
ド・グレーフは、第一次世界大戦を経て、精神科医としてのキャリアを歩んだ後、刑務所や大学に活動拠点を移動。第二次世界大戦中も、ナチス・ドイツ占領下のベルギーにて、犯罪学を研究し、講義は人気を博していたという。
明治学院大学准教授の梅澤礼氏はド・グレーフの思想について「国外では戦争が終わらず、国内では憎悪犯罪がなくならない、現代社会の理解にも役立つ」と指摘。本連載では、言語の壁などから、これまで日本国内ではあまり注目されてこなかった彼の研究を紹介する。
第2回は刑務所での受刑者を対象とした調査から、ド・グレーフが導き出した「反社会的行動」が“正当化される”プロセスについての仮説を取り上げる。
※ この記事は梅澤礼氏の書籍『犯罪へ至る心理』(光文社新書)より一部抜粋・構成。
『犯罪へ至る心理』(梅澤礼、光文社新書)
甘やかされて育った受刑者、行動の背景にあったのは…
ある受刑者は、20歳の若さにして、食料品店の女性店主を金銭目的で殺害しました。しかもその後、犯行に使った手袋を焼却し、ショッピングに出掛け、ダンスにも興じたといいます。精神鑑定の結果、責任能力は十分に認められ、彼はルーヴァン刑務所に送られてきました。ソーシャルワーカーの調査によると、彼は母親に甘やかされ、何をしても許されてきたということでした。
事件の1年半前には、姉をナイフで脅して金を巻き上げていました。ド・グレーフが面会したときにもこの受刑者は、犯行の顛末(てんまつ)だけでなく、小さな子どもや動物を虐待してきたことを得々と語りました。知能テストの結果は低く、幼稚な態度を見せることも多々ありました。
やがて彼は、体つきにコンプレックスがあって、そのせいで身なりにこだわっていることを明かしました。どうやら彼の行動は皆、劣等感に対する反応のようだったのです。だとすればその行動は悪化する恐れがあったし、精神疾患に発展する可能性もありました。
そこでド・グレーフは、彼に自信を持たせて現実をあるがままに見られるようにするとともに、調査を継続することを決めたのでした。
実際ルーヴァン刑務所には、刑期の長い受刑者たちが収容されており、ド・グレーフは同じ受刑者と何度も面会することができました。そのなかで、数年前の観察結果が現在の受刑者に当てはまらないという事態にも、幾度となく直面することになりました。
こうしてド・グレーフは、できるだけ細かなフォーマットを使用することにしました。受刑者の子ども時代から、初恋、そしてどのように罪を犯し、いまどのような道徳観を抱いているかまで、実に70近くの項目について、受刑者一人一人は観察され、その都度ファイリングされたのです。
ド・グレーフが見いだした希望の光
ところで、一人の受刑者に対する観察結果が昔と今とで異なるということは、最初の観察が客観的であったのに対し、その後の観察がそうではなかったということかもしれません。ほかの医者であれば、これをゆゆしき事態と捉えたことでしょう。けれどもド・グレーフからすれば、科学的で客観的な見方は、もちろん必要ではあるけれども、いついかなるときも保っていなければならないものでもありませんでした。人間である以上、時に観察が主観的になってしまうのは当然であり、人間対人間として受刑者と接するのはむしろ好ましいことでさえあったのです。
それにこのことは、観察する側だけでなく、観察される側にも変化が起きた可能性を示していました。
ド・グレーフには希望の光が見えてきた気がしました。もしかしたら、警察が実況見分で犯罪を再現するように、医者は犯罪者の心の再現をすることができるのではないだろうか?人間は、何かしらのプロセスの先に、反社会的行動を取るのではないだろうか?しかもそのプロセス自体は至って正常で、むしろそのプロセスが見られない場合こそ病的なのではないだろうか?
犯罪を生み出すプロセス
犯人はよく「かっとなってやった」とか「むしゃくしゃしてやった」と言いますが、動機のない突発的な犯罪など現実にはほとんど存在しないのであって、理由なき真に病的な犯罪など、非常にまれなはずだとド・グレーフは考えたのです。ここで言う犯罪とは、何も凶悪犯罪だけではありません。窃盗犯だって、ド・グレーフからすれば、刑法が規定するような「他人の財物を窃取する者」ではなく、「盗まないわけにはいかなくなってしまった人」でした。
本人はよくわかっていないため、動機を聞かれても「ついやってしまった」としか言わないけれども、盗まないわけにはいかなくなる経緯というのは、それほど単純なものではないはずです。
本人も気づかないような、犯行の真の動機を教えてくれるプロセス、それは犯罪が起こる前の、いわばプレ犯罪期とでもいうべき期間にあるはずだ、とド・グレーフは目星をつけました。
そのプロセスのなかで、物事や相手の価値が変化して、行為に正当性が与えられてゆくのだろうと考えたのです。あらゆる犯罪にはそれを生み出すプロセス、犯罪生成プロセス(processus criminogène)があるのであって、犯罪はその帰結なのではないかという仮説です。