労働基準監督署に駆け込んだら、意図的に仕事を減らされた――。
医師のAさんが有給の扱いについて労働基準監督署に相談したところ、雇用主である病院から嫌がらせを受けた。

そこでAさんが病院を相手に訴訟を提起したところ、慰謝料の支払いが認められた。
以下、事件の詳細について、実際の裁判例をもとに紹介する。(弁護士・林 孝匡)

事件の経緯

被告は病院で、原告のAさんは内科の医師である。雇用契約の内容は以下のとおりだ。
  • 給料:5万円/日
  • 勤務時間:週1日、午後2時から午後5時30分
  • 業務内容:内科外来診療業務
■ 患者の割当人数
病院での診療初日(2023年1月10日)に割り当てられた患者数は2人であり、その後、同月17日から2月14日までは1日あたり6~7人だった。
■ トラブル発生
ここで病院とAさんとの間でトラブルが発生する。2月19日、Aさんは病院の事務長に対して、自身の雇用契約が労働基準法39条違反である(雇用契約に「有給休暇 無」と記載されている)ことを指摘し、是正を求める旨を通知した。
また、Aさんがこの件について労働基準監督署に相談したところ、約1か月後、労働基準監督署から病院に対して指導が行われた。
■ 割当人数を減らされる
それ以降、Aさんに割り当てられる患者はほぼ0人から1人となり、8月15日以降は完全に0人となった。
10月18日、Aさんは病院側に対し、「患者数0がずっと続いてますが、理由は何ですか?」と記載したメールを送信。これに対して、総務人事課は、Aさんに「ご連絡いただきましたご質問ですが、特に理由はございません。」と返信した。
Aさんは「患者を減らされるなどの嫌がらせをされた」として、病院に対して慰謝料約9万円を請求する訴訟を提起した。

裁判所の判断

Aさんの勝訴である。裁判所はAさんの請求どおり、病院に慰謝料約9万円の支払いを命じた。

■ 病院側の反論
病院は患者数を減らした理由について以下のような主張をした。
「①振り分けの制度上、そのような結果になったにすぎない、あるいは、②良質な医療サービスを提供するための合理的裁量として、患者に評判が良く、看護師との相互協力の体制が取りやすい医師に患者を多く割り当てた結果である」
しかし、裁判所は次のように指摘。
「Aさんが事務長に対し、雇用契約に労働基準法39条違反があることを指摘して是正を求めた2023年2月19日より後、Aさんに割り当てられた患者数は、それまで1日あたり6ないし7人であったのに、大半の日がその半数ないしそれ以下に減少した。
このような短期間における割当患者数の急激な減少は、患者が医師を指定したなどといった偶然の事情だけで発生したものとは考え難く、病院側の何らかの意図により人為的にAさんへの割当患者数が減らされたと考えるのが自然である」
さらに裁判所は次の点も踏まえて、不法行為が成立すると認定した。
「2023年8月15日以降、全く診療を行わせていない。このような行為は、Aさんを医師として雇用しながら医療行為をさせないもので、単なる患者数の調整を超え、事実上診療を禁止する懲戒処分類似の行為にあたる」
「病院の職員規程には懲戒処分として戒告、減給、出勤停止、休職、降格、解雇等が定められているが、本件のような【診療させない】という処分は規定されていない。仮に応急措置として可能だとしても、長期にわたり患者を0人とした対応は許されず、また病院からは具体的理由の告知もなく、是正の機会も与えられなかった」
■ 慰謝料
慰謝料について裁判所は、次のように判断した。
「Aさんは医師として勤務するにふさわしい職場環境を与えられず、精神的苦痛を受けたものと認められる。これを慰謝するための金額は、不法行為の期間(約2か月間)、Aさんと病院が雇用契約において労働基準法39条違反があったこと等をめぐり、継続的に対立関係にあったものと推認されること等、諸般の事情を考慮し、少なくとも20万円を下回らないものと認められる」
Aさんは約9万円を請求していたため、この範囲で認容された。なお、なぜAさんが請求額を約9万円としたかは、判決文からは不明である。

最後に

本件のように、「仕事をさせない」という扱いをしたり、労働者に本来期待される職務を与えず、著しく能力以下の仕事を与えたりをすることは、パワハラ第5類型の「過小な要求」 にも該当すると考えられる。いわゆる「窓際族に追い込む」こともパワハラにあたるということである。
参考になれば幸いだ。


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