「Googleマップ」の“履歴”から「月173時間」時間外労働を立証 元工場長の過労死が認定される
東京都内の工場で働いていた男性(当時65歳)が2022年に自死した問題で、青梅労働基準監督署は長時間労働による過労自殺として労災認定した(7月28日付)。
本件の特徴は、遺族側が位置情報アプリ「Googleマップ」の移動履歴を活用し、時間外労働時間数を立証したこと。
近年、労災認定における実労働時間の立証は被災者・遺族側にとって不利に働く傾向にあったところ、今回の認定には大きな意義があると代理人弁護士らは強調する。

コロナ禍が原因で大量の受注、激務に

被災者の男性は株式会社「サカモト・ダイテム」(東京都目黒区)の事業所(東京都福生市)で60歳まで「工場長」として働き、定年退職の後も「工程長」として再雇用され同事業所で働いていた。同社はプラスチック形成の金型やモールドベース(金型の外周部を構成する部品)を製造している。
男性は工場長の頃から、金型やモールドベースなどの製品の受注、設計、製作、検品、出荷のすべてに責任を負っていた。工程長となった後も業務の内容にほとんど変化はなく、引き続き受注から出荷までのすべてに責任を負っていたという。
新型コロナウイルスの流行を受け生産拠点が海外から国内に転換したことに伴い、2022年4月、事業所に大量の受注が発生。男性は激務を強いられることになり、休日出勤も増加。
5月半ば頃には「疲れた」「受注が多すぎる」「納期が近い」などと家族に訴えるようになっていた男性は、5月24日、自宅で縊死(いし)した。
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会見を開いた尾林弁護士(左)、白神弁護士(右)(8月20日都内/弁護士JPニュース編集部)

GPSの履歴を活用して時間外労働時間数を立証

会社側は男性の時間外労働時間数を管理していなかった。また、8月20日に都内で会見を開いた遺族側代理人の白神優理子弁護士によると、会社側が提出した証拠には「出勤」と「退勤」の欄がそれぞれ1日に2つずつあるなどの不自然な点があり、労働時間を過小評価する内容であったという。
一方、男性は、スマホなどデバイスの物理的な移動の履歴をGPS(人工衛星を利用した全地球測位システム)に基づき記録する、Googleマップの「タイムライン」機能をオンにしていた。そして、この履歴により、男性が事業所内に滞在していた時間を測定することが可能に。
遺族側はタイムラインの履歴を印刷して労基署に提出。4月24日から5月23日の1か月間における時間外労働時間数が173時間23分と認定され、業務に起因する死亡と認められ労災保険給付の支給が決定した。

男性の娘は会見には参加しなかったが、白神弁護士を通じて以下のコメントを残した。
「この度父の長時間労働と死亡の関連が認められ、労災となって安堵(あんど)しております。長年働いてきた父も、退職後は夫婦で旅行に行ったり、大好きな孫と遊んだり、やりたいことはたくさんあったはずなのに、何もかなわないままだった父の気持ちを考えると胸が痛いです。
会社は、長時間労働をしていた事実を認め、今後は従業員の安全や健康を第一に考える会社になってほしいと願います」

労働時間の立証は被災者側にとって不利な傾向にあるが…

白神弁護士と、同じく代理人を務めた尾林芳匡弁護士は、過労死の案件を多く扱ってきている。そして、最近の労災認定行政では、労働時間数の算定にあたって、始業・終業の時間のみならず「勤務時間のうち、実際に労働をしていた時間はどれだけか」の立証も求める傾向にあるという。
しかし、たとえばシステムエンジニアなど秘密保持のために家族にも業務内容を明かせないような職種の場合、過労死した被災者の遺族が労働時間数を立証することは困難になる。実際に立証ができず不支給になった事例もあり、被災者・遺族側にとって不利な運用がされてきたなか、位置情報の記録が証拠として認められた本件は意義あるものだという。
尾林弁護士は「始まりと終わりだけでなく、合間に何をしていたかまでをも求められるのは、労災認定にとって非常に有害な影響。私も腹を立ててきた」と語る。
「勤務時間の中身まで証拠を求めようとすると、(労基署や労働局による)調査にも時間がかかってしまうから、(このような運用は)止めるべきだということは何度も厚労省に申し立ててきた」(尾林弁護士)
なお、位置情報が証拠として用いられるという情報は、全国の過労死弁護団の間で共有されてきたという。ただし、そもそもGoogleマップのタイムライン機能をオンにするなどして位置情報の履歴を記録している人は少ないために、証拠として採用できたケースは限られている。
特に外回りを行う営業職の労働時間を立証するうえでは、位置情報アプリは有効な証拠と認められてきた。
そして、同一の事業所内における労働時間の立証にも有効と認められた本件は意義深い先例であると、代理人弁護士らは強調した。
なお、弁護士JPニュース編集部はサカモト・ダイテムにもコメントを求めたが、まだ返事はない(8月21日10時30分現在)。


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