あくまで個人間の色恋沙汰、個人のモラルの問題とされる「不倫」が、なぜこれほどまでに注目を浴びるのか。本連載では、不倫を単なる個人の問題としてではなく、「社会の問題」として考える。
第4回では、自己肯定感の補填、産後・不妊クライシス、夫婦関係の変化など不倫の背景にある多様な“動機”を整理する。(連載第1回はこちら/全5回)
※この記事は坂爪真吾氏による書籍『はじめての不倫学 「社会問題」として考える』(光文社)より一部抜粋・構成。
不倫の動機
世間で流布されている不倫の動機をタイプ別に分類すると、おおむね以下の通りになる。1.自己啓発・自己救済を目的とするタイプ
【市場価値確認】
男として・女としての市場価値を確認したいために不倫をする。若くして結婚した人に多い。価値を確認できれば満足なので、比較的短期間で終わることもしばしば。
【隣の芝生は青い】
隣の芝生(=友人・知人の配偶者)が青く(=魅力的に)見えるために不倫に乗り出す。結婚したての人に多く、「そんなに青くなかった」とわかっておさまる。
【中年の危機】
友人・知人の死や病気を契機にして、「本当にやりたいことをしたい」「後悔のないように生きたい」と思って不倫に乗り出す。
【カウンセラー探し】
自分の話を親身になって聞き、励ましてくれるカウンセラー的な相手を求めて不倫をする。セックスはあくまでオマケであることが多い。
【身代わり模索】
婚外恋愛で失恋してしまい、心のスキマを埋めてくれる身代わりを探して不倫をする。
2.パートナーとの関係変化を原因とするタイプ
【あてつけ】
パートナーに自分の性的要求を拒否されたり、性的嗜好を否定されたことが理由で不倫に乗り出す。
【ステップアップ】
昇進や起業などの社会的成功によって、パートナーとの価値観が合わなくなった際に、「自分にはもっとふさわしい相手がいるはず」という思いから不倫に乗り出す。
【自爆】
パートナーとの関係が行き詰まって、どうすればいいのかわからない、一度関係をリセットしたいという時に、あえてバレるように不倫をする。
【復讐】
浮気されたことへの仕返しとして不倫をする。多くの場合、罪悪感と自己嫌悪しか残らず、関わった全員が不幸になる。
【純粋な浮気】
今のパートナーよりも魅力的な相手に出会い、惚れてしまったことで起こる。
……などなど、一応こうした後付け的な解説やもっともらしい分類はできるが、実際はより多様で複雑である。複数のタイプが入り混じる場合もあり、「なぜ自分がそんなことをやっているのかわからない」という自覚困難なケースも多い。
そもそも、これらを同じ「不倫」という言葉で乱暴にまとめて呼んでしまっていいのかどうかもわからない。私たちの社会は、婚外の恋愛関係・性的関係を表現するための語彙を十分に持ち合わせていないのだ。
例えば、英語には「異性に対して、恋心を匂わせるような、思わせぶりな態度(視線、声掛け、ボディタッチなど)をとる」という意味の「flirt (フラート)」という言葉があるが、この言葉は日本語に極めて訳しづらい。
不倫に対する後付け的な解説や分類は、雑誌の特集記事のネタにはなっても、当事者の問題解決のためにはあまり役立たないので、本連載では割愛する。不倫の背景には、本人自身にも認識・理解・制御できない多様な理由がある、ということがわかればそれでいい。
不倫の引き金になる産後クライシス
不倫の発生時期に関する正確な統計は存在しないので、離婚に関する統計を元に推論してみよう。厚生労働省の「離婚に関する統計」によれば、夫は30代前半~30代後半、妻は20代後半~30代前半で離婚をするケースが多い。親権者の年齢と子どもの学年をみると、「20代から30代前半の女性」と「小学校入学前の子」の組み合わせが多くなっている。つまり、妻が未就学の乳幼児を抱えて離婚、というケースが多い。
離婚は、子どもが0歳~2歳児の時に最も発生しやすい。司法統計年報をみても、異性関係は離婚原因の多くを占める。
産後ケアを行っているNPO法人マドレボニータの発行している「産後白書」によると、世間的に「夫婦ともに幸せでいっぱい」と考えられている産前産後の時期に、実は夫婦不和やDVといった、離婚の直接的・間接的な引き金になるようなトラブルが頻発する。いわゆる「産後クライシス」だ。
産前産後の女性に対するケアの必要性は、国の政策の中でも主張されるようになってきたが、「産前産後の妻を持つ夫の性」に対する社会的な理解や支援は皆無である。
夫の立場からすると、妻の妊娠中から産後にかけては、セックスできない、したくても切り出せない、勇気を出して切り出しても断られる場合が多いため、そこから浮気や不倫に発展してしまうケースもある。
「妊娠中に夫の浮気を防ぐにはどうすればいいか」という問いに関して、昔から多くの回答や指南書が出されているように、妻の産前産後は、実は男性のライフコースの中において、思春期と並んで最も性的にも精神的にも追い詰められがちな時期になる。
自分が「夫」から「父親」に変わっていくこと、パートナーが「妻」から「母親」に変わっていくことを精神的・性的に受け入れることは、実は容易ではない。
予防策のない不妊クライシス
産後クライシスと並び、夫婦関係を破壊する可能性のある要因は「不妊クライシス」である。不倫と不妊の共通点は、「完全な予防策がない」ということだ。不妊の約3割は、原因がわからない「原因不明不妊」である。不妊治療は、産婦人科にとってはリスクの少ない「ドル箱産業」と揶揄されているが、当事者の夫婦にとっては多くの金銭的・時間的負担と、それを上回る精神的負担がのしかかる。妊娠目的の性生活自体が苦痛になることもあり、そこから夫婦不和が引き起こされるケースも後を絶たない。
不妊と不倫の共通点は、それを語るための語彙が極めて貧困であることだ。子どもが一定期間できないだけで、一足飛びに「病気」「患者」扱いされてしまう。医学的な理由だけが原因ではないのに、医学的な相談機関という選択肢しかないために、あらゆる問題が一括して「医療化」されてしまう。
不倫も、その背景には様々な事情があるのに、問答無用で「不貞行為」「モラル破綻者」扱いされてしまう。同じ行為でも、故意の場合と過失の場合、本気の場合と遊びの場合、夫婦仲が良い場合と悪い場合では、内容は全く異なる。
問題の把握のために、まず適切なカテゴリー区分を行い、それぞれの語彙を増やすことが大切だろう。