健常者なのに“精神病院”に拉致され強制入院、薬を飲まされ副作用…背景にある「医療保護入院」制度の“闇”を被害男性が訴える
健康であるにもかかわらず精神科病院に拉致され、「認知症」と診断されたうえで強制入院させられた男性と、その代理人弁護士らが、8月7日、都内で記者会見を開催。
事件の概要や、病院との裁判で勝訴した判決の内容、そして家族の同意と医師の診察があれば強制入院が可能になる「医療保護入院」制度の問題などについて語った。

ある日突然男4人に羽交い締めにされて拉致、強制入院に…

2018年12月12日、富山県富山市で福祉施設を経営する江口實(みのる)さんが妻と入所者の朝食を準備していたところ、施設内に民間救急職員の男4人が侵入。江口さんは羽交い締めにされ、車で5時間離れた報徳会宇都宮病院(栃木県)に搬送された。
病院までの移動中、江口さんは両腕・両足を動かせない状態にされていた。途中のインターチェンジで職員らはトイレに行ったが、江口さんは尿瓶を使わされたという。
病院への到着後、江口さんは歩行が可能であったのに車いすに乗せられ、そのまま、宇都宮病院の創始者であり90歳を超える高齢のA医師による診察を受ける。A医師は「酒を飲んで暴れるんだな」などと決め付け、江口さんが反論すると「知らん、出ていけ」と言い放ったという。
次に、精神保健指定医の資格を持つB医師が診察。「あなたの行為で家族が迷惑を被っているのを分かっていますか」などと発言し、江口さんが反論するとカルテに「被害妄想」と記載した。
両医師により、江口さんは「老年期認知症妄想型」であり強制入院治療が必要、と誤診される。そして、長男の同意が得られたことにより、C医師が入院届を栃木県に提出。即、江口さんは「医療保護入院」となった。

「独房」まがいの個室に約40日入院、薬により失禁などの副作用

入院は2019年1月17日までの37日間続いた。その間、抗てんかん薬の「リボトリール」や統合失調症治療薬の「ロナセン」など強い薬を飲まされたことにより、当初は健康だった江口さんの体調は悪化。よだれを垂れる、失禁する、視界が二重に見える、もうろうとするなどの副作用が生じた。

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江口さんが入院していた「個室」の扉(西前弁護士提供)

また、江口さんが入院していたのは「個室」ではあったが、トイレの水すら自分で流すことのできない劣悪な環境だったという。代理人の西前啓子弁護士は「実際には『独房』のようなもの」と表現する。
入院中のある夜、廊下を歩いていた江口さんは、四つん這いになって移動する患者を見かけた。見回りの看護師も通りかかったがなんら対応をしなかったという。「これが看護師のあるべき姿か、と衝撃を受けた」(江口さん)
退院後も副作用は続き、夫婦2人で経営してきた福祉施設の事業も閉鎖せざるを得なくなった。

強制入院の背景には家族間の金銭トラブルか

江口さんが強制入院させられた背景には、江口さんが長男の借金を肩代わりして、その後長男に返済を求めたことに端を発する、家族間の金銭トラブルが関わっている可能性が大きいという。
精神保健福祉法33条の規定により、指定医が入院を必要と判断し家族等の同意があれば、本人が拒否していても強制的に医療保護入院をさせることが可能となっている。
江口さんが強制入院するに至った経緯について、西前弁護士は「おそらく、『宇都宮病院に連絡すれば、親を精神病と診断してもらい、トラブルを解決できる』という話を耳にした長男かその妻が連絡したのではないか」と、推測を語った。
なお、宇都宮病院では、1983年に看護職員らの暴行によって患者2名が死亡した事件が起きている(「宇都宮病院事件」)。

病院・医師には約311万円の支払いが命じられる

江口さんは、宇都宮病院と医師らに約1400万円の損害賠償を求める民事訴訟を提起。5月29日、宇都宮地裁は医師らが連帯して不法行為責任を負うとし、約311万円の慰謝料を支払うよう命じる判決を出した。
医療保護入院にあたっては「指定医の診断」や「家族等の同意」など計5つの要件を満たさなければならないが、判決では、そもそもの要件である「精神障害者」(精神保健福祉法5条1項に規定)に江口さんは該当しなかったと認めて、江口さんの人身の自由を侵害した違法な入院であったと認定。
また、江口さんの同意なくリボトリールやロナセンなどを処方したことも、身体の自由を侵害するものと認定。副作用等について説明しなかったことについても、インフォームドコンセントを怠ったとして、自己決定権の侵害と認定された。

さらに、江口さんの持病であるリウマチの薬(プレドニン)が記載された診療明細書を江口さんの妻がFAXで送っていたにもかかわらず、プレドニンを処方しなかったことについても、適切な医療を受ける権利・利益を侵害したと認定。
そして、2018年12月19日には医療保護入院の必要性がないことが明らかになっており、さらに妻と次男は江口さんの退院を求めていたにもかかわらず、長男が反対したことから「家族間調整がなされていない」として、病院は江口さんを退院させなかった。これについても「退院させるべきことは自明」であったとして、身体の自由の侵害が認められた。
ただし、裁判所は医師らの過失は認めたが、故意は認めていない。

厚労省は問題発覚を恐れて「事なかれ主義」の対応?

地裁判決を受け、7月15日、「市民の人権擁護の会」日本支部長の小倉謙(ゆずる)氏と西前弁護士らは、「違法な医療保護入院の根絶のために徹底した法律と運用の改正」を求める要望書を厚労大臣に提出。
具体的には、「宇都宮病院に対する予告なしの立ち入り調査」「宇都宮病院に関する第三者調査委員会の設置」「医療法に基づく開設許可の取り消しと入院患者の転院」「A医師、B医師、C医師の医師免許に関する処分」の他、「全国の精神科病院への、予告なしの立ち入り検査」や「医療保護入院の必要性が認められない患者を、直ちに退院させること」などを求めた。
8月7日、厚労省は要望書への回答を提出した。しかし、小倉氏は「厚労省も栃木県庁も、判決をまったく読んでいない」と不満を語る。
「拉致監禁にあたる事例なのに、厚労省は事態の重大性を理解しておらず、驚いた。回答の内容も、『病院を指導・監督する責任は栃木県にある』としながらの官僚答弁だった」(小倉氏)
精神科病院に対しては、年に1回必ず実地指導が行われる。ただし、指導が入る1週間前には、病院側に予告がなされる運用になっている。つまり、問題が発生している場合にも、病院には隠ぺい工作を行う余地が与えられる。
「虐待が疑われる場合には無予告で検査していい、との規定も存在はするが、ここまでの事件になっても、まったくしようとしない。

『検査して問題が発覚したら対応しなければならないから、検査したくない』という、事なかれ主義の雰囲気が、ひしひしと伝わってくる」(小倉氏)

医療保護入院制度の悪用は以前から指摘されてきたが…

江口さんは「私は病気でもないのに、家族間のトラブルのため、強制入院ということになった」と語る。
「必要のない薬を飲まされることで、身体に障害を負わされた。医師が絶対にしてはいけない行為だ。(宇都宮病院の医師たちは)義務を怠った。
現在も苦しんでいるが、苦しんでいる顔を妻に見せても仕方がないから、健康になろうと努めている。
私の身体のことを最もよく知っているのは、離れて住んでいた長男ではなく、一緒に暮らしている妻だ。しかし息子は(医療保護入院について)妻に同意も求めなかった。そして、病院の方も、検査をすべきだった。故意に検査しなかったのかもしれないが…」(江口さん)
精神保健福祉法は2013年に改定され、その際、医療保護入院の同意要件も「3親等の扶養義務者」に拡大した。これにより医療保護入院制度が悪用・乱用される危険性は指摘されていたが、当時の田村憲久厚労大臣は「精神保健指定医が診察するから、むやみな入院は増えない」と答弁したという。
西前弁護士は、江口さんのケースでは裁判によって精神障害者であるとの診断は「違法」であったと認定されたが、多々生じている同様のケースについて、法律的には「適法」とされていることが問題だと指摘する。
「江口さんは認知症などまったくなく、むしろ高い認知機能をもつ方。
そういう方を、強制入院が必要なほどの精神障害者であると診断することが(裁判で違法だと認定されるまでは)適法である、ということが問題。
また、精神医療においては診断に科学的根拠がないことも、問題の大きな原因となっている。通常の医療では血液検査やレントゲン検査などに基づく根拠・数値が重要になるが、精神医療では担当医師の胸先三寸で診断されてしまう。
そして、そのような診断にもかかわらず、人を閉じ込めて、薬漬けにしてしまえる権限を医師が持っている」(西前弁護士)
1948年に制定された優生保護法や、1953年に制定されたらい予防法には違憲判決が出ている。西前弁護士は、1950年に制定された精神衛生法(現・精神保健福祉法)も、先の2つの法律と同じく「優生思想」に基づいていたものであると述べる。
「今後は、医療保護入院は憲法に違反している、という判断がされていくのではないか」(西前弁護士)
なお、弁護士JPニュース編集部は宇都宮病院にもコメントを求めたが、まだ返事はない(8月8日15時現在)。


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