テニスの錦織圭選手が、モデル女性との2年半にわたる不倫を週刊文春に報じられ、謝罪文を発表。女優の永野芽郁さんと俳優の田中圭さんによる不倫疑惑では、両者は「友人関係」と否定したが、週刊誌がLINEトークの一部を掲載し、疑惑はくすぶり続けている。

あくまで個人間の色恋沙汰、個人のモラルの問題とされる「不倫」が、なぜこれほどまでに注目を浴びるのか。本連載では、不倫を単なる個人の問題としてではなく、「社会の問題」として考える。
最終回である今回は、不倫によってもたらされるリスクと損失を、個人、家庭、職場、そして次世代へと波及する“社会的コスト”という視点から総ざらいする。(連載第1回はこちら/全5回)
※この記事は坂爪真吾氏による書籍『はじめての不倫学 「社会問題」として考える』(光文社)より一部抜粋・構成。

なぜ不倫を防止する必要があるのか

多くの方は、「たかが不倫、そこまで怖がらなくても」「パートナーにバレないようにやれば、大丈夫でしょう」と思うかもしれない。そこで法律的・倫理的な理由以外に「なぜ不倫を防止する必要があるのか」を再確認したい。
第1の理由は、単純な話だが高確率で周囲にバレるからだ。多くの場合、不倫は誰にとっても初体験であり、隠すための訓練もしていなければ、道を踏み外さないための作法も学んでいない。
当たり前のことだが、自分の感情と行動、そして相手の感情と行動の双方を自分の意思だけで100%都合よくコントロールすることはできない。百人一首の「しのぶれど色に出でにけりわが恋は物や思ふと人の問ふまで」ではないが、小中学生の初恋が周囲のクラスメートにバレバレになるのと同じで、職場でも家庭でも初心者の不倫はすぐ気づかれる。
特に男性の不倫は極めてバレやすい。靴下を裏返しに穿いて帰宅してしまうなど、妻から見れば一発で気づくような目も当てられないミスを犯してしまう夫は枚挙に遑(いとま)がない。
多くの場合、不倫が発覚した瞬間に、これまでのパートナーとの間に築かれていた信頼関係は一瞬で失われ、関係は一気に冷え込む。
信頼していたパートナーに裏切られたことによる精神的な傷は、その後何年も、場合によっては何十年も尾を引くことがある。
関係破綻や離婚に至らない場合でも、パートナーから生涯にわたって「あの時あなたは私を裏切った」と、延々と嫌味を言われる羽目になるだろう。配偶者がもう二度と不倫しないよう監視することが、その後の結婚生活を続ける唯一の目的になってしまう場合もある。上司と部下の職場不倫の場合、職場の士気も大いに下がってしまうはずだ。
さらに、抱えている秘密や罪悪感の重さに耐えきれず、自分からパートナーに不倫の事実を吐露してしまうこともある。
アダルトビデオに出演した経験のある女性から聞いた話だが、その事実が周囲にバレてしまう理由の1つは、「本人が自らバラしてしまうから」だそうだ。性的に後ろめたいことをしている人は、罪悪感に加えて、「今の自分が置かれている複雑な立場と気持ちをわかってほしい」という思いもあるため、矛盾した行動をとってしまう傾向がある。
不倫を隠し通すためには、「バレないように」振る舞うだけでなく、「バラさないように」自制する必要性もあり、心身の負担は大きくなる。

親の「不倫」が子どもへもたらす影響

第2の理由は、不倫後、仮に現在のパートナーと別れて不倫相手と結婚しても大半はうまくいかないからである。うまくいくのは25%で、75%は結局別れるというデータもある。本当に家庭を捨ててしまうと、不倫相手から逆に引かれて別れを告げられてしまう場合もある。
特に男性の場合、現在の妻の支えがあってはじめて「男としての魅力」が出るケースもあるので、別れた時点で輝きが失われ、その後の関係が続かないケースもある。あくまでも家庭あっての不倫なのだ。

配偶者への不満や、現状からの逃避目的で不倫をしても、結局関わった全員が不幸になるだけという可能性が高い。
第3の理由は、子どもにも「感染」するからである。不倫は当事者に多大なダメージを与えるだけでなく、子どものメンタル面や将来にも大きな影響を与える。
両親が不倫で悩んでいる家庭では、子どもにも“不倫ウイルス”が「感染」するリスクがある。成人後、親と同じように浮気や不倫の問題を抱えてしまい、そこから家庭が破綻し、不幸の世代間連鎖、貧困の世襲が起こる場合もある。ひとり親家庭で育った子どもが成人後、同じようにひとり親家庭を築く例は少なくない。不倫を防止することは、子どもの未来を守ることにもつながる。

「不倫未遂」の地獄と「脳内不倫」のリスク

第4の理由は、実際に不倫まで踏み込まなくても、「不倫未遂」が起こり得るからである。
ここでいう不倫未遂とは、「配偶者以外の相手に恋をしてしまい、仕事が手につかず苦しんでいる」状態や「配偶者以外の相手に恋をしてしまい、悩み苦しんだ末に告白したものの振られてしまい、失恋のショックとパートナーへの罪悪感で二重に苦しんでいる」といった状態を指す。
自殺対策の世界では、自殺者の背後には少なくともその倍以上の数の自殺未遂者がいると推定されている。不倫に関しても同様で、不倫で苦しんでいる人の背景には、その何倍もの数の不倫未遂者が同じように悩み、苦しみ、もがいていると推測される。
特に男性の場合、さらに危険な「脳内不倫」というパターンがある。
男性本人にとっては純粋な恋愛、あるいは不倫のつもりでも、女性側からすれば、勘違いした既婚上司からの単なるセクハラにすぎない、というケースだ。
セクハラだけに留まらず、性暴力やストーカーに発展することもある。
『壊れる男たち――セクハラはなぜ繰り返されるのか――』(金子雅臣、岩波書店)では、部下の女性に対して性暴力まがいのセクハラをした男性上司たちが「自分に好意を持っているはずの彼女が、この程度のことでなぜ役所に訴えるのか理解できない」「自分は彼女をデートに誘っただけで、何もしていない。彼女は自分の誘いに喜んでついてきたのだ」と本気で訴える様子が詳細に描かれている。

現実を破壊する「脳内不倫」の社会的損失

同書では、妻子のいる既婚者であり、社内でも責任ある立場にいる中高年の男性たちが、秘書や派遣社員の女性に対して一方的に好意を寄せて、手を握ってきたり、後ろから抱きついたり、ラブレターをしたためたり、相合傘を要求したり、毎晩自宅に電話をかけてきたり……といった、目も当てられないような言動を取るようになる。
「それはセクハラです」と第三者から詰問されると、彼らは口を揃えて「自由恋愛だ」「同意の上での不倫だ」「誘ってきたのは女性の側からだ」「彼女が望んでいることは、言葉で言わなくても、雰囲気や仕草、態度でわかった」と、悪びれもせずに語る。
「女性はきちんと拒否や抵抗をしたじゃないですか」と言うと、「本心からの抵抗だとは思わなかった」「強い拒否はなかった」と言い訳をする。最終的に、女性本人から直接「合意は一切なかった」と否定され、訴えられたりしても、「あれは合意だったはずだ」「間違いなく合意だったのに」と、「合意」という言葉を念仏のように繰り返すだけ。
つまり、「被害者」である女性を「両想いの恋人」と完全に思い込んでいるのだ。「脳内不倫フィルター」を経由すると、部下の女性の嫌がる言動も全て「OKサイン」あるいは「男女の駆け引き」に見えてしまうらしい。
独身女性や離婚経験のある女性は、職場の上司による脳内不倫の被害に遭いがちである。脳内不倫が第三者からセクハラ認定された場合、男性本人は社会的地位や家庭生活の全てを失うリスクがある。
役員や経営者の不倫問題は後を絶たないが、優秀な社内エリートや不世出の起業家が、不倫に付随する家庭問題で精神的に潰れてしまったり、脳内不倫が理由のセクハラで社会の表舞台から姿を消してしまうのは大いなる社会的損失だろう。

すなわち、“不倫ウイルス”に対する感染予防策は、不倫の当事者のみならず、社会の中で生活する全ての人が自衛策や保険として学ぶべき内容だと言える。


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