生活保護基準引き下げ「違法」最高裁判決も…厚労省「謝罪」せず 当事者“蚊帳の外”のまま専門委「強行設置」に憤りの声
国が行った生活保護基準引き下げを違法だとした最高裁判決を受けて、厚労省は今後の対応を検討するため、有識者でつくる専門委員会を設置し8月13日、第1回会合を開催した。
しかし、裁判の原告となった生活保護受給者や支援者らは、謝罪すらないまま委員会が「頭越し」で設置されたとして怒りの声を上げるとともに、減額された基準の回復や減額分の遡及(そきゅう)支給などを盛り込んだ基本合意の早期締結を国に求めている。
(ライター・榎園哲哉)

「いのちのとりで」裁判のこれまで

「当事者の声を聴け」――。委員会の会合を前に、厚労省前では原告と支援者らが、ボードやマイクで訴えた。
厚労省は2013年8月から2015年4月にかけて、生活保護のうち生活費に相当する「生活扶助費」の基準額を平均6.5%引き下げた。
これに対し、受給者と支援する弁護士らは、基準額の引き下げは憲法25条が定める「生存権」の侵害にあたることなどを訴え、「いのちのとりで裁判全国アクション」を起こし、全国29地裁で提訴した。
このうち上告された大阪と愛知での訴訟について、最高裁第三小法廷(宇賀克也裁判長)は今年6月、「厚生労働大臣の判断に裁量権の範囲の逸脱またはその濫用があり、生活保護法3条、8条2項に違反して違法」として、保護変更決定処分の取り消しを命じる原告勝訴の判決を言い渡していた。

引き下げ基準の回復へ“具体策”語られず

専門委員会は、この最高裁判決からおよそ1か月半たってから設置された。
厚労省19階の共用会議室で行われた第1回会合は、報道陣に公開され、YouTubeでも配信されたが、原告らの現地参加は認められなかった。
委員会の冒頭、厚労省社会・援護局保護課の竹内尚也課長によって、行政法の専門家など、委員会を構成する9人の委員が紹介された。
【委員一覧(50音順、敬称略)】
岩村正彦(東京大名誉教授)委員長
太田匡彦(東京大大学院法学政治学研究科教授)
興津征雄(神戸大大学院法学研究科教授)
新保美香(明治学院大社会学部教授)
嵩さやか(東北大大学院法学研究科教授)
永田祐(同志社大社会学部教授)
別所俊一郎(早稲田大政治経済学術院教授)
村田啓子(立正大大学院経済学研究科教授)
若林緑(東北大大学院経済学研究科教授)
うち4人はオンラインで参加した。
事務局の厚労省職員から生活保護基準改定の経緯が説明され、岩村委員長から「最高裁判決をどう理解し、法的にどのように対応を考えればいいのか」と委員会の設立趣旨が語られた。
しかし、今後の具体的な対応については語られなかった。
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第1回専門委員会会合。左席が委託された委員(8月13日 厚労省/榎園哲哉)

原告側の不信と怒り

同委員会のメンバー9人のうち6人が、厚労省の下に置かれる従来の社会保障審議会(生活保護基準部会)から選ばれていることにも、原告らは不信感を募らせている。
「いのちのとりで裁判全国アクション」は前日(12日)、石破茂首相、福岡資麿厚労相宛てに、基本合意の締結を求める「声明」を発表。
その中で、原告らの意向を聞くことなく設置した専門委員会について、「全面解決に向けた協議を求めている私たちの頭越しに設置が強行されたことは極めて遺憾」と強く批判した。

さらに声明では、「最高裁判決により違法判断が確定している以上、違法とされた2013年から2015年にかけて行われた保護基準の改定を白紙撤回し、当該基準改定によって減額された保護費全額を遡及支給すべきことは明らかであり、いまさら専門委員会で改めて審理検討する必要はない」と訴えている。
同アクション事務局の田川英信さんは、「最高裁で違法とされ、元の(生活扶助)基準に戻っている。その差額を追加支給するという当然の決定のためだけに、どうしてこんなに時間がかかるのか」と憤る。
東京での訴訟を担当する黒岩哲彦弁護士も「(基準引き下げは)最高裁で断罪されている。違法だと言われた以上は元に戻すことが大前提だ」と力を込めた。

「速やかな結論へ最大限努力していく」

原告の中には、猛暑の中、電気代を節約するためにエアコンの温度を高め(28~9度)に設定し、「室内で熱中症にかかり、病院で点滴を受けた」という女性もいる。基準回復と遡及支給は受給者の命を守るためにも喫緊の課題だ。
一方で、遡及支給が決定すれば、生活保護制度利用者約200万人が対象となり、10年分に及ぶ支給作業で自治体の混乱も予想される。
委員会後の記者会見でも、今後の見通しや実務的な対応などについて記者から質問が相次いだが、竹内課長は「できるだけ速やかに(専門委として)結論を出せるよう、最大限努力していきたい」と答えるにとどめた。
専門委員会の次回2回目は、今月下旬に開催される予定だ。
■榎園哲哉
1965年鹿児島県鹿児島市生まれ。私立大学を中退後、中央大学法学部通信教育課程を6年かけ卒業。
東京タイムズ社、鹿児島新報社東京支社などでの勤務を経てフリーランスの編集記者・ライターとして独立。防衛ホーム新聞社(自衛隊専門紙発行)などで執筆、武道経験を生かし士道をテーマにした著書刊行も進めている。


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