
また、15日には福岡資麿厚労大臣が定例記者会見で最高裁判決に触れ、「真摯(しんし)に反省する」と述べた。18日には第1回会合後初めて、原告代表らが厚労省に対して交渉を行った。
しかし、引き下げられた基準の回復、差額の遡及(そきゅう)支給を含む今後の道筋は明らかになっておらず、原告らは「司法判断を行政が履行しないのではないか」と不信感を募らせている。(ライター・榎園哲哉)
「司法」判断出されるも進まぬ「行政」の取り組み
2013年8月から2015年4月にかけて、厚労省は生活保護のうちの食費など生活に直結する「生活扶助費」の基準額を平均6.5%引き下げた。原告と支援する弁護士らによる「いのちのとりで裁判全国アクション」は、基準額の引き下げは憲法25条が定める「生存権」の侵害にあたるとして、2014年以降、全国29地裁で31の訴訟を提起した。
43の下級審判決(地裁31、高裁12)のうち、上告された大阪と愛知の二つの訴訟について最高裁第三小法廷(宇賀克也裁判長)は6月27日、保護変更決定処分の取り消しを命じる原告側勝訴の判決を言い渡した。
最高裁判決は、すべての生活保護受給者(約200万人、2025年2月現在)に影響し、遡及支給となった場合の支給総額は4000億円を超えるとも推計される。2013年以降、受給者の居住地や世帯数が変わっている場合もあり、自治体の支給窓口では膨大な事務作業が予想されている。
しかし、国・厚労省はいまだ具体的な見通しを明らかにしていない。
福岡大臣「真摯に反省」「速やかに進めていく」
8月15日に開かれた定例記者会見で、福岡大臣は専門委員会の第1回会合と原告らへの謝罪・遡及支給について問われ、次のように述べた。「(最高裁判決を受け)生活保護行政を所管する厚生労働省として真摯に反省し、その上で、判決の趣旨及び内容を踏まえた今後の対応の在り方について、専門家にご議論いただく場として、(厚労省の)生活保護基準部会の下に専門委員会を設置したところです。
8月下旬以降、複数回開催し、この中で原告関係者からのご意見を伺った上で、できるだけ速やかに専門委員会としての結論をいただけるように進めていきたい」
「司法の判断を厚労省・行政が“履行”しないのではないか」原告らの疑念
一方、「いのちのとりで裁判全国アクション」の原告・弁護団からは、同省の対応に疑問の声が相次いでいる。18日の厚労省との交渉では、参加した約30人の原告・弁護士を代表して、かつて自らも厚生省(当時)職員だった尾藤廣喜弁護士が、専門委員会の設立に触れ、「(設立は)全く聞かされていなかった。われわれの意見がどう反映されるかの保証もない」と不信感を伝えた。
厚労省交渉に臨んだ尾藤弁護士(中央)ら(8月18日 厚労省/榎園哲哉)
これに対し厚労省幹部は、「今後、複数回の専門委員会の開催を予定しており、原告・関係者の皆さまからご意見を直接お伺いする機会を設けたいと考えております」と答えた。
原告・弁護団は、専門委員会の第1回会合の前日、石破茂総理大臣と福岡大臣宛てに声明を発表。
その中で、「最高裁判決により違法判断が確定している以上、違法とされた2013年から2015年にかけて行われた保護基準の改定を白紙撤回し、当該基準改定によって減額された保護費全額を遡及支給すべきことは明らかであり、今さら専門委員会で改めて審理検討する必要はない」と原告としての意見を明らかにしていた。
交渉後に行われた記者会見で、同アクション事務局長を務める小久保哲郎弁護士は、これまで原告の訴えを無視し続ける厚労省側の姿勢を批判。
「最高裁、司法の判断を厚労省・行政が“履行”しないのではないか」と疑念も口にした。
弁護士「手続き上の違法ではなく実体法上の違法だ」
小久保弁護士によれば、第1回専門委で委員に配られた資料には「最高裁は手続きを違法としただけで、引き下げ自体は違法とされていない。手続き(専門委の審議)をやり直せば、改めて引き下げてもよい」とする同省内の意見が採り上げられていたという。これに対し、「引き下げが『健康で文化的な生活水準を維持すること』などを定めた生活保護法3条、8条2項に反していることは明らかで、単なる手続き上の違法ではなく実体法上の違法だ」(小久保弁護士)と改めて強調した。
また、最高裁判決で5人の裁判官が一致して「違法」とした「デフレ調整」(※)に代わって、全国消費実態調査(当時)を引き下げの根拠としようとしている意見があることについても、「別の理由を持ち出して(生活保護基準の)減額の正当化をもくろんでいるのではないかという疑いも生じる」(同)と警戒心を示した。
※国は2008~11年に物価が下落したことで、その分可処分所得が増えたとして、基準額引き下げの根拠とした。これに対し最高裁は、そもそも物価の変動率だけを引き下げの指標にした判断は、専門的知見との整合性を欠くなどとして、違法性を認めた。
原告「一般の民事訴訟であれば資産差し押さえもあるのに…」
生活保護に収入を頼る受給者たちにとって、数千円以上も基準額が引き下げられた過酷な状態が続いている。生活保護受給者の多く(※)が働けない人たち、働いても収入が最低限の生活を送るには満たない人たちだ。
※世帯類型別構成割合は高齢者世帯約56%、母子世帯約4%、障害者・傷病者世帯約25%、その他世帯約15%(2022年3月、厚労省調査)
電気代節約のため、エアコンの設定温度を高め(28~9度)にする。
病気により就労ができない高橋史帆さん(神奈川県在住)は、「基準額が引き下げられた世帯では子どもたちが飢え、高齢者が熱中症に倒れている」と述べ、こう強く訴えた。
「(最高裁判決は)裁判所の命令だ。一般の民事訴訟であれば、資産の差し押さえが強制執行されているはずで、(今の状況は)司法が行政に軽視されていると感じる」
■榎園哲哉
1965年鹿児島県鹿児島市生まれ。私立大学を中退後、中央大学法学部通信教育課程を6年かけ卒業。東京タイムズ社、鹿児島新報社東京支社などでの勤務を経てフリーランスの編集記者・ライターとして独立。防衛ホーム新聞社(自衛隊専門紙発行)などで執筆、武道経験を生かし士道をテーマにした著書刊行も進めている。