7月の第一回口頭弁論にAくんは母親と代理人弁護士とともに出廷。
Aくんの特性と家族の“不安”
発達障害のひとつである「自閉症スペクトラム症(ASD)」を持つAくんは、聴覚と触覚の感覚が過敏で、日常生活のささいな刺激でも苦痛や不快感を抱くことがある。AくんにASD傾向があることは小学校に入学したあとで発覚したという。
「1年生の時には確定診断ではなく、その傾向があるとして、通院をしていました。4年生になると、こだわりが強くなり、改めて医師に相談しましたが、『知能が高いので、支援級(特別支援学級)などの対象ではない』と言われました。
そもそも息子が通っていた小学校には支援級がなく、支援級のある別の学校に行くには送迎が必要で、大きな効果があるかわかりませんでしたから、もとの学校に通い続けました。
息子は学校が嫌いではなかったのですが、学校生活がうまくいかないタイプではあったので、親としてもできることを探っていました」(Aくんの母親)
家では、パニックを起こすと物を投げることもあったため、Aくんの母親は「学校生活で加害をしてしまうのではないか」という不安もあった。
結果的にその心配が現実になることはなかったが、逆に、Aくんが「いじめ」の矛先を向けられる立場になってしまった。
逃げ込んだトイレまで追い…「被害者ぶってる」「キモイ」
訴状によると、Aくんは5年生になってから同じクラスのBくんから暴力や暴言を受けたという「2023年5月頃から、息子は毎日『(Bくんに)一方的に蹴られる』と言うようになりました。じゃれあいのように始まるようですが、時には強い力で蹴られたこともあったようです。遊びの一環ではないことは担任も確認していましたし、(息子を)蹴ったことはBくんも認めていました」(母親)
Bくんは5月15日以降、Aくんに対し「Aは自閉症じゃないでしょ」「障害じゃないでしょ」と、Aくんの発達特性を否定するかのような発言を繰り返した。
さらに、5月22日には、ダンスの練習中に、Aくんを蹴飛ばした。その暴行からトイレの個室に逃げたAくんを追いかけ、隣の個室の壁を登り、上の隙間からのぞきこんだ。
6月頃からは、こうした行為がエスカレート。
同じ頃、Bくんはプールサイドや教室で、「ウォエー」「キモイ」「オェー、A恐怖症なんだ」といった表現や言葉で、Aくんを侮辱する発言も行っていた。
Bくんは7月3日には、教室の掃除の時間に「頭でか~性格悪いやつ~死んでほしい~」などと歌いながら暴言を吐いた。この時も含め、Bくんは教室などでAくんに少なくとも3回、「死ね」と言い放ったという。
これらのように、Bくんは、Aくんに対して暴言や暴行を浴びせるのみでなく、Aくんの特性を認識しながらからかうなど、差別的な言動を繰り返した。
訴状ではこうしたBくんの行為について「不法行為と評価し得る程度の違法性を有している」と主張。Bくんの法定監督義務者である両親を相手に損害賠償を求めた。
Aくんは「Bくんが転校してほしい」と訴えていた
2023年の夏休みが明けると、Aくんは学校に行くのが困難になってしまう。その頃のことを、Aくんの母親はこう振り返る。「夏休みが終わり、息子は学校へ登校していたのですが、9月4日、様子がおかしいと気がつきました。『電車に乗れない』と駅で泣き出したんです。私は普通ではないと思いました」
9月11日、Aくんは病院で適応障害の診断を受け、翌12日から不登校になった。
その時のAくんの様子について、母親が言葉を続ける。
「『(Bくんと)同じ学校に通うのは無理』とは言っていましたが、『(自分は)転校したくない』とも言っていたのです。『Bくんが転校してほしい』と。学校にもこの息子の希望は伝えましたが、学校からは『(その希望を)相手方に伝えることはできない』と言われました」(母親)
学校側はAくんが適応障害になったことから「重大事態(※)」として教育委員会に報告。同22日には、教育委員会の担当者によるヒアリングが行われ、調査が開始された。
※重大事態とは、「いじめにより当該学校に在籍する児童等の生命、心身又は財産に重大な被害が生じた疑いがあると認めるとき」「いじめにより当該学校に在籍する児童等が相当の期間学校を欠席することを余儀なくされている疑いがあると認めるとき」で、これらが発生した場合には学校の設置者による調査が行われる(いじめ防止対策推進法第28条第1項)。
その調査等によって、上述したようなBくんの行為10個が事実と認められた。
教育委員会は報告書で、「(Bくんの行為は)正当化されるものでは決してない」としながらも、「重要なのは(Bくんの)動機・思いを受容しながらも、その内容を前提にしたよりよい対象児童(=Aくん)との関わり方(よりよい手段)を教え、シンキングエラーを正すことにある」とした。
結局Bくんが転校することはなく、Aくんは小学校卒業までの1年半、不登校のままだった。
Aくんは家にいても不安がなくなることはなかった。「もしBくんがきたらどうしよう?」と心配し、パニックになることもあったというのだ。
訴状によると、Aくんは「家のベランダをBくんが登ってきて、柵を乗り越えて家に入ってくるんじゃないか」と恐怖を感じていたという。
Aくん「日本の法律、絶対におかしい」
Aくんは、現在私立中学校に通っている。Bくんと同じ学区の公立中学校に通うことを避けるためだ。また、市教委への不信感もあった。
そうした中、なぜ小学校を卒業した今、裁判を起こすに至ったのか。Aくんの母親はこう話す。
「息子が求めているのは最初、お金による賠償ではありませんでした。小学校で、安全に、健康被害を受けることなく、教育を受ける権利の保障を求めていたのです。
しかし、学校も教育委員会も暴行という犯罪行為をしたBくんを守り、(Aくんの)『教育を受ける権利』を保障してくれなかった。裁判で訴えるしかなくなったのです」(母親)
第一回口頭弁論後、Aくんは筆者の取材に答えた。しかし思うように話せなかったとして、後日、Aくんの思いを母親が代筆したメールが届いた。
「大人(加害者の親、学校管理職と教育委員会)がまともに対応しなかったせいで、自分が病気になって学校に行かれなくなるまで加害が止まらなかったし、1年半も学校に行かれない状況が変わらなかった。今は加害児童に対してよりも、それに怒っています。
加害者の自由と権利は今もずっと守られ続けているのに、自分の安全と権利は守られなかった。
本当は、学校と教育委員会に責任がないとされるのも納得できない。日本の法律は絶対におかしいと思います」
■渋井哲也
栃木県生まれ。長野日報の記者を経て、フリーに。主な取材分野は、子ども・若者の生きづらさ。依存症、少年事件、教育問題など。