:「確かに、刑事訴追の可能性もあり、百条委員会に弁護士を同席させることは禁じられていません。
しかし、そのことと、その権利が保障されているか否かは別の問題です。弁護士の出席の可否は委員会の判断となります。
百条委員会自体は刑事責任を追及する場ではないので、弁護士を同席させる権利が法律上保障されているわけではありません(憲法34条、37条3項参照)」

百条委員会、議会、市民を軽視しバカにしている

伊東市議会は、田久保市長が再度出頭拒否したら刑事告発する意向を示している。他方で、田久保市長は7月7日の記者会見で市長を辞職した上で出直し選挙に出馬する意向を表明していたが、同月31日に一転、「公約を実現するため」と称して撤回した。
事態は当分の間、収束しそうにない。
三葛弁護士:「田久保市長は初動からして誤りました。リスクに対する感度があまりにも生ぬるく、法を軽視する態度が目に余るといわざるを得ません。
百条委員会の設置は議会にとって最終手段に近いものです。なぜなら、百条委員会の調査権には、刑罰等に裏打ちされた強制力があるからです。
したがって、議会の側も百条委員会を設置したのは生半可な覚悟ではありません。世論が問題視している事柄だという共通認識が成立するからこそです。
住民代表機関である議会が『特に必要がある』と認めて出頭を求めている以上、田久保市長には出頭要請の妥当性を判断する立場になく、その資格もありません。
きつい言い方にはなりますが、百条委員会、ひいては代表機関である議会のバックにいる伊東市民を軽視しバカにしているといわざるを得ません。
田久保市長は、百条委員会の出頭要請に誠実に対応しておらず、ここに至っては市議会の手には負えないと思います。もはや、早々に刑事告発を行って捜査機関の手に委ねることが最適かもしれません」


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