
同社が全社員を対象としたリモートワークへ移行したのは2020年10月(当時の社名はヤフー)。恒久的な制度として、約95%の社員が「ほぼフルリモート」となり、リモートワーク先進企業として注目を集め、「原則出社」が常識のそれまでの働き方に一石を投じた。
「180度に近い方針転換」に法的問題はないのか
あれから約5年。同社は出社回帰を打ち出し、今年4月からは「週1回」や「月1回」での出社も求め、‟フルリモート”を原則廃止している。一度は全社的にテレワークを推奨していたものの、大幅な方針転換となることから社員の反発は少なくなく、労使間のあつれきも生じているという。こうしたケースで、企業の「出社強制」は法的に問題ないのか。労働問題に詳しい向井蘭弁護士に聞いた。
「原則として、企業は労働契約に基づき、従業員の勤務場所を決定する権利(業務命令権・配転命令権)を有しています。したがって、労働契約や就業規則に勤務場所が特定の事業所と定められている場合、企業は従業員に出社を命じることができます」
そのうえで向井弁護士は、勤務場所の限定合意の有無によって対応は変わると補足する。
「もしも、採用時に『勤務場所は自宅とする』『フルリモート勤務とする』といった明確な合意(労働契約書への記載など)がある場合、それは『勤務場所の限定合意』と解釈される可能性が高くなります。この場合、企業が一方的に出社を義務付けることは契約違反となり、従業員の個別的な同意がなければ強制できません。
一方、明確な合意がないまま、コロナ禍等の事情で暫定的にテレワークが導入された場合は、業務上の必要性があれば、出社を命じることは可能です。ただし、不利益を軽減するためにフルリモートを前提とした経済的負担(通勤の負担、転居費用など)は補填(ほてん)せざるをえないかもしれません。
フルリモート全盛当時、同社子会社に勤務していた元社員のYさんによると、「既成事実として親会社がフルリモートの会社として知られてはいたと思いますし、それを理由に入社した人もいたと思います。ただ、社員と会社側で“明確な合意”はなかった記憶です」と証言。
現実的にも、社員がフルリモートのための「合意」を会社側とするとは考えづらく、会社の方針には基本、従う必要がありそうだ。
労使交渉の争点は?
では、今後、労使が溝を埋める話し合いを進めるなかで、どのあたりが争点となっていくのか。「出社(勤務場所)に関する具体的なルールは、まず個別の『労働契約』や会社のルールブックである『就業規則』で定められます。これらはもちろん、最低基準を定める『労働基準法』などの法令に違反することはできません。
また、労働組合との交渉を経て締結された『労働協約』は、就業規則や労働契約よりも優先される非常に強い法的拘束力を持ちます(労働組合法16条)。したがって、労働協約でテレワークに関するルールを定めた場合、企業はそれに従う義務を負います。
LINEヤフーの事例のように労働組合が反発している場合、労使交渉の末に労働協約が締結されれば、その内容が今後の働き方の基準となります」(向井弁護士)
日経新聞によれば、同社は26年4月から全社員に原則週3日程度の出社を求める方針という。これが事実だとすれば、フルリモートに魅力を感じて入社した社員にとっては「話が違う」と言いたくなるほどの方針転換といえ、この辺りをどうすり合わせ、詰めていくかが、ひとつの争点となりそうだ。
フルリモートは「生産性が高い」のか…
「フルリモート勤務」と「完全出社勤務」の比較については、株式会社プロフェッショナルバンクのHR研究所が4月に興味深い意識調査を実施している。働き方3様態の満足度調査の結果(プロフェッショナルバンク調べ)
1075人の会社員を対象にしたアンケート調査で、「フルリモート」「完全出社」「ハイブリッド」の3様態の働き方の満足度などを比較。それによると、「フルリモート」は「非常に満足」(51%)「やや満足」(39.4%)を合わせて90.4%、「完全出社」は同73.3%、「ハイブリッド」は同84.7%だった。
「フルリモート」の回答者では「非常に満足」が過半数を占め、他2つより突出している。
営利を求める企業にとっては、突き詰めれば「どちらの働き方が生産性が高いか」が全て。同社の場合、もともとはフルリモートでも生産性は維持され、加えて、家族らとの時間をとりやすくなることなども踏まえて総合的にメリットが大きいと判断し、導入した経緯がある。
方針転換の裏には、期待したような生産性が生まれていないという実態もあるのかもしれない。ただ、そうであれば、労使交渉のテーブルで、フルリモートが生産性向上に十分に寄与できていないことなどの因果関係を証明する客観的証拠の提示が求められて当然だ。
「企業側は、制度変更の必要性を客観的なデータに基づいて丁寧に説明する『説明責任』を果たすことが不可欠です。一方的に決定するのではなく、従業員の意見を聞く場を設け、変更に伴う不利益を緩和する代替案(時差出勤、子の看護休暇の拡充、各種手当の見直しなど)を積極的に提示し、納得感のある着地点を探る姿勢が求められます」(向井弁護士)
このままフルリモートは縮小していくのか
フルリモートか、完全出社か、それともハイブリッドか――。コロナ禍を経て、日本の働き方としてようやく定着しつつあったフルリモート。GAFAなどのメガ企業がリモート推奨から一転、出社回帰へなびいた世界的潮流もある。日本のフルリモートはこのまま出社回帰の波に飲まれ、再び、災害などの臨時対応並みに縮小されるのか…。多くの労使交渉を見届けてきた向井弁護士は次のように見解を示した。
「コロナ禍という外的要因で半ば強制的に始まったリモートワークのフェーズが終わり、いま、多くの企業が『自社にとって本当に価値のある働き方とは何か』を再定義する、いわば“働き方の見直しフェーズ”に入ったと私は捉えています。
重要なのは、『出社か、リモートか』という二元論で語るのではなく、自社の事業戦略や企業文化、そして従業員満足度をいかにして両立させるかという視点です。
今回のLINEヤフー社の事例は、一度従業員に認められた柔軟な働き方を、経営上の方針転換によって見直す際に生じる典型的な摩擦と言えます。この問題の着地点は、今後の日本の『働き方』の行方を占う上で、ひとつの試金石となると思います。
最終的には、従業員一人ひとりの価値観が多様化し、人材の流動性が高まる社会において、企業が持続的に成長するためには、労使が真摯(しんし)に対話し、双方が納得できる柔軟な労働環境を構築していく努力が不可欠であると考えます」
<リモートワーク導入企業の主な動き> NTT、ソニーなど、引き続き、リモートワークを推進する企業もある一方で、楽天やGMOインターネットグループなどは原則的に出社とし、オフィス回帰を促進している。その理由はやはり、「コミュニケーションの円滑化」となっている。