3000人近くが犠牲になったこの同時多発テロは、イスラム過激派のアル・カーイダによるものとされているが、事件直後からさまざまな陰謀論がささやかれ、それをいまだに信じている人も少なくない。
中でも特に根強いのが、「テロはアメリカ政府の自作自演だった」とする説だ。彼らは、WTCビルを崩壊させたのはテロリストによるハイジャックではなく、ビルに事前に仕掛けられた爆発物によるものだと主張する。
本記事では、東京大学非常勤講師、元法政大学生命科学部環境応用化学科教授の左巻健男氏が、彼らの主張する「軍用機突入説」や「制御解体説」など、代表的な陰謀論の論理的矛盾を、科学的な事実に基づいて検証する。
なお、科学的な事実に基づかない言説を安易にSNSなどで発信・拡散する行為は、法的リスクをともなう可能性もあり、注意が必要だ。
※ この記事は、左巻健男氏による著作『陰謀論とニセ科学 - あなたもだまされている -』(ワニブックス【PLUS】新書、2022年)より一部抜粋・構成しています。
WTCに突っ込んだのは軍用機か
アメリカ政府の自作自演派はテロを否定するので、突入したのは民間航空機ではなくあらかじめ用意された軍用機としているようです。ところが、瓦礫(がれき)の中から見つかった機体の残骸、乗客の遺体、持ち物、目撃談という数多くの決定的な証拠が、ハイジャックされた民間機であることを示しています。
鉄の融点に達していなくてもビルの鉄骨は崩壊
WTCのツインタワーは110階建てで、その建設はピラミッド以来の大工事といわれ10年かかり、1973年4月4日にオープンしました。ツインタワーは完成時に世界一の高さを誇りました。各フロアは約4000平方メートル。富と権力の象徴で、まるで“ひとつの街”でした。2001年9月11日、9.11事件の標的のひとつとなり、ツインタワーは崩壊しました。このとき、ツインタワーにいたのは約1万7400人と推定されています。
崩壊は、航空機の衝突による構造的ダメージに加え、ジェット燃料が引き起こした火災の熱が構造部材の強度を著しく低下させたことが原因と考えられています。
アメリカ政府の自作自演派は、「鉄が融(と)けて崩壊したのだ。ジェット燃料の燃える温度は1200℃で、鉄の融点である1538℃より低いから鉄が融けるはずがない」と主張しました。つまり、鉄が融けるほどのことが起こったのだという主張です。
事件のとき、大型ボーイング機の衝突による衝撃に加えて、ジェット燃料による激しい火災がWTCで起こりました。鉄骨は融点にならなくても、800℃で強度が半分近くになってしまいます。そのため鉄骨の骨組みがゆがみ始め、その上階の重量が加わることで崩壊を誘発したというほうが、鉄が融けたというより説得力があります。
ビルは軽量鋼材で造られていました。当時の建築技術では80階が限界とされていたので、110階だから軽量鋼材を使うという選択は必然だったのでしょう。
ところが、その構造が激しい火災には弱点になりました。温度が上がりやすいので鉄が早く軟らかくなってしまったのです。
「制御解体説」ではテルミットを仕掛けたという主張
人為的に爆破をコントロールし、ビルなどを解体することを「制御解体」といいます。アメリカ政府の自作自演派は、ツインタワーには事前に爆発物が仕掛けられていて、9.11にそれを故意に爆破、つまり制御解体したと主張しています。崩壊の仕方は、古いビルの制御解体のように中央から瞬時に壊れていく。使った爆発物は、アルミニウム粉と酸化鉄の混合物となるテルミットだと主張されています。
テルミットに点火すると、「酸化鉄+アルミニウム→鉄+酸化アルミニウム」による激しいテルミット反応が起こります。私は、化学の授業で中高生にテルミット反応を演示したり、生徒に実験をさせたりしていました。
テルミット説の根拠は、崩壊現場の塵芥(じんかい)からアルミニウムや酸化鉄が検出されたことです。とはいえアルミニウムや酸化鉄は建築資材の中にごく普通に含まれているものなので大量に見いだせるでしょう。またツインタワーほどの規模をテルミット反応で制御解体するとしたら、事前に莫大(ばくだい)な量のテルミットと人員と時間とが必要となります。
テルミットはどこかに漠然と置けばよいのではなく、コンクリートの柱の数千カ所にドリルで穴を開け、1カ所ごとにテルミットを詰め、点火のためにケーブルをつないでいきます。日夜たくさんの人が出入りする場所で秘密裏に準備することは無理なのです。
たとえば、デトロイトにあった33階のハドソン・デパートはWTCビルと比べ3分の1の高さです。これが古くなって爆破解体されたとき、全部で約1237キログラムの爆薬をビルの1100カ所に仕掛け、全長11キロメートルのケーブルでつながるよう、12人の作業員が24日間かけて慎重に取り組みました。
これと同じようにせず、いい加減にやったとしても、多数の作業員と爆薬とケーブルが必要だとわかるでしょう。
実は1993年にツインタワーでテロリストが、地下駐車場に600キログラムの爆薬を仕掛けた爆発攻撃がありました。6人が死亡したのですが、この程度の爆薬では建物はビクともしませんでした。
また、古いビルの制御解体では、ビルの各所に仕掛けられた爆弾が連続的に爆発し、続いてビル全体が同時に崩壊するか、あるいは地面近くから爆発と崩壊が起こります。ツインタワーのような上層部から崩壊するようなものではありません。
9.11自作自演説派は他人の立場で考えられない
SF作家の山本弘さんは、私が編集長を務める『RikaTan(理科の探検)』誌に9.11自作自演説について寄稿してくださったとき、副題を「陰謀論者は他人の立場で考えられない。」としました(2016年12月号)。山本さんはさまざまな場所で9.11自作自演説派と意見交換をしてきました。
そして、次のように述べています。
「陰謀論者の態度には不可解な点が多い。たとえば彼らは、『大量の爆薬をどうやって誰にも気づかれずにビル全体に仕掛けることができたのか』という質問に決して答えない。(中略)自分には理解できないが、何トンもの爆薬をこっそり仕掛けられる魔法のような手段がきっとあるのだろう……と信じているのだ」
「彼らと何度も議論した経験から言わせてもらうなら、彼らの共通点は想像力の不足である。とりわけ『他人の立場になって考えてみる』という能力が決定的に欠けている」
「彼らを論理で説得するのはまず不可能である。なぜなら彼らは、正しい論理を理解できないだけでなく、自分が論理を理解できないこと自体が理解できていないのだ。