悪質な集団窃盗であるが、さらに世間を騒がせたのは彼らが「大宮赤ラン軍団」と呼ばれる「撮り鉄」グループで、常習的に不正乗車を繰り返していたことだ。
“撮り鉄”が不正乗車に手を染める理由
「赤ラン」とは、自動改札機を誰かが突破した際に点灯し、駅員に知らせる赤いランプのこと。彼らは、さまざまな駅でこのランプを点灯させ、駅員に捕まったことさえ武勇伝のように語っていたという。今回も入場券を使って東京駅の改札を通過し、改札に駅員が少ない新神戸駅まで行って改札機を突破した。
筆者は学生時代、JR大宮駅で駅員補助アルバイトをした経験がある。近年、撮り鉄が一般人や駅員に罵声を浴びせる騒動が相次いでいるが、20年前の筆者も珍しい車両に群がる撮り鉄から「どけよメガネ」と言われたものである。大宮駅に集まる撮り鉄集団のお行儀がよろしくないのは界隈では有名な話であり、「大宮赤ラン軍団」もその系譜にあるのだろう。
ネット上では早速「これだから撮り鉄は……」とのため息があふれたが、集団窃盗団を撮り鉄代表と扱うのは、いくら何でも失礼だろう。とはいえ撮り鉄と不正乗車は度々ひもづけられて語られる。
たとえば、2015年6月5日付日本経済新聞電子版は「キセル通報逆恨み『撮り鉄』少年ら逮捕」として、少年2人に暴行してカメラを脅し取った高校生ら5人を強盗容疑で逮捕したと報じている。
記事によれば高校生と被害者の少年らは顔見知りだったが、キセル乗車を通報されたことを逆恨みして暴行に及んだという。
逮捕された少年らは「キセルを通報するなんて撮り鉄界のタブーを犯した」と供述した。
撮り鉄は珍しい車両を追ってさまざまな地域に足を延ばすが、学生の財力では頻繁な遠征は難しい。不正乗車をして交通費を浮かそうという風潮が一部にあるのは事実のようだ。
インターネットで検索してみると、センサーを隠して不正検知を免れるなど具体的な「不正乗車」の手法がいくつも出てくる始末だ。
不正乗車「運賃3倍」ペナルティーも抑止力にはなりにくい……
しかし当然、不正乗車にはペナルティーがある。鉄道営業法では「有効な乗車券を所持せず、または乗車券の検査を拒み、または回収の際にこれを渡さない者は、軌道(鉄道)運輸規程の定めるところにより、割増賃金を支払わなければならない」(18条2項)とあり、軌道(鉄道)運輸規程は「無効の乗車券をもって乗車し、または乗車券の検査を拒み、若しくは回収の際にこれを渡さない者に対し、相当運賃およびその二倍以内の増運賃を請求することができる」(8条の2)と定めている。
これにより、今回の東京~新神戸間で言えば、4万3260円(正規運賃+自由席特急料金の合計1万4420円×3)を請求され得る。
また定期券を使用していた場合は、有効期間の開始日にさかのぼって計算するため相当な金額を請求される。
一方で、近距離区間では、運賃が3倍になっても数百円。しかも3分の1以上の確率で摘発されなければ不正利用者が得になるのでは、抑止力などないに等しいだろう。
2018年には21名の集団を「鉄道営業法違反」で検挙
他方、不正乗車には、刑事上の責任も生じ得る。偽造した乗車券などで駅員を欺いて不正乗車した場合は詐欺罪(刑法246条2項)が、乗車区間などを偽って自動改札機を通過した場合は電子計算機使用詐欺罪(刑法246条の2)が成立し、10年以下の拘禁刑という重い処罰が下る可能性がある。
また鉄道営業法は、鉄道係員の許可を受けずに「有効な乗車券を所持せずに乗車」するなどした者に対し、2万円以下の罰金または科料に処すると定めている(29条)。
同法で不正乗車が検挙されたというニュースはあまり聞かないが、『鉄道好きのための法律入門』の著作がある小島好己弁護士は、実情をこう語る。
「詐欺罪(または電子計算機使用詐欺罪)は、鉄道営業法違反よりも刑罰が重いため、要件がそろえば前者を適用するのが一般的です。加えて、鉄道営業法違反の罪が『親告罪(※)』であることも、検挙件数自体が多くないことにつながっている可能性があります。
※被害者等からの告訴がなければ、裁判にならない犯罪。
また、たとえ検挙されても、たいていの場合には単純かつ被害額の小さい不正乗車で、今回のようにセンセーショナルでニュース価値があるものばかりではなく、報道されにくいということなのかもしれません」
とはいえ検挙の例がないわけではなく、警視庁の発表では鉄道営業法違反での検挙人員は過去5年間、毎年200人前後で推移している。
「このうちどれだけが不正乗車かは分かりませんが、毎年一定程度の鉄道営業法違反による経済事犯は検挙されているようです。2018年の発表では、不正乗車を理由とした21名の集団を鉄道営業法違反で検挙したというケースが報告されています」(小島弁護士)
だが問題なのは、今回のような「自動改札機の強行突破」という悪質な手口への対応だ。
小島弁護士は「強行突破の場合、人や機械を『騙す』という行為がないので、詐欺罪・電子計算機使用詐欺罪が成立しません」として、刑罰が軽い鉄道営業法しか適用できないと指摘する。
そして小島弁護士は現行の罰則法規について、「自動改札機が普及して『人を騙す』という場面が激減し、自動改札機も進化して騙されにくくなっている昨今では、詐欺罪や電子計算機使用詐欺罪に該当する場面も減ってきています。罰則化など、不正乗車そのものに対する刑罰の見直しは必要かもしれません」と見解を示した。
不正乗車は100年以上前からあった……
不正乗車は「撮り鉄」に限らず、隙があれば、誰でも手を染めてしまいかねない行為である。不正乗車は明治末から大正初期の都市化とともに増え始めた。1917年発行の業界誌『鉄道』は「乗客の激増に連れて定期乗車券を利用して不正乗車をする者が非常に増加した」として、不正乗車の代名詞である「キセル」を紹介している。
キセルは刻んだタバコを詰めて火をつける先端の「雁首」と、煙を吸う「吸い口」という2つの金具を竹の管でつないだ構造である。両端だけ金具(金がある)から転じ、入場と出場だけ有効な乗車券(定期券)を持ち、その間は無賃乗車する「中間無札」の手法を指す。乗車券を持たずに改札を突破することは「完全無札」と言う。
同記事は、定期券の確認を強化した結果、直近1か月に没収した定期券は200枚近くに達したとあるが、不正乗車は職員にもまん延していたようで、同時期の警察業界紙には「鉄道院が先般来旅客の切符調を励行したる結果、無札者は却て鉄道職員に多く不正乗車者の六割五分を占むる」と伝えている。
1924年の業界誌『交通と電気』は、警視庁職員、女教員、大企業社員、大学教授まで不正乗車に手を染めているとして「国民道義心滅亡」と嘆いているほどだ。
本格的な対策が行われたのは、1989年に記録容量の大きい磁気乗車券規格が制定され、JR東日本や私鉄が相次いで自動改札機を導入してからのことだ。
不正乗車の被害額は当時、JR東日本だけで年間300億円以上と試算されており、深刻な経営問題となっていたが、自動改札機の導入で激減したという。
その後もICカード導入など、さらなる対策の強化が進む一方で、不正乗車が急増してしまったのがJR九州だ。同社は2023年7月、「小倉駅で1日平均300枚売れる170円のきっぷが、隣駅の西小倉駅では30枚しか回収されない」として、「券売機での170円きっぷの販売を一時、停止する」と発表した。
次に安い210円券を使用する動きは一部あったものの、西小倉駅の170円きっぷの回収率は対策前の1割程度から5割程度まで改善した。一定の効果はあったと言えるが、それでもいまだかなりの不正乗車が見過ごされているのが現実だ。
自身も鉄道愛好者である小島弁護士は「不正乗車をする者は『払うのがもったいない』『ばれずに行ける』などと簡単に考えていたり、ゲーム感覚で楽しんでいるのかもしれませんが、社会の重要な移動手段として日々安全かつ快適な列車の運行に努めている鉄道会社や現場の係員に少しでも思いを寄せれば、不正乗車などできないはず」と警鐘を鳴らす。
駅の無人化が進む中、利用者の良心に任せる仕組みがどこまで維持できるのかが問われている。「赤ラン軍団」を例外とせず、持続可能な鉄道事業のために今こそ考える時である。
■枝久保達也
1982年、埼玉県生まれ。