
こう忠告するのは、7月に出版された「財産の『奪い合い・押し付け合い』を未然に防ぐ 50代から始める終活『争族・不動産』対策」(幻冬舎ゴールドオンライン)の著者であり、行政書士平田総合法務事務所/不動産法務総研代表の平田康人氏だ。
決して、いたずらにあおっているわけではない。
実際、家庭裁判所に持ち込まれる相続争いの約75%は遺産5000万円以下。金額の大小にかかわらず、もめる火種はくすぶっているのだ。
なぜ普通の家庭がもめるのか
では、なぜごく普通の家庭でも相続トラブルが発生しやすいのか。平田氏はその要因として次の4つを指摘する。(1)遺産の大半が不動産であり、不動産は分けにくいこと
(2)家族間のコミュニケーション不足と不信感の蓄積
(3)「うちの家族はもめない」という思い込みによる準備不足
(4)財産の把握不足と遺産分割の不明確さ
このうち、意外に軽視されがちな(1)について、平田氏が解説する。
相続財産の金額構成比の推移(出典:国税庁ホームページ)
「一般的な家庭でもたいていは故郷に実家があると思います。そのことから自明のように、相続財産に占める不動産の割合は、国税庁が公表した『令和5年分相続税の申告事績の概要(令和6年12月発表)』によると36.5%(8兆2877億円)と高く、約4割近くに達します。
不動産は現金のように容易に分割できない特性を持つため、遺産分割が困難で、公平感が生まれにくい傾向があります。特に、長男が実家を相続し、他の兄弟が納得できないといった事例もよく見られます」
逆のケースとして、仮に長男が相続せず、別のきょうだいが実家を引き継ぐにしても、思った以上に価値が低く、さらに維持費や修繕費などで予想以上の出費を強いられるケースも珍しくないという。
価値のない不動産の処分法・不動産瑕疵の注意点
どう転んでも、トラブルが生じやすい不動産が絡む相続。どのように対処すれば、リスクを最小化できるのか。平田氏が指南する。「前述のように不動産は相続財産の約4割を占めるので、その取り扱いが争族対策の鍵となります。
そこで、話し合いの前にまず、相続財産に含まれる不動産の正しい価値や状況を把握することが重要です。これにより、売却、相続、相続放棄、賃貸など、損をしない選択ができるようになります。価値や状況が明確になれば、相続人間の話し合いもスムーズに進み、トラブルに発展しにくくなります。
当たり前のように思われますが、いざ相続となると、そうしたプロセスがすっぽり飛ばされて、遺産分割協議が進められてしまうケースが非常に多いのです」
※本来あるべき品質や数量を有していないなどの欠点や欠陥。
万一、そうやって「とりあえず相続」してしまうと後に大きな代償があると、平田氏は指摘する。
「とりあえずで相続すると、数百万円単位で損をする可能性があります。
たとえば税金だと、空き家の譲渡所得の特例により、一定条件を満たすことで相続不動産を売却して利益が出た場合、原則譲渡所得税の3000万円控除特例が適用されますが、特例で定めた期限を過ぎるなど適用要件を満たさない場合は、多額の税金が発生する可能性があります。
維持費も、放置された空き家なら急速に劣化が進み、資産価値が下がります。住まない間も固定資産税はかかり続け、『特定空き家』に指定されると固定資産税が最大6倍になるリスクもあります。
空き家の放置はゴミや害虫などによる近隣トラブルの原因となることもあります」
こうしたことを見越して紛争を防ぐためには、思い切って生前に不動産を処分し、金融資産に換えるのも一つの方法という。金融資産なら、分け合うことも比較的容易だからだ。
不要な土地を子どもに遺(のこ)さないための最終手段として、国が有料で引き取る「相続土地国庫帰属制度」もある。ただし、この制度には「引き取れない土地の要件」が厳しく定められており、時間や費用をかけても却下される可能性があるため、要件の確認と専門家による事前の見通しが重要となる。
不動産瑕疵という‟落とし穴”
不動産というだけで、‟争族化”するポイントが山積するが、さらに盲点となりがちなのが、不動産の瑕疵だ。「うちの実家は価値はない」と‟負動産”としてある程度認知する人はいても、瑕疵は表面上はわからないだけに放置されがち。相続後に判明すると、大きなトラブルに発展する可能性もあり、「要注意事項です」と平田氏も力を込める。
「遺産分割によって瑕疵のある財産を取得した相続人がいた場合、その損失分を他の相続人全員が具体的相続分の割合で負担する『共同相続人間の担保責任』という制度があります。事前にわかりづらく、専門知識も必要になるため、見落とされることも非常に多いです」
具体的にどんな不動産の瑕疵があるのか。平田氏は以下のような例を示した。
- 前面道路の幅員と種類が建築基準法上の規定を満たしていない
- 接道義務を満たしておらず、再建築ができない
- 隣地との境界線が曖昧であり、将来の境界紛争で土地面積が減少する可能性がある
- 隣地からの越境により取得時効の期間が満了し、部分的に土地所有権を喪失する可能性がある
不動産や建築関連の法律知識がなければ、事前調査するにしても、そもそも目が行き届かない、まさに盲点といえる事例だろう。‟ごく一般的な家庭”ならなおさら、そうしたことも深く考えることなく、「とりあえず」相続してしまっても不思議はないかもしれない…。
「多くの場合、これらの瑕疵は、相続後に売却を依頼した不動産会社の調査時に判明し、瑕疵を考慮することで売値が相場より低くなり、瑕疵のある不動産を相続した本人は、この時点で『本来あるべき価値がなかった』ことを知ることになります」(平田氏)
不動産瑕疵で後々もめないために
対策として平田氏は次のようにアドバイスする。「事前の詳細な不動産調査は可能な限りやるべきです。
遺言書での対応も欠かせません。不動産の状況を的確に把握したうえで、遺言で分割方法を指定するにあたり必要に応じて『担保責任の免除・限定』をしておけば、将来的な争いを避けることができる可能性もあります。
相続は家族の価値観や故人の思いを次世代に引き継ぐ大切な機会です。準備不足や対話の欠如が争族の原因となることを理解し、早期からの計画的な対策と家族間のオープンなコミュニケーションが、将来の家族の絆を守る鍵となるでしょう。
対策は早ければ早いほどうまくいきます。50歳くらいから始めても決して早すぎることはありません。その年代はちょうど親からの相続の問題に直面し、相続を自分事として経験するタイミング。自分の子には同じ思いをさせたくないと痛切に感じる人も多いと思います。その体験をいい機会と捉え、すぐにでも始めてほしいですね」
<平田康人(ひらた やすひと)>
行政書士平田総合法務事務所/不動産法務総研 代表。行政書士、宅地建物取引士、2級ファイナンシャル・プランニング技能士、賃貸不動産経営管理士、国交大臣認定 公認不動産コンサルティングマスター。 「相続・遺言・終活・不動産」に専門特化した行政書士事務所として活動。