ハラスメントは断じて許されるものではないが、パワハラ、セクハラ、マタハラなど法律上定義されたもののほか、たとえばチャットの語尾を句点(。)で終わらせる(若年層を中心に「怖い」という意見がある)「マルハラ」、キーボードをたたく音やマウスの音がうるさい「キボハラ」、メジャーリーグで活躍中の大谷翔平選手をめぐる報道が過剰だという反発から「オオハラ」などの言葉も続々と誕生。
こうした状況の中で登場した「グレーゾーンハラスメント」には、「なんでもハラスメントですね」「もうわけわかんないw」「それは感じ方に個人差があるように思う」「きりがない」など冷めた声も少なくない。
5割超が「グレーゾーンハラスメント」を受けた経験あり
社内規定DXサービスなどを手がける株式会社KiteRa(キテラ、東京都港区)が6月中旬に行った「職場のグレーゾーンハラスメントに関する実態調査」(※)によると、回答者の50.2%が、職場でグレーゾーンハラスメントを受けたことがあるという。※調査方法:インターネットによるアンケート調査、調査期間:6月13日~17日、有効回答:18~65歳のビジネスパーソン1196名、構成比は小数点第2位を四捨五入
一方、グレーゾーンハラスメントをした経験に関する問いでは「このような言動は行ったことがない」と回答した人が63.8%。また、グレーゾーンハラスメントを行ったことがある人のうち60.5%が「相手のためを思って行った」と回答している。
グレーゾーンハラスメントの具体例としては、次の6つが挙げられている。
①不機嫌な態度や雰囲気で接する(ため息、舌打ち、挨拶を返さないなど)
②「君のためを思って」と一方的にアドバイスされる、または評価される
③「○○(性別・容姿・年齢など)だから仕方ないね」といった、相手を限定するような発言
④「絶対~~したほうがいい」と断言される
⑤「私が若い頃は」「今の若い子は」といった発言
⑥「彼氏・彼女いるの?」「休日の予定は?」といったプライベートな質問
「グレーゾーンハラスメント」の法的問題
上記のうち、法的な観点から問題になりそうなものはあるか。労働問題に詳しい松井剛弁護士に聞いた。まず、①不機嫌な態度や雰囲気で接する(ため息、舌打ち、挨拶を返さないなど)、③「○○(性別・容姿・年齢など)だから仕方ないね」といった、相手を限定するような発言について。
「いずれも程度の問題にもよりますが、①は常に不機嫌な態度や雰囲気だったり、それが特定の人に対してだけであったりすれば、パワハラと捉えられてもおかしくありません。
③は、たとえば『おまえは女だから』といった発言はセクハラに該当し得ますし、体型に関する発言も明らかにまずいと思います。年齢についても、若さを理由とした発言だけでなく、反対に『年寄りだから』などと言うことも問題です」(松井弁護士)
難しいのは、②「君のためを思って」と一方的にアドバイスされる、または評価される、④「絶対~~したほうがいい」と断言される、だという。
「部下が業務上あまりに間違ったことをしているときに、上司が『絶対にこうしたほうがいい』と言うことは普通にあるのではないでしょうか。
⑤「私が若い頃は」「今の若い子は」といった発言については、望ましくはないものの、それ単体で法的な問題になるとは考えづらいという。ただしその後に続く言葉が大抵はネガティブな内容のため、相手に不快感を与えやすい傾向にあるのではないかと松井弁護士は見解を示す。
また、⑥「彼氏・彼女いるの?」「休日の予定は?」といったプライベートな質問は、「関係性やその後に続く会話の内容によっては『普通のコミュニケーション』の範囲内にもなるため、これだけで直ちにハラスメントだとは言いづらいと思います。しかし、関係性によっては急に踏み込んだ質問だと受け取られ、相手に不快感を与える可能性があることには注意が必要です」(松井弁護士)とのことだった。
会社はどこまで対応すべき?
「グレーゾーンハラスメント」のようなあいまいな基準の言動に対して、会社側はどの程度対応する義務があるのだろうか。松井弁護士は前提として、日常生活にはある程度の「受忍限度」が存在することを指摘する。
「あまりに細かな不快感にまで対応していてはキリがないため、企業はハラスメントと認定するかどうかの基準を明確にして、その基準に照らして判断を下し、どこかでバッサリと切ることも必要になります。
ただし、どんなささいな事案でも、従業員が被害を申告してきた場合にはその内容をしっかり聞き取り、証拠や他の従業員からのヒアリングなど客観的な情報をもとに、ハラスメントに該当するかを評価することが重要です」
グレーゾーンハラスメントの多くは個人の主観によるところが大きく、「受忍限度」をどこに設定するかは難しい問題だ。客観的に「ハラスメントではない」と判断されても、当事者が不快に感じる事実に変わりはない。
前出の調査でも、グレーゾーンハラスメントを受けた人のうち、退職を検討したことがあると回答した人は45.8%に上るとの結果が示されている。会社側が「法的問題はない」と状況を“放置”すれば、従業員の離職など不利益を被るリスクも否定できない。
松井弁護士は、グレーゾーンハラスメントについて「結局、当事者同士の関係性やコミュニケーションの問題に帰結するのではないか」とした上で、会社側ができる予防・改善策として「ハラスメントまではいかずとも相手に不快感を与える言動が存在すること、具体的にはどのような言動が望ましくないのかを社内周知することが第一歩」とアドバイスした。
あいまいだからこそ、対応が難しい――。コンプライアンス意識の向上が進む今、企業の力量が試される場面は多方向に広がっていると言えるだろう。