昔から「山の天気は変わりやすい」と言われる。ましてや昨今は気候変動により、ゲリラ豪雨や土石流のリスクも増大している。遭難しないよう、装備を調えるとともに、計画段階はもちろん、現場での判断も慎重を期さなければならない。また、万が一遭難した場合の対応等も押さえておく必要がある。
そこで気になることの一つが、遭難して救助された場合、捜索・救護活動にかかった費用をどの程度自己負担しなければならないかということである。
また、近年、深刻な問題となっている、「無謀な行動をして自ら危難を招いた遭難者」について、どこまで自己責任を負わせるべきなのか。
マリンスポーツを愛好しアウトドアに造詣が深い荒川香遥弁護士(弁護士法人ダーウィン法律事務所代表)に聞いた。
山で遭難したら救助費用は「基本、タダ」
よく「海で遭難しても救助費用はタダだが、山で遭難したらめちゃくちゃお金がかかる」と言われるが、実際はどうか。荒川弁護士は、公的機関のみが救助を担当する場合、原則として費用負担は生じないと説明する。
荒川弁護士:「山で遭難した場合には、消防の『山岳救助隊』や警察の『山岳警備隊』が救助を担当します。また、川で遭難した場合は消防の『水難救助隊』や『山岳救助隊』が救助を担当します。これに加え、地元の消防団が出動することもあります。
消防による救助活動は『消防法』、警察の救助活動は『警察官職務執行法』に基づく業務の一環として行われます。
では、例外として、救助された者が費用を自己負担しなければならないケースはどのようなものか。
荒川弁護士:「条例等で、特別な定めが置かれている場合等があります。
たとえば、埼玉県では、県内の一部の山岳地帯について、防災ヘリコプターが救助に出動した場合に、救助対象者に飛行時間5分あたり8000円の手数料を負担させる旨の条例が定められています(埼玉県防災航空隊の緊急運航業務に関する条例)。過去の平均救助時間は1時間程度とのことなので、だいたい9万6000円かかることになります」
今年5月、富士山のふもと、静岡県富士宮市の市長が、準備不足での遭難者が相次いでいることを踏まえ、救助費用を遭難者に負担させるべきとの見解を示したことが報道された。しかし、そのような条例はまだまだ一般的ではない。公的機関が捜索・救助を担当した場合、基本的には対象者が自己負担を求められることはないと考えてよい。
それでも遭難したら「めちゃくちゃお金がかかる」といわれるワケ
とはいえ、荒川弁護士は、山で遭難した場合に救助対象者が多額のお金を自己負担しなければならないと言われていることも、あながち誤りではないと指摘する。荒川弁護士:「山での遭難者の捜索・救助活動は、公的機関である消防や警察だけでなく、地元の山岳会や山岳遭難対策協議会、山小屋の関係者などが担当することも多いのです。
なぜなら、それら民間の団体や個人のほうが、消防や警察よりも、そのエリアの地理や天候等の事情をよく知っていることが多いからです。
その結果、事実上、救助対象者が費用を請求されるケースが多くなっています。また、捜索自体の費用に加え、隊員の日当もかかります。地域によりますが隊員1人あたり2万円~3万円、たとえば10人の救助隊が捜索活動を5日間行った場合、日当だけでも100万~150万円かかるということです」
民間のヘリコプターに出動してもらった場合には、それだけで数百万円にもなり得るという。
無謀な行動には「自己責任」を問えるか?
いうまでもなく、捜索・救助活動の費用の財源は、もともと、私たち一般市民が支払った税金である。そこで、山・川のレジャーで無謀な計画・行動によって自ら危難を招き、かつ、救助活動が難航して過大な費用がかかった場合など、「自業自得」ということで、捜索・救助費用の全部または一部を支払わせることはできないか。
たとえば、1999年に神奈川県で発生した「玄倉川水難事故」では、川の中州でキャンプしていた集団が、ダムの管理職員や警察官が再三警告を行ったにもかかわらず、それを無視し、増水した川の中に取り残され、13人が死亡している。なお、うち4人は子どもだった。
当時の報道によれば、救助活動にかかった費用は4800万円であり、地元自治体が全額を負担したとされる。これを救助対象者に負担させなかったことについて、強烈な違和感を覚えた人も多いだろう。
荒川弁護士は「現行法の枠組みでは、公的機関による救助活動等の費用を救助対象者に負担させることは基本的に不可能」としつつ、以下の通り、新たに制度設計をする場合の課題について説明する。
荒川弁護士:「救助対象者の責に帰すべき事情があり、それによって救助活動が本来の業務の範囲を超え、過大な負担が生じた場合には、対象者に捜索・救助の費用の負担を求めるべきだという理屈は理解できるし、十分に成り立ち得ます。
ただし、救助対象者に費用を自己負担させるには、法律や地方公共団体の条例による根拠が必要です。また、要件や支払わせる手続きも詳細かつ明確に定めなければなりません。
そうしないと、ただ『けしからんから負担させろ』ということになり、『法律による行政の原理』(憲法41条、65条等参照)に反するからです。
たとえば、先ほどの埼玉県でのヘリコプターが出動に関する『埼玉県防災航空隊の緊急運航業務に関する条例』では、対象エリア、時間ごとの手数料の額などが明確に定められています。
手数料の徴収の手続きについては別途『埼玉県手数料条例』に定められています。
このように、最低限、法的根拠と詳細な要件、お金を徴収するための手続きを定めておく必要があるということです」