8月中旬、大手食品メーカー「ミツカン」の公式Xが炎上し、2日後に当該投稿の削除と謝罪に至ったことは記憶に新しい。
ミツカンは冒頭のテキストとともに、具なしの冷やし中華の写真を投稿した。
ただ、当時はX上で「そうめんや冷やし中華を作ることは重労働か」との論争が起きており、結果としてそのトレンドに乗ってしまったことが炎上の引き金となった。実際、当該投稿に対しては「家事の負担を軽視している」といった批判が多く寄せられていた。
ミツカン「謝罪」は正しい対応だった?
この炎上騒動をめぐっては「(ミツカンの投稿の)何が問題なのかわからない」との声も一定数見受けられ、ミツカンがすぐに謝罪したことについて「ハードクレーマーに成功体験を与えてしまった」と、さらなる批判も寄せられる事態となった。企業法務・危機管理の視点から、一連のミツカンの対応をどのように評価できるか。同分野の専門家で、元特捜検事の日笠真木哉弁護士は「結果的に、謝罪したこと自体は悪くなかった」と見解を示す。
「ミツカンのSNS担当者に悪意がなかったとしても、その投稿が論争の火に油を注いでしまったことに変わりはありません。人によっては、意図的な対立の扇動だと感じた可能性もあります。
そうした意図がなかったことをいち早く示し、誤解を招いたことについて謝罪したことは、適切な対応だったのではないでしょうか」
「赤いきつねうどん」と比較する声も
日笠弁護士は、炎上が起きたときの基本的な考え方として、上場企業や公的機関は、謝罪や会見など何らかのアクションを迅速に起こすべきだという。前者は株主をはじめとする利害関係者への責任があり、後者は国民や住民の税金で運営されているからだ(なお、ミツカンは非上場企業)。ただし、炎上の原因に道徳的な問題があったり、犯罪行為だったりした場合はさておき、「企業がなんでもかんでも火消しに走らなければならないかといえば、そうではない」と日笠弁護士は言う。
たとえば、今回のミツカンの炎上については、今年2月にYouTubeで公開したCM動画が「性的だ」と批判された「赤いきつねうどん」(東洋水産)と比較する声も散見された。同社はこの件について一切の謝罪や声明を発表していないが、ミツカンもこれにならうべきだったとの意見も少なくないようだ。
東洋水産の対応について、日笠弁護士は次のように話す。
「『赤いきつねうどん』の場合は、企業活動としてのCMに一部消費者から“難癖”をつけられているような、いわば『受け身』の状態でした。このようなケースにまで企業が対応してしまうと、それこそハードクレーマーの増長につながるリスクもあるため、注意が必要です」
一方、ミツカンのケースでは、やや事情が異なるという。
「ミツカンが非上場企業であることはさておき、自社の公式SNSアカウントへの投稿は受け身ではなく、むしろ消費者に対して能動的に働きかけてしまっています。その点においても、誤解を解くための謝罪は悪くはなかったのだと思います」(日笠弁護士)
根本的には「謝る必要がなかった」?
ここまで、企業が炎上した際の謝罪の是非について見てきたが、日笠弁護士は「ミツカンも根本的には謝る必要はなかった」と総括する。「そもそも、ミツカンのX投稿に悪意がなかったことは、ほとんどの人がわかっているはずです。炎上したといっても、その内容に道徳的問題や犯罪的要素が含まれていたわけではなく、ブランドイメージの根幹が揺らぐほどのものでもなかったと思います。
人に印象を残したいような風変わりなマーケティングは、すなわち消費者の心理を刺激するということです。世の中にこれだけたくさんの人がいれば、刺激が強いほど、批判する人も出てきます。そこは織り込み済みで戦略を練っていかなければいけません」(日笠弁護士)
ただしその際にも、ジェンダーや民族・人種など、差別につながるようなセンシティブな話題には極力触れないようにすることが重要とのことだ。
瞬間的なトレンドが大きな訴求力を持つSNS空間。しかし、その裏側には常に炎上というリスクが潜んでいる。悪意がなくとも、言葉の選び方ひとつで人々の感情を揺さぶる現代において、企業には世相を深く読み解く繊細なバランス感覚が何よりも重要となっている。