
中止の理由は、例年、女性学生や留学生の参加が認められていなかったことについて京大側が「違法」と指摘し、保存会と協議を行っても意見が不一致のままになったことだ。
参加禁止の理由は「更衣室」や「研修の必要性」だが…
葵祭は「京都三大祭」のひとつ。賀茂御祖神社(下鴨神社)と賀茂別雷神社(上賀茂神社)の例祭であり、5月初旬からさまざまな行事(前儀)が行われ、5月15日には平安装束をまとった人々がおよそ8キロの距離を練り歩く「路頭の儀」が開催される。京大の男性学生たちは、毎年、白装束に身を包んだ「白丁(はくちょう)」役として参加してきた。「京都大学新聞」の報道(7月16日付)によると、従来の募集は保存会などからの希望を受けて京大が掲示していたという。
白丁姿の男性たち(terkey / PIXTA)
女性学生の参加を認めない理由として、保存会側は「5キログラム前後の調度品を携帯して約8キロメートルを歩くために体力を必要とする」「御所内で女性アルバイト専用の更衣室を確保できない」と主張したという。
一方、京大は、更衣室がない点を理由に女性学生を募集しないことは法律違反であると指摘。
また留学生について、京大は「日本語の指示が日本人学生と同程度に理解できる留学生」の受け入れを提案した。これに対し保存会側は、所作等の事前研修の必要があり、また研修に要する人員や費用を賄う余裕もないことから、募集を断念すると返答したという。
雇用における性別・国籍差別について定めた法律は?
そもそも、「祭のアルバイトに関して女性学生や留学生の参加が認められないことは違法である」という京大側の指摘は、法律的に見て、本当に正しいのだろうか。まず、「祭」という行事が宗教的・文化的な側面を持つことはいったん置いておき、通常のアルバイトにおいて、性別や国籍を理由にして応募に制限をかけることは違法なのだろうか。
労働法や差別の問題に詳しい杉山大介弁護士によると、就労における男女の性別に基づく取り扱いという点に関しては、男女雇用機会均等法によって規制されている。
具体的には、5条では「労働者の募集及び採用について、その性別にかかわりなく均等な機会を与える」ことが定められており、6条では労働者の性別を理由とした差別的取り扱いを禁止している。
また、労働基準法3条は「労働者の国籍、信条または社会的身分」を理由にした差別的取り扱いを禁止する。
「ただし、これらに違反した場合でも、事業者に対し何らかの罰を行政が課すというよりも、民事上、違法となって損害賠償が認められる、という位置付けになっています」(杉山弁護士)
京大新聞が京都労働局に問い合わせたところ、「宗教の特性上、男性のみを募集することは法律上認められるが、葵祭が該当するか否かは答えられない」としつつ「更衣室の有無は女性を募集しない理由にならない」との回答があったという。
また、留学生に関しては「所作の研修の必要性は個人による」とし、所作の研修を理由に外国人を排除する点には問題がある、とされている。
「平等」と「信教の自由」のバランス調整は必要だが…
たとえば多くの神社が募集している「巫女(みこ)」のアルバイトでは対象は女性学生のみとすることが一般的だが、「宗教の特性」と労働者の募集・採用の関係について、法律的にはどのように考えられるだろうか。杉山弁護士は、原則として男女平等に開かれる必要があるとしつつ、制限をする場合には「合理的な理由」が必要になる、と解説する。
「さらに、基本的には、平等に開かれるための『努力』もしなさい、という発想が加わります。
宗教の特性は、法律的にも、やむを得ないという理解が得られやすいものではあります。憲法では平等と同じように信教の自由も重要なもの、憲法上の価値がある人権として定められています
前者を優先して後者が減退することになる場合には、バランス調整が必須です。(男女雇用機会均等法などを根拠として)信じるやり方を変えろ、と求めるのは困難でしょう」(杉山弁護士)
一方で、京大も京都労働局も、女性を応募しない理由として保存会が「更衣室の確保ができないこと」を持ち出した点を批判している。ポイントとなるのは、女性に機会を開くための「努力」を保存会が怠っているという問題だ。
「更衣室や着替えに関しては、工夫の余地があります。究極的には着替えのための空間を用意すること自体は大して困難ではありません。
その空間の環境が(狭い、外から見られる可能性があるなどの理由で)嫌であるという女性は応募しなければいい、というくらいの位置付けを取ることは可能ですが、更衣室を確保できないというだけでは、平等の要請を上回るほどの理由にはならないでしょう」(杉山弁護士)
合理的な理由がなければ「外国人排除」は認められない
京都労働局は、保存会が留学生の参加を認めていない点については、「所作の研修を理由に外国人を排除する点には問題がある」と回答したという。研修の必要性は、個々の留学生の日本語能力の違いや日本文化への適応具合によって変わってくるためだ。他の神社の例を見てみると、新潟県新潟市の白山神社のホームページでは、8月8日から10日にかけて行われた「住吉祭 新潟まつり」のアルバイト募集に関して「留学生の参加も歓迎します。(日本語で日常会話が難しい方はお友達を誘っての参加をお願いします)」と記載していた。
また、京大新聞の取材に対し保存会側は「平安時代の行列と相違点が生まれてよいか保存会だけでは判断できないため、女性学生・留学生の雇用には市民全体の了解が必要」と回答したという。つまり、応募に制限をかけた背景には「更衣室」や「研修の必要性」の他の理由も存在していたことになる。
杉山弁護士も、留学生の制限に関して「研修の必要性」を持ち出した点については「合理的な理由があると説明しようと試みたけど、失敗しているということでしょうね」と語る。
「採用に当たって、業務に必要な最低限の日本語コミュニケーション能力は求めてもよいでしょう。しかし、留学生として日本に来ている外国人については、そのあたりの能力は基本的に満たされているように思います。
結局、検討不足のまま『研修の必要性』を持ち出しているために、実質的には『国籍』を理由にした排除に等しくなっていると思います。
そして、国籍を理由とした外国人排除であるとなってしまう限り、(労働基準法3条に違反するため)基本的に、認められる場合というのはなくなってきます。少なくとも私には、認められるケースをパッとは思いつくことはできません」(杉山弁護士)
今回の事例は、伝統的な「宗教の特性」と、現代社会における平等原則との間に生じるジレンマを映し出している。そして性別や国籍による制限が法的にどこまで許容されるのかという問題は、葵祭に限らず、全国各地の祭礼や地域行事にも関わってくる。
多様性の促進が求められる今、各地の神社や寺院などがどのような取り組みを進めていくのか、今後も注目していきたい。